【短編】帰省して義妹を「彼女です」と両親に紹介にしてみた結果(旧題:さよなら義妹、また来て彼女)
冬休みを間近に控えた大学の教室、一限と二限の間。
「お前、彼女とか居ないの?全然居そうな感じだけど」
という質問に俺、橘 祐介が答えると、こうなる。
「うーん……半分彼女、ならいるなあ」
「なんじゃそりゃ。ああ、まだ付き合ってないけど、ってやつ?」
「いや、文字通り『半分』彼女」
ますます意味が分からない、という顔をする友人。うん、これだけ聞いても意味分からないよな……と思いつつ、続けて言う。
「まあ、秘密」
なぜなら、そうそう言えることではないからだ……「彼女、義理の妹なんだ」、なんて。
『もうすぐ着くよ』
『おっけー。お父さんとお義母さんも待ってるよ』
冬休み、大晦日にようやく帰省。最寄り駅の改札を出てメッセージを送ると、すぐに既読がついて返信が来る。
『すっごい田舎』
『2年前まで居たくせに』
『いや、良い意味だよ』
メッセージで会話しているのは、高校2年の義理の妹、橘 穂乃花だ。義理の妹であり、そして、2年前からの、彼女。曖昧で一つに定まらないその関係が、自分でも良く分からない。
『ほんとー?』と来た後、穂乃花は続けて、
『通話しながら歩けたりする?』
と送ってきた。それには返信せず音声通話のボタンをノータイムで押すと、ワンコールで通話が始まった。
「いきなり」
「ごめん。何したら許してくれる?」
「んー、考えとくね」
「うん。あ、あと5分もしないで着く」
「はーい。あのね、お父さんが『祐介くんと飲むぞー!』ってお酒出して張り切ってる」
お父さん、俺にとっては義父にあたる人は、橘 良平さんという。母親、反対に穂乃花の義母にあたる旧姓、水野 佳咲と良平さんが再婚したのが4年前のこと。俺が高校2年、穂乃花が中学2年のときだ。
「良平さん、お酒強かったから付き合えるか不安」
「いいよ、そんなの適当に切り上げて。……久しぶりなんだから、こっちに来てよ」
「穂乃花もだけど、必然的に良平さんも母さんも久しぶりってことになるよ、それ。でもまあ……後で散歩にでも行こう」
「行くっ!……お父さんたちへの口実は?」
「うーん、考えとくよ。……もう家見えた、っていうか着いた」
と、言うと。画面の向こう側ではにかむような声がして、こう言われたのだった。
「えっ…とね、通話しよう、って言ったのはこれを一番乗りで言いたかったから、なんですけど」
僅かな沈黙が落ちて、穂乃花のはにかんだ声が耳元で響いた。
「おかえり、祐介くん」
「「おかえり〜!!」」
と、ハイテンションな声が2つ、玄関に響き渡る。
「ただいま、母さん、良平さん」
と返した後に、半年ぶりに見る穂乃花の顔が階段の奥から覗いて、先ほどの通話とは打って変わった静かな声が届く。
「おかえり、義兄さん」
「はい、ただいま」
そう。俺たちの距離感は家と外で、まるで違うのだ。付き合っている、なんて良平さんにも母さんにも簡単に言えることではないから。
そして、それだけではなくて……これは主に穂乃花側の話なのだけれど、
「ごめん、家だとどうしても恥ずかしくて」
と、普通に仲が良い兄妹、というのも余りしたくないらしい。物語なんかでは兄弟が出来てすぐに仲良くなったりするけれど、現実でそんなことはまあ、無いだろう。距離感を探り合って、どこかに落ち着けて、収まる。そんな所だと思うけれど、最初にその収まったところが壁のある接し方だった。
そして、一度定まった距離感を変える、というのは意外に難しいものだ。それが対外的に見えるものなら尚更。その結果、この距離感に至る……というわけなのだ。
「ほら、まずは上がって荷物置いてきなさい!お茶淹れるわね」
という母さんの言葉に頷きを返して、俺は久々に橘家の玄関を跨いだのだった。
「祐介くん、大学では彼女とか出来たりしたのかい?」
荷物を片付けたり、細々したことをしているとすぐに夜になり、夕食の時間。いつもより赤い顔の良平さんの質問に、思わず吹き出しそうになる。
彼女は出来た。2年ほど前、大学の入学式の前に。
ちなみに名前は穂乃花っていうんですけど、などと、今言えるわけもない。そして問題なのは、「いえ、いないです」と答えると後が怖いことである。
「めちゃくちゃ好きな子は、います」
どうにか捻り出したその一言に、良平さんは破顔して、
「そうかそうか!頑張れ〜!」
と言う。横目で穂乃花を見ると、飲めない筈の酒を飲んだかのように顔が赤い。
