堅物学生恋に落ちてみた。
真面目、鉄面皮、堅物。
自分は今まで、そのような言葉で形容されてきた。
理由は至極シンプル、自分が真面目で鉄面皮で堅物だからだ。
正岡 真泉十六歳、自分は物心ついたときから真面目さを一貫して曲げず、言われたことを頑としてやり遂げる男だった。
陸上自衛官大佐の父は、上に立つものとして責任の大切さを人一倍知り、それを息子である自分に叩き込んだ。
自分の真面目さはそこが原点だ。
鉄面皮なのは生まれつきだった。
子供の頃から感情の起伏が少なく、小学生の頃は人一倍体の成長が早かった自分は「巨大ロボット」だのと呼ばれて不気味がられた。
そのせいかあまり人が寄ってこず、人付き合いは今でも苦手で、恋愛一つしたことない。
——そして何より幼少の頃から曲がったことが嫌いだった。
理不尽、不条理、不誠実が大嫌いな子供だった。
いいや、高校生になった今でも大嫌いだ。
悪さどころか小さな悪戯一つしない。
故に、堅物と呼ばれた。
ポイ捨てしている人がいたら注意して、悪ノリしている同級生を見かけたらやめさせて、人を困らせている者がいたら叱る。
その信条に則り毎日生活していた。
だからその日も、デパートで二人の男に言い寄られている少女を見た時、迷わず助けた。
自身の巨体が功を奏し、男二人は無暗に噛みつくこともなくその場を去った。
そこまではいつも通り。
——しかし少女を見た瞬間、自分のいつも通りが覆された気分になった。
少女を一目見た瞬間、体中に稲妻が走るような衝撃を感じた。
恐怖で涙ぐんでいた少女。
絹のような髪。雪のように白い肌。綺麗な瞳は宝石のよう。
可憐だ。
何を思うまでもない。彼女を見た瞬間そう感じた。
そして自分の目も心も奪われた。
「……つまるところ、自分は恋をしたのだ」
「ぶほっ!」
昼休憩の教室。
母に持たされた弁当には手も付けず、唯一無二の友人である純也君にこのことを話していた。
しかし、彼は事の結論を聞いて飲み物を噴き出すという反応で返した。
「飲み物を粗末にしてはいけない」
「そうさせたくないなら突然そんなこと言わないでくれ!」
「そんなこととはどんなことだ? 自分は至って真面目に相談を——」
「だから驚いて飲み物噴き出しちまったんだよ! お前が!? 恋!? マジで!?」
彼は驚き、座る両の椅子の間に隔てられた机に身を乗り出して追及してくる。
予想できた反応だ。自分は今まで色恋沙汰には全く縁のない人生を送って来た。それは中学時代から学び舎を共にしてきた純也君も知っていることだ。
「ああ、一目惚れをした」
「よくもまあそんな恥ずかしいワードを堂々と言えるもんだな……。いろんな意味で尊敬するぜ」
「ありがとう」
「褒めてねえよ」
尊敬すると言っていたのに褒めていたわけではないのか? 自分が知らないだけで尊敬という言葉には他の意味があ——。
「んで? 極論俺に何を相談したいわけ?」
単刀直入に純也君は尋ねる。
「恋愛のノウハウを教えろとか女の子の口説き方を教えろとかそういうのなら、まあできなくはないぞ」
純也君は自分と違い、過去に多くの女性と男女交際をしていた。
中学の頃から隣に立つ恋人が入れ代わり立ち代わり状態で、女癖が悪いと言ってもいい。最近も、一年上の先輩と交際を始めたと言っていたが、自分の経験則から考えると今回の彼の交際も長くは続かないだろう。
正直なところ、純也君の女性に不誠実なところは好かない。自分が間違っていると思えば、例え友人相手でも注意をすることもある。
だが今回は純也君のその女性経験の豊富さを頼りに、お願いしたいことがある。
「ああ、実は——、自分が一目惚れをした少女を探して欲しい」
「…………は?」
素っ頓狂な顔で聞き返される。
「え、その女の子のことなんも知らないわけ?」
「ああ。あの時一目見ただけで、それ以外の情報はない」
