バレンタインに惚れ薬入りのチョコを好きな子にあげたら、その子が俺にキスを求めてきたんですけど?!
「これ翔矢にやるよ」
昼食時間。校舎裏にある4人掛けの木のテーブルに、幼馴染みで友人の山田翼と座って昼飯を食べてると、翼が俺に透明のラッピング袋に入ったチョコを渡してきた。
「何これ?」
「見りゃわかるだろ、惚れ薬入りチョコだよ」
「…いや、見てわかんねぇわ。何だよ惚れ薬入りチョコって」
「いやー、俺の知り合いの魔女みてぇな怪しげなばあちゃんが『この菓子を食うた者は、菓子をくれた者…つまり、菓子を手渡してくれたお前さんのことを忽ち、好きで好きでしかたなくなるのじゃ』つってくれたんだよ」
「うっそくせー話だな」
「まあ、ほんとかどうかわかんねぇけど、俺は彼女いるし別にいらないから。お前にあげようかなって持ってきたんだよ」
「ふーん…」
「これをお前の好きな清水さんにあげてみれば?ちょうど今日はバレンタインだし。もしそのばあちゃんが言うことが本当なら、清水さんがお前にベタ惚れするってことだぜ?」
と、翼はにやにやしながら言った。
「ばっ!?べ、別に清水さんのことは好…とかそんなんじゃねぇし!てか声でけぇ!」
「隠すなって、バレバレだし。てかまあ、あんだけ可愛かったら誰でも好きになるって。俺が彼女持ちじゃなかったら絶対に惚れてたろうし」
「…確かに可愛いけど。てか、バレンタインに男からチョコっておかしいだろ」
「外国ではバレンタインは男から女にプレゼントするのがほとんどみたいだぜ」
「そ、そうなのか…でも、清水さんと親しいわけじゃないし。ただ、隣の席ってだけで、全然しゃべったことないし…」
「まーまーどうにかして渡してみなって。ほんとにお前に惚れるかもだしさ。くれぐれも、あげられなかったからってお前が食って処分するなよ。お前が食ったらお前が俺に惚れることになるからな」
「気色悪いこと言うなよ」
「ま、頑張れー」
翼がそう言うと、キンコンカンコンと予鈴が鳴ったので、とりあえずチョコを受け取り、教室へと急いだ。
◆
(はあ…どうやって渡せばいいんだよ…)
気づいたら帰りのホームルームが終わり、教室内はざわざわとしていた。
俺は清水さんにどうやってそのチョコを渡せばいいんだろう、ということばかりを考えていて、昼食後の授業は全然聞いていない。それでも、全然いい案が浮かばず、気づいたら放課後になっていた。
だんだん、教室内のざわめきが教室の外に消えて行く。
清水さんは…
「華ー帰ろ~」
と、清水さんの友人が、席に座る清水さんに声をかけた。清水さんがここで帰ったら、俺は清水さんにチョコを渡せないけど…
「ごめん、明日提出の数学のプリント終わらせたいから先帰っててー」
と、清水さんは友人に言った。
「えー、家でやればいいじゃん」
「家に帰ったら弟がゲームで騒いでうるさくて。教室の方が集中して勉強がはかどるんだ」
「そっかー、じゃあ先帰ってるね。また明日」
「うん。また明日」
そう言うと、清水さんは友人に手を振り、数学のプリントを机の中から出して書き始めた。
(な、なんてグッドタイミングっっ!!よっよし、後は俺がどうやってこのチョコを清水さんに渡すかだ)
と、翼からもらったチョコをゴソッと机のなかからちらっと出した。
◆
放課後。
静まり返った教室。
俺と清水さんのふたりきり。
清水さんは黙々と数学のプリントを書いてる。俺は図書室から(半年くらい前に)借りた本を読んでる(フリ)。
清水さんにチョコを渡す絶好のチャンス。
…なん、だけど…
(し、死ぬほど気まずい…)
ヘタレな俺はただただ、死ぬほど気まずい時間として過ごしていた。
すると。
「…屋良君は本好きなの?」
