幼馴染みに恋人が出来た
よろしく
「うっす凌平!今日もお疲れ様!」
疲れた俺の背中から響き渡る一発の破裂音。
ラグビー部で鍛えた俺じゃなけれは無事で済まなかったぞ?
「...橋本か」
「相変わらず頑丈な背中だね」
赤くなった右手に息を吹きながら笑っているのは橋本真理。
俺と同じ高校二年、クラスは違うが、彼女と顔見知りだ。
同じ高校に通う一つ下の妹が所属する陸上部の先輩だからな。
妹は随分と橋本に可愛がって貰っている。
家でもしょっちゅう橋本の話を聞かされていた。
橋本も何度か家に遊びに来た事があって、話もした。もちろん妹も一緒にだ。
それで分かった、橋本は気の良い奴だと。
「今日は1人?」
「まあ...な」
いきなり痛い所を突くな。
俺は1人、正確には今日も1人、この先もずっと...
「どうしたの、千秋と喧嘩でもした?」
「いいや」
橋本は心配そうに聞いた。
佐藤千秋は俺と同い年で同じ高校、更に幼馴染み。
俺達はずっと一緒だった。
幼稚園から高校まで、クラブも、登下校もずっと...
「暗いな~そんなんじゃ千秋にフラれちゃうよ」
「かもな」
ダメだ、いつもの軽口に乗れない。
「あれ?いつもなら千秋とはそんなんじゃ無いって言うのに」
「だな」
確かにそうだった。
周りからは千秋と俺は恋人同士と思われていたんだ。
本当にそうなれば、いつもそう思っていた。
でも千秋はそんな気が無くって。
だから俺はみんなにそう言ってたんだ。
「まさか...本当に千秋と?」
「ああ...マジだ。
お前は千秋と一緒のクラスだろ、気づかなかったのか?」
「そんなの気づかないよ、千秋と私じゃ性格も全く違うし」
確かにそうだ。
さっばりして外交的な性格の橋本と、どちらかというと内気で引っ込み思案な千秋。
二人は俺を通じてしか話をした事が無い。
「そっか...もう千秋は居ないんだ」
「ああ、あいつにはもう彼氏がいる」
悔しいが千秋はもう居ない。
ラグビー部のマネージャーも辞めてしまった。
あいつは俺の隣から去ってしまったんだ。
俺の気持ちを知りながら。
告白したが、手遅れだと断られてしまった...無念だ。
「相手は?」
「山口だ」
「山口って、一組の山口悟?」
「ああ、山口に告白されて...3日前にOKしたんだって」
悲しい記憶。
一週間前、山口に呼び出された千秋は告白を受けた。
一年の時、山口と千秋は同じクラスだった。
その時から山口は狙っていたんだろう。
親しげに会話する二人を見て...焦った俺は千秋に聞いたんだ。
『そんなんじゃないよ』
そう千秋は言ったのに、半年後、まさかOKするとは。
だから先月、俺の告白を断ったんだろう。
やっぱり無念だ。
「山口か~」
橋本の顔が綻ぶ。
やっぱりこいつも千秋と山口がお似合いだと思っているのか。
「なんだよ、お前も山口が好きだったとか?」
そうだとしても不思議じゃない。
有名人だからな、山口悟は。
「まさか?ないない」
橋本は即答で手を振る。
健康そうな笑顔が本当に眩しい。
大きな瞳、スラッと伸びた手足、ショートに纏めた髪型。日に焼けた身体。
橋本は学校でも目立つ存在だ。
男女を問わず人気があるのも頷ける。
実際綺麗だけど。
「へえ~山口ね~」
まだ言うか、やっぱり好意があったのか?
それだけ山口悟という人間は有名なんだ。
「普通の女子なら、山口には太刀打ち出来ないと思う凌平の気持ちも分かるけど」
「...う」
こいついきなり...
「成績はトップだし」
昨日張り出されていた期末試験の結果。
そういや、橋本は学年180人中8位だったな。
俺は15位、千秋は3位、負けてるじゃんか。
「山口は学年2位だ...トップじゃない」
「そうだった?でも似たようなもんでしょ」
「いや、1位と2位は大きな違いだ」
15位の俺が言うのもなんだが。
「イケメンだし」
「人間、顔じゃない」
「イケメンは否定しないんだ」
当然だ。奴はモデル並のルックスとスタイル。
185センチ、98キロのゴリマッチョ体型な俺と違いは歴然。
顔は言うに及ばす。
認める所は認める。悔しいが。
「優しくって、人格者、生徒会長もしてるしね」
指折り数えて笑うな!
やっぱり本当は好きなんじゃないのか?
