スパルタ教育受けてみた結果。
俺は命じられるがままにノートに文字を書きまくった。
最初は文字を大きくしたり無駄に余白を空けたりしてなんとか楽をしようとしたが、それが発覚した際にはヒナタにこっぴどく叱られる上、一日ノルマの文量が倍に増えてしまうため二度としなくなった。
毎日動画を見ながら自身の参考となるポイントをまとめる日々。
大好きで見ていたミーチューブも今では目も向けたくなくなるくらい、パソコンにかじりついて見るようにやらされた。
テキトーなことばっか書いても叱られ倍課せられるため、一切の気を抜くことなくノートとパソコン画面に視線を往復させ、集中力をすり減らしながらペンを走らせ続けた。
今まで自堕落な生活をしていた罰なのか、最早学校に行っていた時よりも机に向かっている気がする。いや、気がするじゃなくて間違いなくそうだ。
地獄のスパルタ教育のおかげでシャーペンの芯の残数と俺の手首と目の疲労がともに赤ゲージだ。
人生初と言っていい程の苦労に、心身ともに満身創痍となった。
——だが、そんな状態でも尚俺は何とかこの地獄の一週間を生き延び、課された課題を成し遂げたのだ。
「お、終わり……ました……。ヒナタ……コーチ……」
足がないタイプのゾンビみたいに部屋の床を這いながら、丸々一冊文字で埋まったノートをヒナタに手渡す。
パラパラとノートを捲るヒナタ。
書いている内容もしっかり吟味し、埋まっているかどうかを確認して、
「うん、とりあえずこれで終わりね」
「や、やった……。俺はやったぞ……!」
無事ゾンビ世界で生き延びた主人公のように、勝利のガッツポーズをする。
——だがしかし、地獄はまだプロローグの時点にあった。
「じゃあ、次の課題出すわね」
「…………へ?」
「何終わった気になってるのよ。むしろこれからが本番じゃない」
「…………」
「まだ自分の不足点や動画投稿の重要ポイントに気づいただけ。実践しないと全く意味がないに決まってるでしょ」
「…………」
「じゃあ次はこのノートに書いたことも踏まえて自己紹介動画を撮りなおしてみて。とった動画は毎回私がチェックするから、合格が出るまで何度も繰り返してね」
「…………」
言葉すら出なかった。
蜘蛛の糸が切れてしまった時の男と俺は全く同じ表情をしているだろう。
俺一人ならまず断念していた。
しかし俺の隣には地獄の閻魔が舌を引っこ抜く準備をして待っているのだ。諦められるわけもない。
故に、やる以外の選択肢はない。
トーク力0の俺が必死にカメラの前で一人喋っている姿は、実に異様なものだった。
誰もいないところで延々投稿するわけでもない自己紹介動画を撮り続けていた。
それはまるで、独裁国家が軍人に精神実験を施しているかのようだった。証拠に、俺の精神力は既にズタボロである。
丸1日喉が枯れるまで独り言を話し続け、1日数十本近く撮った自己紹介動画をヒナタに見せる。
そしてすべてにバツをくらう。
相変わらず文節の間に「あっ」とか「えっと」が多く入っているし、話している内容も面白味の欠片もない。世間に見せるに値しない動画ばかりね。と、ヒナタからは散々な酷評っぷりだ。
その通りだから反論できないのが苦しい。
毎日動画を撮って、反省点を見直しての繰り返し。
自分で書いたノートも擦り切れるくらい何度も読み返した。
スマホの容量は毎日数十本にもなる動画に圧迫され、見返すためにとすべてパソコンの方にデータを移してから削除する。そしてまた新しく動画を撮る。
繰り返している内に成長は見えるのだが、なかなかヒナタの合格基準には達しなかった。
それでも毎日時間を費やし続けた効果は顕著に表れ続け、十日後には——。
「…………まあ、ギリギリ合格ラインかな」
動画を見終えたヒナタが一言そう告げる。
「よっしゃぁああああ!!」
勝利の雄叫びを上げる俺。美少女が上げていい絶叫ではなかったが、達成感に打ち震えていた俺がそんなことを気にする余裕などなかった。
「じゃあ次の課題行くわよー」
「ですよねェエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
うんもうわかってた。流れ的に絶対第三の課題があると思ってた。
自己紹介動画だけできてもミーチューバ―は務まらない。これからきっと想像を絶する試練が待ち受けていることだろう。
「まあ安心しなさい。次は休憩がてらの課題だから、今までほど大変じゃないわよ」
「うぇ!? マジ!?」
喜びのあまり変な声が出る。
「これからやる課題の次にはもう動画投稿始めようと思ってるから、それの下準備みたいなものよ」
「下準備? っていうと、撮影機材とかそういうのか?」
確かに俺の手元にはスマホのカメラと編集に置いて高スペックなわけでもないスマホが一台あるだけ。
ミーチューバ―として商業的に成功している人のほとんどは、高価なカメラや高性能パソコン、果てや照明からグリーンバックまで用意している。
「それを買い揃えられるお金は持ってるの?」
「うっ、……な、ないです」
月五千円のお小遣いしかもらっていない俺では、安っぽい中古のビデオカメラを買うのが限界だ。
かといってバイトはできない。バイトできるほどの社交性を持ち合わせていたら引き籠りになどなっていない。
総額で云十万はしそうな金額を親にせびることもできるわけない。
だったら現状はスマホのカメラと俺のパソコン一台で動画投稿を行うしかない。
「じゃあ一体何を準備するっていうんだ?」
動画投稿に置いての準備で撮影機材じゃないとなると他は思いつかない。
「そんなの一つに決まってるでしょ」
しかしヒナタは明確に不足しているものが見えているようだった。
彼女は俺に近づき、俺の着ている服を指さす。
「これよ」
「これって……、服のことか?」
男物でサイズはぶかぶか。一種のエロスを生み出すことには成功しているが、服の用途としては失敗している服。
「こんな格好で動画投稿するなんてどうかしてるわよ。まともな服を着なさい」
「そうは言ってもな、これ以外服なんて持ってないし」
「だから準備するの」
「ん?」
「行くわよ、買い物」