冷や汗をだらだらとかいていると、隣の席から可愛らしい声が聴こえてきた。その声の方に視線を向けると、清水さんが大きくて艶やかな黒目で俺を見ていた。
「おぼっ!…ほ、本!?あ、うん大好き!(大嘘)けど、家にいたら母ちゃんが手伝いしろっ!ってうるさいからさ、教室で読もうかなぁって…」
突然清水さんから声をかけられ動揺した俺は、妙に高い変な声で言った。
(なんだよ『おぼっ!』て…しっ…死にたい…)
と軽く落ち込んでいると。
「そうなんだー。私のところは弟がゲームしながら騒いでうるさいから、集中して宿題できなくてさー。だから今日は教室で書いてから帰ろっかなって」
可愛らしい声、可愛らしい笑顔で清水さんは言った。
「そっそうなんだー」
(今日はいい日だ~…。清水さんと話できたし。なんかもう、チョコ渡さなくてもいい気がしてきた~…)
隣の席だけど、清水さんと話したのは初めてだった。清水さんが俺の名前を発音しただけでもう充分に満足したのだった。
すると清水さんが「あ、そうだ」とスクールバッグを机の上に乗せ開けると、がさごそと何かを取り出し、そして。
「これよかったら。甘いもの苦手じゃなかったらもらわない?」
と、清水さんは透明なラッピング袋に、ピンクや赤のリボンで可愛らしく結んだものを俺にくれた。
中身は…ハートのチョコレートが。
(はっ、はは、ハートっ!!も、もしかして清水さんも俺のことが…)
と、内心で興奮してると。
「友チョコ作ってきたんだけど、1個多めに作っちゃったみたいで。自分で食べちゃおうかなとも思ったけど…美味しいかは保証しないけど、よければどうぞ」
と、清水さんは言った。
(…まあ、そうだよな。学年1の美少女の清水さんが俺みたいなモブっぽいやつ、好きになるわけないか…)
内心で溜め息をつきながら「あ、ありがとう」と俺は清水さんのチョコを受け取った。
(まあでも、ごりごりの義理とはいえ、清水さんの手作りチョコが食べれるだけで充分か───って、そうじゃない!今じゃないか?チョコを渡すのは!?)
俺はゴソリと机の中から例のチョコを出し、ごくんと唾を飲んだ。
そして。
「あ、あの…じゃあこっこれ、お返しじゃないけど…あげる」
そう言って、俺は翼から貰った例のチョコを…惚れ薬入りチョコを清水さんに渡した。
「えー、ありがとう!石畳チョコだ~!美味しそう!」
チョコを見つめながらパアアとした顔をする清水さん。めちゃくちゃ可愛いんですけど。
「ね、今食べていい?なんかおなか空いちゃって…」
と、清水さんはぽっと頬を染めながら言った。
「う、うん、もちろん!食べてみて」
しゅるりと袋のリボンをはずし、チョコをひとつ手に取る清水さん。
「美味しそう!」
そして。
パクッと、清水さんはチョコを、惚れ薬入りチョコをひとつ食べた。
「ん~!おいふぃ!」
もごもごとしながら言う清水さん。可愛すぎ。
(惚れ薬入りチョコ…それが本当なら、いつ効果があるんだろう?なんて…まあどうせ、話すきっかけを作るため~とかで、翼がテキトー言ったんだろうけど…)
そう思いながら、チョコをもぐもぐと食べる可愛いらしい清水さんを見つめていると、ピタッと、清水さんはチョコを食べる手を止めた。
「…清水さん?どうかした?」
(まさか本当に惚れ薬の効果が…?なわけないよな~…)
とかなんとか思っていると。
「…すき」
「…へ?」
「私、屋良君のことが好き」
………………………
へ?
「は…へ?ええええええええっ!?」
俺は思わず声を上げ、慌てて自分の口を押さえた。
(すっ、好きって?へ?清水さんが言った?俺に??へ?本当にチョコに惚れ薬が入ってたのか?それとも清水さんがチョコを食べる姿があまりにも可愛らし過ぎて俺は尊死した?!)
