閑話 幼馴染みにフラれた私の大好きな人
朝練の後、シャワーを終えた私。
着替える為に、ロッカーを開けると中に置いていた携帯がラインの着信を知らせた。
まさかとは思ったが、内容を見ると初めて凌平君の方から先に送られて来たライン。
しかも映画のお誘いだった、
「やった!」
椅子から思わず立ち上がり叫んでしまう。
緊張の告白から一週間、ようやく進展したんだ。
返信を済ませて椅子に座り直す。
ダメだ顔のにやけが戻らない。
「先輩、何か良いことがあったんですか?」
「翔子ちゃん」
シャワー室から出てきた翔子ちゃんが聞いてきた。
彼女は凌平君の妹さん。
私と彼を結びつけてくれた恩人でもある。
「なんでもない」
「そうですか、兄い...兄さんから連絡が来たのかと思いましたよ」
「な、なんでそう思うの」
ダメだ声が震えてしまう。
「だって、このところ暇さえあれば携帯を触ってますし」
「あ...」
見られていたのか。
確かにそうだ、翔子ちゃんから私のラインを凌平君に伝えて貰ってから私は彼からの返信をいつも待っていたっけ。
「兄さんの方からは一回も来ませんけどね」
「そ...そうね」
また声が震えた。
『来たんだよ、たった今!』
そう叫びたい気持ちを懸命に堪える。
翔子ちゃんに、まだ言うわけにいかない。
まだ凌平君の傷は癒えてない。
ここで翔子ちゃんに知られたら、彼女は凌平君を必死で焚き付けるだろう。
それは駄目だ。
彼が千秋から受けた心の傷は深く、そして大きい。
私達が無理やりでは決して上手く行かない。
今のまま付き合っても、また千秋が戻って来たら、凌平君は受け入れてしまうだろう。
そんな事はさせない!
それまでに凌平君を必ず!!
「...すみません」
「どうしたの?」
「だって先輩、凄い目で...」
「目?」
気づけば翔子ちゃんは怯えていた。
翔子ちゃんだけでは無い、周りの仲間もみんな怯えていて...
「お兄いに言っときます、先にラインを送れって」
「違うの翔子ちゃん!みんなも誤解よ誤解!!」
なんで?
みんな誤解してるよ!
私は思っている様な人間じゃない。
性格だってそんなさっばりとした物じゃないし、好きな人に自分からアプローチ掛けられる度胸もない。
凌平君が失恋したと聞いて、チャンスと考える様な狡い奴なんだ...
「よっ凌平!」
「おっす早いな」
待ちに待った休日。
約束の1時間に着いてしまったが、凌平君も30分前に現れた。
ひょっとして私に早く会いたかったから?
そんな期待の心と裏腹に私はいつもの仮面を被る。
凌平君が誘ったのは、彼の知る橋本真理だ。
妹が所属する陸上部の先輩で、彼の事を余り知らないで告白したと思っている、橋本真理なんだから。
「どうした?」
「なんでもないよ、しかし相変わらず凄い筋肉だな」
「そうか?ちゃんと隠して来たんだけど」
「どこが?」
ピチピチTシャツの上にパーカーを羽織っただけで隠せる訳が無い。
何しろ体脂肪10%だもんね。
そんな事まで知ってる私を凌平君は知らないんだ。
「しかし...」
凌平君は私の姿を見て小さな溜め息を吐いた。
何だろ?似合ってなかったの?
昨日、学校帰りに洋服屋でクラス一番お洒落な子に頼んでコーディネートして貰ったんだけど。
「お前も年頃の女の子なんだな、似合ってるよ」
「バッ...バカ!!人をなんだと思っているの」
嬉しい!
でも、素直になれない私は凌平君の背中を力一杯叩いてしまった。
「アタタ...すまん」
「まったくもう」
顔が赤くなり、思わず背けてしまう。
いけない、こんな事では。
これからもっと私の新しい一面を知って貰うんだ。
半年前、凌平君の家で初めて話をして、恋に落ちた橋本真理を...
「面白かったな」
「本当!!」
映画が終わり、私達は近くの喫茶店に入る。
購入したパンフレットを開き、感想を言い合う。
些細な会話が嬉しい。
なんて幸せな時間だろう。
「...でね、川口さんが翔子ちゃんのフォームを褒めて」
「川口さんって陸上部のキャプテンだろ?」
「うん、彼女は日本代表候補なの」
「そりゃ凄い人に翔子は褒められたもんだな」
話は学校のクラブ活動に移る。
聞き上手の凌平君は私の話に合わせて相槌を入れてくれるから楽しくて仕方ない。
「あー楽しい!」
いけない!思わず心の声が出てしまった。
「俺もだよ」
「え?」
凌平君の言葉に思考が止まった。
「今日はありがとう。
橋本、また良かったら遊びに行ってくれないか?」
「あ、え?」
言葉が上手く出ない...嬉しいのに。
「すまん、調子に乗ったな」
しまった!凌平君が項垂れて...
「こちらこそ」
「橋本...」
勇気を振り絞って凌平君の手を握る。
これくらいなら出来る。
「私は凌平に告白したんだよ、遊びに行けるのは嬉しいに決まってるでしょ」
「...そうだったな、でもまだ返事は」
「いいよ焦らなくても、私は待ってるから」
「ありがとう」
笑顔の凌平君に、私の心が満たされて行く。
「...真理」
「どうした?」
「私の事は真理って呼んで」
凌平君の目を見つめる。
もう恥ずかしくない、さっきから顔が赤くなってるのは自覚してるし。
「分かった、真理」
「ありがとう凌平」
彼の言葉に私も心の中で凌平と呼ぶ事に決めた。
大好きだよ、凌平。