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言い訳してみた結果。

 ——天谷君のお母様に咲人君の部屋へと案内され、彼がいるであろう扉の前に立つ。

「私は邪魔になるだろうから、席を外すわね」

「わざわざありがとうございます」

 お母様は気を効かせて、一階へと降りて行った。

 ……これで、天谷君と二人きりで話せる。


 彼の心は傷ついているに違いない。言葉選びは慎重にしなければ。

 一度深呼吸をして、脳に酸素を送る。

 おかげで頭が冴えわたり、冷静に物事に対処できる。

「……よし」

 コンコンコン、と扉をノックする。

「…………」

 しかし、反応がない。

 自分がいることを察知して、返答をしないのだろうか。

 だが天谷君は引き籠りでずっと部屋にいる。

 つまりこの部屋の中にはいる。それさえわかれば十分だ。


「自分はクラスメイトの正岡真泉だ。天谷君、君と話したいんだ。扉を開けてはくれないか」

 扉の前で彼に呼びかける。

 ……だが、彼は答えてくれない。

 他人との接触を拒絶しているのだろうか。

 再びノックし、同様に声を掛ける。また反応がない。

 今日は出直すべきか、そう一瞬思い悩む。

 しかしここで諦めれば、次にいつこうして彼の部屋を訪れる機会が来るかはわからない。

 それに、天谷君のお母様とも約束したことだ。ここは多少強引でも、彼と話をすべきである。


 幸い彼の部屋には鍵がついていない。

 ドアノブを捻れば、簡単に扉は開く。

 可能なら彼から扉を開けて欲しかったが、やむを得ない。勝手ながら開かせてもらおう。

「失礼するよ、天谷君」

 プライバシーを侵害する心苦しさを抱えながら、無許可で扉を開ける。


「……天谷君?」

 そこには、彼の姿がなかった。


 中を見ると、存外整頓されていた部屋があった。

 コミックスやゲームソフトといったものは棚に綺麗に並べられ、ゴミが落ちているということもない。

 ここでしばらく引き籠って生活しているというなら、かなり部屋が散乱していてもおかしくないのだが、彼がよっぽどの綺麗好きか、それとも誰かが出入りして掃除をしているのだろうか。

 どちらにしろ部屋は整理整頓されていた。


だからこそ、脱ぎ散らかされているその服へと自然に目を吸い寄せられた。

 整理が行き届いた部屋にある一着の脱ぎ散らかされた服という、晴天の中の一点の曇りのような意味合いでもあるのだが、それ以上に目が吸い寄せられる理由があった。


 ——その服は、明らかに、……女性の物だった。


 …………天谷君の所有物、という可能性はあるのだろうか。

まあ、その、人の趣味は千差万別と言うし、それに対して他人がどうこう言うのは野暮というものだ。

 これは言わぬが花というものか。いや花も何もない気はするが……。


 ——それより、天谷君は一体何処にいるのだ。

 この部屋にいることは間違いない。そう確信して部屋の中を視線がもう一周する。

「……むっ」

 すると、ベッドの上の掛け布団が僅かにもぞもぞ動いていることに気づく。

 なるほど、ベッドで眠っていたからノックにも呼びかけにも気づかなかったのか。そして天谷君は掛け布団を頭から被っているため、自分は一目見ただけでは彼の所在に気づけなかったということか。


 しかし、こんな日中に睡眠とは生活リズムがなっていないな。睡眠時間が変則的になると生活習慣病にかかりやすくなってしまう。

 ここは天谷君を心配する一人の人間として、責任を持って起こしてあげねば。

「天谷君、起きるんだ。睡眠は午後十時から午前六時までの間にすべきだ。でないと不健康な体になってしまうぞ」

 理路整然とした説得をして、彼を起床させようと試みる。

「ぅ……うぅ~ん、ヒナタかぁ?」

 誰かと勘違いをしているのか、違う人の名前が彼の口から飛び出る。


 ——それより、彼の声、なんだかトーンが高い気が……。

 男子特有の声の低さがなく、まるで少女のような声だった。

 疑念を抱いている最中、もぞもぞと動く天谷君は徐々に掛布団から姿を現していく——。



                     ◆



「ぅ……うぅ~ん、ヒナタかぁ?」

 誰かの声が聞こえ、条件的に彼女の名前が出る。

 いつの間にか熟睡してしまって、三時間も経ってしまったのか?