動揺しすぎて、なんだかよくわからない言葉が俺のなかでぐるぐるとした。
(──いや、冷静になれ俺。清水さんにもう一度聴くんだ)
心の中で深呼吸をし、清水さんに聴いた。
「いっ、今…俺のこと好きって言ったように聴こえた…けど…」
ごくん。と唾を飲む俺。
そして。
「…うん。言ったよ。屋良君のこと好きって」
清水さんは頬を赤く染め、潤んだ美しい瞳に俺の姿を映して言った。
(惚れ薬の効果…だろうな。こんなの卑怯だけどでも…)
清水さんの瞳を見つめ、俺は決心した。
「俺は…俺も、清水さんのことが好き。もうずっと前から好き…です」
とうとう、清水さんに好きと言えた。けど、いまいち釈然としない。なんだか、清水さんを騙してるようで…なんとも言えない気持ちになった。
すると。
「なら…キス、して」
「……へ?」
「屋良君とキスしたい…」
きゅっと、俺のブレザーの袖を握り、清水さんは俺を見つめ言った。
「キスして…」
ふるん、とした清水さんの桃色の唇が『キスして』と何度も発音する。
うるうるとした清水さんの漆黒の瞳が、ぶれることなく一途に俺を見つめる。
そんな瞳で。しかも、好きな女子に『キスして』なんて言われたら…キスしない男なんているのだろうか?
ゆっくりと。
彼女の唇に顔を近づけていく。
俺の顔が近づいてくると、清水さんはゆっくりと瞼を閉じた。
清水さんの桃色の唇に俺の薄っぺらい唇を重ね…ようとして。ピタッと、俺は清水さんの唇の傍で顔を止めた。
そして。
「…ごめん。俺、清水さんにキスできない」
「…え?どうして…」
「清水さんにあげたそのチョコ…実は惚れ薬入りチョコなんだ。だから…清水さんは今、俺のこと好きになってくれてるけどでも、それはチョコに入ってる薬の効果で」
「屋良君…」
「俺は本気で清水さんのことが好きだから。やっぱ、そんな薬の力じゃなくて、清水さんが心から俺のことを好きになってくれるように努力するよ。その時また改めて…今度は俺の方から告白させてほし………んっ」
───────────
俺の言葉が遮られた。
俺の唇を、ふるりと柔らかくて温かなものが塞ぐ。
チョコの甘い香りが鼻腔を擽る。
あたまがまっしろになる。
俺の唇を塞ぐもの──それは、清水さんの唇…
────────────ちゅっ。
清水さんの唇が俺の唇から離れる微かな音が、静かな教室に響いた。
そして。
「薬が本当に入ってても無くても…ほんとに好きなの、屋良君のこと。もうずっと前から…大好きなの」
きゅっと、俺のブレザーの両袖を握り、清水さんはぽふんと俺の胸に頭を埋めた。
清水さんのハーフアップにしたダークブラウンの長い髪から覗く耳の頭が真っ赤に染まっていた。
「清水さん…もしかして…俺らの話…」
言おうとして、きゅっと唇を噤み、そして。
「…清水さん。俺、ずっと前から清水さんのことが好きです。俺と、付き合ってください」
瞬間。
「───んぐっ」
俺の頬に白くて綺麗な手が添えられ、柔らかいものが、俺の唇を塞いだ。
清水さんの手…唇が、俺に触れる。
チョコの甘い香りが俺の体内をゆっくりと充たして行く。
────────────ちゅっ。
清水さんは俺の唇から離れると、黒くて美しい瞳を涙で濡らしながら微笑んで言った。
「私も屋良君のことが大好き!こちらこそ、よろしくお願いします!」
愛おしさが胸いっぱいになって、俺は清水さんの体を抱き寄せ、今度は俺から清水さんにキスした─────。
◇
「あいつ…清水さんとちょっとは話せたかな?」
「誰の話?」
「ん?俺のダチ。翔矢のこと。あいつヘタレだからな~…」
(ほんとはあのチョコ、俺の母さんが翔矢にあげといてって渡された、母さん特製のただのチョコなんだよね)
と思いながら、彼女がくれたチョコを食べる。
「どう、美味しい?」
「うん!ミホはほんとお菓子とか料理作るのうまいよね~」
「も~うまいこと言って!」
「ほんとだって────ほら」
───────────ちゅっ。
と、俺は口の中でとろとろにとろけた彼女特製のチョコを、彼女の口の中に流し込んだ。
「ほら、美味しいでしょ?」
「…んもぉ、翼ったらぁ」
(まあ、ガンバレ翔矢)
俺は心の中で翔矢を応援した。