とりあえず揉んでみた。
——現在の状況を端的にまとめると、
朝起きたら女になっていた。
しかも美少女。
もう漫画やらラノベやら同人誌やらで使い古されまくったネタだ。「もうまたかよ」みたいな展開だ。
……しかし問題はそれが現実で起きてしまったということだ。
こんな一大事になってしまったのだから、やることは当然山積みになる。
病院行かなきゃだし、その前に出かける服も揃えないとだし、まず親にこの状況をなんて説明するか考えないといけないし……。
考え出しただけで頭が痛くなりそうだ。
それぐらいやらなきゃいけないこと、考えなきゃいけないことがたくさんある。
でもとりあえず俺は——。
ふにょふにょふにょふにょふにょふにょふにょふにょふにょふにょふにょふにょふにょ。
揉んだ。
揉みしだいた。
もう彼是一時間くらいは揉み続けている。
あえて主語は明確にしないが、最高の代物だ。
正直一生触れることはないと思っていた聖域だ。
それが今、合法的に触り放題だ。
好感度も倫理観も気にせずに揉みしだけるのだ。
俗物的な感情など芽生えない。
ただただ俺は感動する。
この触感に、この至高の一時に。
俺は一点の曇りもない感動という感情を抱いていた。
手からこぼれんばかりとまではいかないが、それでも確かな手ごたえを掌全体で感じられるほどにはある。
……なんとも良いものをお持ちだな、……俺の体は。ふにょふにょふにょ。
——しかし、一体どうしたものか。
ふにょふにょふにょふにょふにょふにょ。
一体この状況をどうやって他人に伝えればいいのやら。
ふにょふにょふにょふにょふにょふにょ。
家族と、あとアイツには流石に説明しないとまずいな。
ふにょふにょふにょふにょふにょふにょ。
…………。
ふにょふにょふにょふにょふにょふにょ。
……………………。
ふにょふにょふにょふにょふにょふにょ。
…………飽きてきた。
なんか……、こう……、…………虚しい。
ただ淡々とリラックスボールを握るような要領で触っても、柔らかな感触があるだけでそれ以上はない。
触った当初にあった新鮮さも感動も、一時間も揉み続ければ虚無と化す。
それに、段々揉み続けて痛くなってきたし……。
湧き上がった感情も薄れてしまい、やがて俺はその手を止めた。
そして残ったのは皮膚と服が擦れヒリヒリとした痛みのみ。
なんだか賢者タイムみたいな虚しさだ。
我に返り、自身の行動を顧みると後悔しちゃうアレである。
「……俺、何してんだろ」
この一大事に馬鹿なことをしていた自分が急に恥ずかしくなってきた。
幸い部屋に一人だったため、引き籠り特有の無駄に高いプライドだけは守られた。
——ってか、ホントにどうすっか。
いやまあ、こんな美少女に生まれ変わったらテンション上がるし嬉しいけど、同時に困りもするよなぁ……。
外出用の服は当然男物しかないし、友達とかに説明とかもするべきで、あとは学校とかにどう話せばいいのやら——。
——あっ、俺引き籠りぼっちの不登校だから問題ねえじゃん。
「あ、あれ? 運動してないのに目から汗が……」
突如流れた一滴の水滴に首を傾げる。
——だが、流石に何もかも困らず良いとこ尽くめというわけでもない。
先も言ったように、いくら引き籠りの俺でも病院くらいはいくべきだよな。けど、病院行ってなんて説明すればいいんだ?
「朝起きたら美少女になってたんです!」って言えってのか? そんなこと言ったら精神科に回されるだけだ。
第一、何科に行けばいいんだ? TS科とか美少女突然変異科なんて地球のどこ探しても存在しないだろ。
それに万が一信じてもらえたとしても、それからどのような対処が取られるかわかったものじゃない。
裏での非人道な生体実験、なんて陰謀論染みたことを言うつもりはないが、まあ間違いなく病院であれやこれやあるだろうな。
精密検査とかならまだいいが、長期入院とかは勘弁だぞ。自慢じゃないが俺は自分の部屋以外での長期在中をすると精神が崩壊する。引き籠り歴半年を舐めない方がいい。
だがまあ、そういった要望を医者に出せばある程度は融通が利くからいいだろうけど……、問題はそこにいたるまでの過程だよな。
俺は未成年だ。こんな体の一大事で病院に行く時には、まず間違いなく親の同伴が必要だ。
事情説明以前に、まず俺かどうか信じてもらえるかどうかが怪しい。
息子の部屋からこんなウルトラ超絶ハイスペック美少女が出てきたら、親は間違いなく卒倒するだろう。しかもその美少女が「あなたたちの息子です」とか言い出した日には、パニックで倒れてもおかしくない。
どう対応を取ろうとも混乱は必須。だが黙ってやり過ごせるとも思えない。
……ハァ、正直に言うしかないか。
億劫な気持ちを抱えながら、その日は床に就いた。