ランジェリーショップ行ってみた。
個人的にこの回めっちゃ好きです。書いてて楽しかったし。
ヒナタが昔着ていたという服を借り、彼女と一緒に外出をした某デパートにて。
「いやいややめよう。ここに入るのだけはやめよう」
「グチグチ言わないの。男でしょ」
「男だから嫌なんだよ!」
「じゃあ女だから大丈夫よ」
「心が男だから大丈夫じゃないんだよ!」
「もぉ、うっさいわね。腹決めなさいよ」
「嫌だよ決めたくない! 別に専門店じゃなくたっていいだろ! 漫画とかで読んだけど、こういうのってコンビニでも売ってるんだろ!」
「コンビニじゃサイズ測れないでしょ。いいから入るわよ」
強引に手を引かれながら、俺は無理やりそこへと入店させられる。
大きなデパートやショッピングモールに行けば大抵あるこの店舗は、男にとっては不可侵領域そのもの。
侵してはいけない神域そのもの。
というか、男が入ったら確実に奇異な目で見られてしまうその場所。
ランジェリーショップ。
女性下着の専門店だ。
確かに必要性はわかるよ。俺だっていつまでもノーパンで過ごすわけにはいかないから。
でも無理に女物にしなくてもいいじゃないか。別に女の子がトランクスはいちゃいけないなんて法律ないんだし、男物だっていいじゃないか。
しかしヒナタはちゃんとしたサイズの下着付けないと形が崩れるだとかなんだとか、理解不能な呪文を唱えており、流されるようにここまで来てしまった。
だけどいざ入店となると心理的ハードルが高すぎる。
確かに今の俺の容姿は疑いようもない程女の子ではあるが、そういう問題じゃないんだよな。
見た目は女、頭脳は男の十六歳。
女性下着を買える勇気は持ち合わせていない。例え女の子の幼馴染が同伴だとしても。
「すいませーん! この子のサイズ測って欲しいんですけど!」
「ちょっ!? 何で店員さんを呼ぶ!?」
「呼ばないと測れないじゃん」
「ヒナタが測ってくれるんじゃないのかよ!!」
「私じゃちゃんと測れるか自信ないし、店員さんにやってもらうのが確実でしょ」
「だ、だとしても——」
「はいぃ、サイズの計測ですねぇ」
言い争っている内にメジャーを持った女性の店員が現れる。
「この子のカップ数の計測お願いします」
「ブラ付ける前提なの!?」
「はいぃ、かしこまりましたぁ。じゃあ正確な数字を測るため服の下から測らせていただきますねぇ」
「いや、あの——うひゃぁあ!?」
突然服の中に潜り込んだ店員の手に思わず変な悲鳴が上がる。
「うぅん、アンダーバストとトップバストの寸法差が15cm弱ですのでCカップですねぇ。一応スリーサイズの計測もしておきますかぁ?」
「いえ! 結構で——」
「お願いします」
「畏まりましたぁ~」
「って、ちょい!」
俺が断るのを遮り、ヒナタが勝手に計測を頼む。
結果俺は体の隅々まで計測されることになった。
◆
「ではこちらの試着お願いしますぅ」
渡された上下の下着を持って、店員とヒナタに促されるがまま試着室に入れられる。
しかも、このピンクの花柄下着を着用せねばいけないという状況に陥ってしまっていた。
未だかつてないピンチ。全然休憩がてらの課題になってない。心理的に言えば一番しんどい課題だ。
あとこれ本当にミーチューバ―になる上で必要なことなのか? ……いや、ミーチューバ―になる以前に、女の子として生活するうえでは必要不可欠なものだっていうのはわかっているけどさ……。
「そう割り切れるもんじゃないよ……これは」
男としての俺が全力で抵抗している。
スカート履いて女装するとはわけが違う。
これを着たら前の自分に戻れなくなってしまいそうだ。
……やはり無理だ。
俺は男の俺を守るためにも、断固としてこの下着の着用を拒否——。
「早く着ないと私が無理やり着せるからね」
「着ます」
唯々諾々と従った。
我が身の保身のために、俺は男を捨てた。
試着室の前に映る自分の姿が、それを証明している。
……にしても、
「……いい身体だな。俺の身体」
下着姿の自分を前にすると、そのプロポーションに思わず惚れ惚れする。
体が変わった直後にもレビューした通り形の整った綺麗な胸に、括れた腰はモデルさながらで、肌は生まれたての赤ん坊のようなたまご肌だ。背丈が高いわけではないので脚が長いようには見えないのだが、服を通さず見るとスラリとしてしなやかな脚だ。
絵画の評論家みたいに鏡に映った自身の姿をまじまじと見る。
そして、一つの結論に至る。
「うむ、エロい」
画面越しでしか見たことのない下着姿の女体を、まさか初の生身で見るのものとなるのが自分の身体とは思ってもいなかった。
だがこれだけよいものなら悔いはなし。
自分が美少女に生まれたんだという事実を、今ヒシヒシと感じている。
「どう咲人? ちゃんと着られた?」
カーテン越しからヒナタの質問が飛んでくる。
「着られた、と思う。多分」
当然女性下着を身に着けたのは今日が初めてなため、うまく着られているのかどうかわからない。一応さっき店員さんに教わった着方をしたけど、うまく着られているかは自信がない。
「やっぱなんか、その、……胸の辺りに違和感がある……かも」
黙っていようか悩みはしたが、ここまで来たら全部打ち明けてしまった方が気は楽だ。
「ホント? もしかしてサイズがあってないのかな?」
シャァー、とカーテンが開く音と同時に試着室へとヒナタが侵入してくる。
「ちょぉおい!? な、ななな、何故入って来た!?」
咄嗟に開いたカーテンに、反射してすぐさま自身の体を隠した。
「直接見ないとわかんないでしょ」
カーテンを閉めながらヒナタはそのような言い分を申し立てる。
「だとしても一言断りを入れてくれ!」
「そんなんしたら咲人断るじゃない」
「当たり前だろ! 俺下着姿なんだぞ!」
試着室に二人が入っているというラブコメ御用達の展開。しかし脱いでいるのは俺の方なんだよな。……普通逆だよね。
「いいでしょ女同士なんだし」
「肉体的にはね! けど精神的には違うから!」
「はいはいわかったからちょっと着けたブラ見せなさい」
「ちょっ!? そんな無理矢理……!?」
「あー、ちゃんと胸が収まってないのね。しっかりブラの中に入れないと」
「ひゃぁあああ!?!? ちょ、触ってる!! 思いっきり触ってる!!」
「触んないと直せないでしょ。いいからじっとしてて」
「あっ、ちょ、ちょっま、んっ! へ、変なとこ触ってるから……!」
「ちょっとは我慢しなさいよ。中に入れづらいでしょ」
「む、むりぃ……! ほ、ホント無理だから……!!」
俺とヒナタの会話は薄っぺらいカーテンを通して、店中どころか店の前にまで聞こえていた。
そのため、
「お、おい。なんかあの店からやばい声聞こえないか?」
「あ、ああ、しかも女同士っぽいぞ……」
「ま、マジか。て、てことは、女同士で……!?」
「な、なんとか中の様子を見られないのか……!」
ランジェリーショップの前では、声に釣られてやってきた男性の人だかりができていた。