 もぞもぞとまだ寝たいという欲望と葛藤しながらも、ヒナタに怒られるという危険回避のためにも布団から起き上がる。


 疲れがかなり溜まっている証拠なのか、睡魔が少しの睡眠では抜けきらない。

 そのため瞼が未だに重たく、重力に逆らえない状態となっている。

 なんとか起こした上体で、おぼつかない思考を直そうと伸びをする。

「悪い、眠くて寝てた」

 まったく釈明になってない言い訳をしながら、両の目尻を擦る。

 擦ることによって刺激の与えられた瞼が徐々に力を取り戻し、ゆっくりと重力に逆行していく。


 パッチリと目が開く。

 眠気は冷めていない、だが視界は取り戻せた。

 なので、しっかりと見えた。

 呆れた様子でこちらを見るヒナタの姿——。



 ——ではなく、一昨日あったターミ●ーターに。



「……」

一昨日あったよくわからない大男さんと再会した。俺の部屋で。

 ……どういうことだ? 訳がわからない。朝起きて女体化するよりも理解が難しい現状だぞ、これは。

 これって不法侵入的な展開なのか? それとも至って合法的な展開なのか? 悲鳴を上げるなりして助けを呼ぶべき状況かもしれないし、悲鳴を上げると大変失礼になる状況でもあるわけで、……とにかく俺はどう対応すればいいんだ?

 寝起きの頭に強烈過ぎる展開のせいで、自身の脳内が「?」で埋め尽くされる。


「す、す、すまないが、その……し、下を、隠しては、く、くれないだろうか」

 データ処理が追い付いていないせいでフリーズした俺の前で、大男さんはあたふたと顔を真っ赤にしながらそう伝える。

 下? 下ってな——あっ。


 視線を下におろすと、自身の下着姿が写っていた。

 一昨日買った下着が、それはもう隠しようもないほど露わになっていた。

 彼にとって想定外の展開だったのか、俺が下着姿という状況に慌てふためいている。

「あ、す、すいません。え、えっとその、お、お見苦しいものを見せて……」

 俺も俺でまた人見知りスキルが無条件発動してしまい、おどおどとはっきりしない返答となる。

「い、いや! 見苦しいなんてとんでもない、その、君の下着姿もまた可憐で——って、自分は何を言っているんだァアアアアアアアッ!!!」

「うぇええ!?」

 唐突に彼が壁に自身の頭を叩きつけ始める。

 なに!? 一種のヒステリックかなんかなのこれ!? いきなり大男が部屋に入ってきて暴れ出すとか恐怖以外の何物でもないんだが!?


「——す、すまない。少々取り乱してしまった」

「そ、それより血が! 頭から血が出てます!」

 打ち付けた額からはうっすら血が流れ出ており、もう恐怖映像以外の何物でもない状況になってしまった。下手なB級映画より俄然怖いわ。

「そ、そそ、そんなことより、き、君はどうしてここに……?」

 そんなこと!? 頭から血を流すことが!?

 あまりの丈夫さに開いた口が塞がらない。

 

 と、というか、結構重大なこと聞かれなかったか俺?

 さっきの問いを考えると、彼はここに俺がいることは想定外だったようだ。

 訪れた理由は全く以て不明だが、彼も俺同様にこの状況を呑み込めていないということがわかった。

 俺の方が説明を求めたい状況であるが、ここは俺から疑問を解く試みをした方が良さそうだ。

「あ、え、えっと、その……、ここは、……あの、あれで、……その、あれみたいなやつで」

 ——それができれば苦労はしない。

 寝起きからのビックリ展開に頭は半パニック状態で、おまけにコミュ力低下のデバフを永続で掛けられている。


 というかまず、言い訳が思いつかない。

 事情はよく知らんが、ここに来て女の俺がいることにビックリしているということは、ここには男の俺がいると思ってきた人なのだろう。

 しかし俺は彼を思い出せない。何処かであった気はするが、事情を説明すべき親しい相手ではないだろう。

 それにこんなこと言っても、頭のおかしい電波少女と思われるのがオチだ。

 今回はヒナタの時とは違って嘘が通じる。

 なら、ここはその場凌ぎで嘘を吐く。

 部屋で寝てる言い訳が聞くように、「家族」と嘘を吐けばいい。

 簡単なことだ。漢字で二文字、ひらがなで三文字の言葉を言うだけだ。何も難しいことはない。


「——お、わ、ワタシは……」

 自身を偽り、一人称を変える。

 緊張で心臓がバクバク音を出す。

「さ、さ、咲人の——」

 額に油汗を掻きながら、はっきりと、その言葉を言う。



「————カノジョです!」



「…………」

 エコーがかかったように、俺の言葉は家中に反復して鳴り響く。

 その直後、パサッと彼の持っていた茶封筒が地面に落ちる音が虚しく木霊する。


 …………その時、どうして俺が「家族」と「彼女」を言い間違えてしまったのか。それは、未だにわからない。


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[一言] これはたまげたなぁ カノジョ宣言とは…
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