出会ったあの瞬間、彼女はすぐに走り去ってしまったため、自身が一目見た時の記憶にしか彼女の情報はない。氏名、年齢、居住区、全て不明だ。
「いや無理だろ! そんなのネトゲの友達をヒントなしにリアルで探すようなもんだろ!」
「そこをなんとか頼む。君の女性への顔の広さを見込んでいるんだ」
深々と頭を下げ、頼み込む。
「見込まれたってなぁ……。いくらなんでも無理ゲー過ぎんだろ」
無茶を言っていることは百も承知だ。彼女とまた巡り合える可能性など皆無にも等しい。
だが諦めきれないのだ。
何故なら、これは自分の初恋なのだ。
自分にとって人生の転換期にすらなり得る出会いなのである。そうみすみす諦められるほど往生際はよくない。
「……まあ、元カノとか女友達とかに聞いてみてやるよ」
「っ! 本当か」
下げた頭を勢いよく上げる。
「中学からの腐れ縁だしな。力にはなってやるよ」
少しだけ照れくさそうにしながら、純也君は頼みを引き受けてくれる。
「ありがとう。感謝する」
やはり持つべきは友人だ。
「それで、その子の特徴とかないの? 髪が短いとか背が低いとか」
「可憐だ。とにかく可憐だ」
彼女を形容するなら、やはりこの言葉が一番しっくりくる。
それ程に彼女は可憐な女性だった。
「……可憐って、つまり可愛いってことか?」
「そうとも言えるな」
「思いっきりお前の主観じゃねえか! 俺が聞いてんのは特徴だよ! と・く・ちょ・う! 客観的に述べるとかお前得意だろ!」
「客観的に見て可憐なんだ」
「世の中には可愛い子が沢山いんだよ」
「いいや、彼女は間違いなく一番可憐だ」
「一番可愛いねぇ……。隣のクラスの深山さんくらい?」
「深山さんとは、深山ヒナタさんのことか?」
「そうそう、ぶっちゃけうちの学年では一番可愛いっしょ」
深山ヒナタさんか。体育の授業は彼女のクラスと合同なため、何度か見かけたことはある。
確かに可愛い容姿をしているし、時折男子の会話に名前が挙がっていることから人気があることもうかがえる。
「性格はちょっとキツめだけどさ、あの顔にあの胸だったら男は誰だって虜に——」
「やめないか。女性をそんな目で見るなど不埒だぞ」
下世話な話は好かないため、即刻注意する。
「はいはい、わかりましたよー。——そんで? その子と深山さん、どっちの方が可愛いわけ?」
「女性を容姿で比べるようなことはしたくないが、出会った彼女の方が可憐だ」
「マジか! お前が即答するぐらい可愛いのかぁ」
純也君は何処か期待したような目をする。
深山さんには申し訳ないが、出会った彼女の可憐さは誰も引けをとれないだろう。
短い自分の人生だが、今まで会ってきた女性やテレビで見た芸能人のなかでも、彼女は断トツの可憐さを誇っている。そう断言していい。
「おぉい、正岡いるか?」
担任教師の斎藤先生がプリントの入った茶封筒を持ってきて、自分を呼んでいた。
「? 何でしょう先生」
「おお、いたいた。……実はなこのプリントを天谷に届けて欲しいんだ」
「天谷というと、うちのクラスの天谷咲人君でしょうか」
二年進級の頃に同じクラスになり、四月半ばで不登校になってしまった男子生徒だ。
クラスでは孤立していたため少々心配していたのだが、まさか不登校になってしまうとは……。何もできなかった自分が歯痒いばかりだ。
「いつもなら家が隣の深山に頼んでいたんだが、なんか今日は早退しちまってな。すぐにでも渡しておきたいプリントだから、学級委員長のお前に頼みたい」
「わかりました。しっかりと咲人君に渡します」
差し出された茶封筒を両手で受け取る。
「住所は付箋に貼ってるからな。じゃっ頼んだぞ」
「はい」
先生からの頼まれ事だ、しっかりと遂行しなくては。
それに、不登校になってしまった彼とはいずれ話したいとも思っていた。
彼が何か悩んでいるというなら自分は力になってあげたい。
学級委員長として、同級生として。