「それで運動神経抜群、体育祭の華だし」
クラブに入ってないのに山口は運動が出来る。
去年の体育祭じゃリレーのアンカーを務め、女子からの歓声を一身に受けていた。
確かに華だったな。でも、
「道端の花にも良さはある」
名もなき花の美しさ。
俺はそんな花になりたい。
「言ってて虚しく無い?」
「虚しい」
「女の子だけじゃなく、学校の評判も高いし、悪い噂も聞かない。こりゃ絶望だね」
「うるさ...はあ...」
もう心が折れた。
完敗じゃないか。
「千秋もバカね」
橋本がポツリと呟く、その表情から笑みは消えていた。
「そりゃ俺なんかとずっと一緒だったから、でもバカは言い過ぎだろ」
昔から美少女だった千秋はなぜか俺の隣に居た。
沢山の男達から告白されても、ずっと側に居たんだ。
だから千秋は俺の事がと...無念過ぎる。
「違うよ、凌平を選ばなかった事」
「どう言う意味だ?」
からかわれたと思い、橋本を見る。
しかし、彼女の顔は真剣そのもの。
その凛々しさに息を飲んだ。
「まんまよ。
確かに山口はハイスペックだけど、人間には相性があるの」
「相性?」
「そうよ、千秋は分かってない。
ずっと凌平の隣にいたから仕方ないけど」
「よく分からん」
さっぱりだ。
全く理解出来ない。
「なら分かる様にならない?」
「どうやって?」
「...わ、私と付き合って」
「はい?」
「だから付き合って欲しいの」
「俺と?」
何が起きた?
激しい衝撃の展開に頭が追い付かない。
「...うん」
そんな赤い顔をしないでくれ!
「ち...ちょっと待ってくれ」
「返事は直ぐじゃ無くていい。
でも待ってるから」
「...分かった、必ずする」
俺の言葉に橋本は笑顔で走り去る。
さすがはインターハイ短距離選手、あっという間に消えて行った。
まるで、さっきの告白が夢だったのでは無いかと思える程だ。
「ただいま」
「おかえり兄ぃ、遅かったね」
妹の翔子が心配な顔で待っていた。
頭を冷ます為、近所の公園で時間を潰していたんだけど、妹が知る筈もないよな。
「元気出して」
「大丈夫だ」
こっちはそれどころではない。
当然言えないが。
「今日千秋を見たよ、早速一緒に帰ってさ...全く見る目無いよ」
翔子が吐き捨てる。
この前まで千秋姉ちゃんって慕っていたのに。
告白を断られたのを知ってるから仕方ない。
千秋め、わざわざ妹にラインに書くか?
[凌平に告白されました。
断ったの、翔子ごめんなさい]
クソ!口止めが恥ずかしかったぞ!
翔子はその場で千秋のラインを着信拒否したそうだが。
「痛い目をみれば良いんだ」
「痛い目?」
「別に酷い目に遭えって意味じゃないよ、安心して」
何が安心なんだ?
「部屋に行くから」
「ごめんね」
「良いよ」
なんだか分からないが謝られてしまった。
自室に入り、ベッドに寝そべる。
ポケットから携帯を取り出した。
「もう連絡は来ないんだよな」
少し前まで来ていた千秋からのライン。
最後に書かれた[さようなら]の文字が虚しい。
『ごめんね、もう連絡は止めよう』
ラインの文字に電話をする俺が聞いた千秋の言葉。
それ以来千秋と一言も話をしてない。
「拒否までする事ねえじゃんか...」
未練から何度か千秋の携帯に連絡を入れたが、全てブロックされた。
そんなに俺が邪魔になったのか。
千秋への未練と橋本からの告白。
気持ちの整理が着かぬまま、一週間が過ぎた。
「げ」
朝の正門前で会いたくない二人と出くわした。
「おはよう岸井君」
山口が笑顔で話かけて来た。
右手は千秋の手を握っている。
恋人繋ぎか、見せつけやがって。
「おはようございます」
感情を抑え、出来るだけあっさりと返す。
こんなの覚悟していたじゃないか。
「おはよう...凌...岸井君」
「おはよう、ちあ...佐藤さん」
久し振りに聞く千秋の言葉に胸が高鳴る。
やっぱりダメた、まだ俺は千秋の事が。
「僕達は行くから、さあ千秋」
「あ...はい」
山口に手を引かれ笑顔で去っていく千秋。
その表情は幸せその物。
あんな笑顔の千秋は見た事が無いかった。
「お似合いだ」
美男美女の二人に周りの生徒からの注目が集まる。
それは羨望の眼差し。
嫉妬に歪む俺はなんて惨めなんだろう。
「...俺も先に進まないと」
決意を固めた俺は携帯を取り出し、アプリを起動させる。
妹を通じて教えて貰った橋本のライン。
初めて俺から一通送った。
[今度の休みに映画へ行かないか?]
[行く!!]
橋本の返事は直ぐに返ってきた。