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( ᐙ )短編小説( ᐙ )

卵の外は冷たい雨の中

作者: 迷迷迷迷

「例えばたまたまテレビを着けて、たまたま目にした番組があったとして、それがたまたま自分の大嫌いな内容だったらどうする?」


 リッシェさんが僕に向けてそのようなことを質問してきていた。


「なんつうかさ、私ってすごいのよ! なカンジ。無駄に主張が激しいのを誤魔化しきれていないんだっての」


 ひとのいないビルの上、雨ざらしに残る鉄骨はクジラのあばら骨のように寂しく、しかし同時に頼もしい。


 僕とリッシェさんは廃墟ビルの上、暮れかかる今日を雨雲のなかで味わっていた。


「ほんと、どうすれば良いんだろうね? あの感覚、後悔、憎しみと言っても差し支えないよ」


「お気持ちは、なんとなく分かりますけれども」


 僕としては彼女に同情するつもりなど更々無かった。

 誤解して欲しくないのは、けっして彼女の話す内容に興味が無いと言うわけではないということ。

 むしろ興味津々である。

 僕は彼女にとても関心を抱いている。


 ……そこによこしまな気持ちが全く無い、と言えば、それはそれとして嘘になってしまうのだが。


「分かっちゃいないね」


 嘘と真の狭間に、どうやら僕は必要以上に怯えてしまっていたらしい。


 気がついた頃には、僕の眼前にリッシェさんの唇が近づいてきている。


 彼女の唇の形、色彩。

 牡丹(ぼたん)の花びらのように可憐である。


「コンビニでバイト中に質問されたときは、殴り飛ばしてやろうかな! って思いそうになったけど」


 リッシェさんの笑いが僕には理解できない。


「R18のピンク雑誌が見つからないから、どこにあるか質問しただけじゃないですか」


「あのね、そういうのは他人にやすやすと聞くべき内容じゃないの。女のプライドが許さないんだから」


 リッシェさんは僕をチラリと、侮蔑を籠めた視線で見る。


 馬鹿にしてきてはいるが、しかしこうしてバイト終わりに二人きりで会う約束をしているところ、少なくとも敵意は抱かれていないようである。


 彼女が僕を見ている。


 視線の鋭さ、蜜蜂の針のような刺激に股間がぞくぞくしてしまう。


「でも」僕は肉欲から逃れたくて、弁明のようなものをしている。


「直で手に入らないからって、違法アップロードに手を伸ばす愚行には手を染めたくなかったんです」


「目をそらしたくなるタイプの紳士さ愚直さね」


「そんな罪を犯してしまったら、彼女たちのおっぱいやあそこや、肉の小さな様々な突起物に失礼じゃないですか」


「もったいぶった理由をつけて、少しでも自分のことを良い人として、諦めをつけようとしてない?」


 リッシェさんは僕に諦観を突きつけてくる。


「諦めなよ。どんなに頑張ったって、君はどうしようもない弱者なんだよ」


 僕を罵倒する。

 蜂の毒のように彼女は痛く、美しい。


 いずれ訪れる老いを、彼女は知っている。

 知り尽くしているようだった。

 細胞が擦りきれる微かな痛みを知っている。

 肉体にあらかじめ設計された滅びと消滅の未来を、どこか期待している気配さえもある。


 雨が降っていた。

 見慣れた天気である。


 生まれ故郷の空模様。

 リッシェさんは、しかし雨が嫌いであるようだった。


 うんざりした表情を浮かべている。

 のは、しかしなにも雨だけが原因であるわけでも無いようだった。


「君ってさ」


 リッシェさんが唇を寄せる。

 細い、白樺の枝のような指先で僕に、僕の唇に触れてくる。


 ぷにぷにぷに。リッシェさんは指先で僕の、少し乾いた唇を摘まむように揉んでいる。


「よくひとから、薄っぺらいって言われたことない?」


「いいえ、ございませんよ」


 この返事に関しては、嘘はついていなかった。

 本当のことしか言えない。

 だが、ただそれだけしかできなかった。


「へえ」


 リッシェさんは僕のことを少しだけ意外そうな、そんな素振りで凝視している。


「なんだ、君って案外自分を偽ることが上手なんだね。つまんないの」


 そう言うリッシェさんは、真剣につまらないものを見定めるかのようにしている。


「まだまだ下の毛も生えそろっていないようなクソガキのくせに、無駄に大人ぶった真似しちゃってさ」


「し、下の毛ぐらい生えてますよ……!」


「本当かな?」


 やにわにリッシェさんは僕の下半身に触れてきている。

 下腹部から鼠径部、内腿の合間、性器がうずもれる部分を撫でる。


「ほんと、そう言う強がりをあたしって女は、ぐちゃぐちゃのどろどろにしたくなるのよ」


 攻撃的な言葉を使っている。

 だが僕の性器に、布越しに触れる手付きはとても優しいものだった。


 まるで赤ん坊の柔らかい頬を撫でる母親のような、慈しみのこころを感じさせる。


「嘘をつくなら、どうせなら金になる方向で作れば良いのに」


「お金」


 下半身に熱が灯るのをこらえることはできなかった。


「そういえば君って、小説家に憧れているんだよね?」


 夢の話を語る。

 それは、僕にとっては恥部を触られることよりも恥ずかしい事柄、だったかもしれない。


「鳴かず飛ばず、て言うかそもそも本当に羽が生えているかさえも怪しいよね」


 どういう意味なのだろう?


「卵の外側にすら存在していないってこと」


 リッシェさんは僕のお尻を揉んでいる。

 肉のあいだ、肛門の敏感な付近を滑るように刺激する。


「あう」


 声が漏れるのをこらえきれない。


 リッシェさんは指の動きを止めない。

 下半身の熱が強くなる。


「卵の殻の外にも出ようとしない。閉じ込められたままで、やがては大きくなるだけの自分に息ができなくなって、緩やかに窒息死するんだよ」


 囁く彼女の声。

 吐く息に籠められた唾液の湿り気。

 唇は、すでに僕のそれと触れあうほどには密接している。


 キスをする。

 こちらはなんの準備も整っていない。

 だから、快感を覚えるよりも先に、ただ息が苦しくなるだけだった。


 絡まる舌肉が、愛液のように透き通る粘度の糸を引く。


「だけどまあ、あたしってば、案外優しい女なのよ」


 僕は「んるる」と喉の奥を発情期の野良猫のように鳴らした。


「だからさ、あたしみたいなバカな女は君みたいな、無謀な若者を応援したくなっちゃうってワケ」


 リッシェさんは止めの一撃のように、僕の股間を強く握りしめた。


 容赦はないが、あまり痛さはない。


「でもまずは、うぶな肉欲から卒業しないといけないよね」


 リッシェさんが僕の性欲についてを話している。


「キンシちゃんも、さっさと処女を捨てちゃいなよ」


 リッシェさんは二つの大きな乳房を、自分の手で扇情的に揉んでみせていた。


 僕も、未発達で硬くて薄い、冷めたホットケーキのようなおっぱいを自分で揉んでみる。


「まずは、あたしみたいな巨乳でも目指してみる?」


「ええ、そうしてみます」


 目的は決まったようだった。

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