「……っ、ほらお父さん、変な絡み方しないで。大体、飲みすぎだよ。……私食べすぎたし、ちょっと散歩に行ってくる」
と、穂乃花が言う。どうしよう、散歩に行く口実まだ思い付いてないんだけど……と思ったら、意外なところから助け舟が出された。
「もう夜だし、祐介、付いて行ってあげて」
そう言ったのは、母さん。母さんは俺たちの仲がそれ程縮まっていない……ように見えることを心配している素振りがあるから、そこから出てきた言葉だろう。その通りだったなら、うざい、とさえ感じていたかもしれない。
「……分かった。酔いも覚ましてくるよ」
とは言え、出された助け舟に乗らない理由もない。眠気が来たらしい良平さんと片付けを始めた母さんに見送られて、コートを着込んだ穂乃花と俺は玄関を出た。
冬の夜の空気は冷たくしんと沁みて、体の芯まで冷えていくような感覚がある。それ程雪が降らない土地ではあるが、少し積もった雪が夜を白く染めている。
さく、さく、と、家のある通りから曲がる。どちらからともなく、左 左手は暖かさに包まれる。自分より小さく柔らかな、半年ぶりに触れる手。
「…………ふふ」
マフラーに顔を埋めて笑う穂乃花がどこまでも愛おしくて、声が思わず出なかった。代わりに少しだけ強く手を握って、再びさく、さくと歩く。
「大学、どう?」
「割と楽しい。穂乃花もウチ志望だったっけ」
「うん。絶対受かってそっちに行くよ」
真面目な話も、くだらない話も、半年分のそれは中々尽きることがない。足元の雪の鳴るリズムが重なったり、少しずれたり、また重なったりして、足跡を増やしていく。
「えっとさ」
「なに?」
「やっぱり、言わなきゃダメだ。良平さんと、母さんに」
「……ん」
「でも、怖いとも思う」
「反対、されたら?」
「それは、言うこと聞けない」
「……ん」
「マフラー曲がってる。……こっち向いて?」
「……ん」
向き合って穂乃花の首に手を回し、赤いマフラーを巻き直す。
しばらく歩いて、「そろそろ戻ろうか」と聞くと頷きが返る。来た道を引き返そうと踵を返した、その時。
「祐介くん」
2人の時では珍しく、目線をあからさまに逸らした穂乃花は、続けて言う。
「手、繋ぐのも半年ぶりだけど、さ……もういっこ、あると思う」
雪の夜だから、だけではないその赤く染まった顔は、ひどく魅力的で。
「……今、酒くさいよ」
「祐介くんなら、気にならないよ」
白く雪に眠る山だけが見える夜に、暖かな沈黙が流れる。
繋いでいた手を離して、小さな顔に当てる。ピクリ、と身動ぎした穂乃花の腰に手が腰に触れる。
「……んっ」
半年ぶりに触れた唇は、やけに熱くて、甘くて、どうしようもなく愛おしかった。
「おかえり〜、お茶淹れてあるわよ。先にお風呂入っちゃってもいいし」
との母さんの言葉に、穂乃花へ目線を送る。穂乃花もまたこちらに目線を向けている。
お先にどうぞ、ありがとう。
アイコンタクトを交わして、穂乃花が脱衣所に向かった後、母さんが話しかけて来た。
「散歩中、仲良くなった?」
先程の目線で交わした会話を察したのだろうか、それともまた別だろうか。
「ん、まあ、普通じゃないかな」
とだけ答えて、お茶を啜る。「良平さんは?」と聞くと、「もう寝たわよー」という答えが返ってくる。
俺は、勇気を出して聞いてみることにした。勇気を出して、言うために。
「母さんはさ、俺がどんな人を連れて来たら嬉しい?」
「連れてくるって、結婚相手として?」
「そう」
うーん、と少し考えて、母さんはこう言った。
「あなたが幸せにできて、あなたを幸せにできると思える人、かな。……だから、国際結婚とか言われても、驚きはしても反対はしないと思う」
詰めていた息を吐き出す。欲しかった言葉が、母さんの口から語られる。
「ありきたりだったかしら、ごめん」
と笑う母さんに、一言だけ返す。
「いや、そんなことないよ。ありがとう」
ポチャン、と風呂場から水音が聞こえる。大晦日の夜は、静かに更けていった。
「「明けましておめでとうございまーす!!」」
「うわ、びっくりした。……明けましておめでとうございます」
「朝から元気すぎ……明けましておめでとうございます」
橘家のダイニング。おせち、雑煮、みかんと、いつも通りの正月が訪れる。「普通にもう大丈夫だから」と断ったお年玉も「気を遣うもんじゃありません」と強引に握らされ、気が付けば昼前である。
「2人は初詣まだだろう?私たちは朝行ってきたから、気が向いたら行っておいで」
と良平さん。ちら、と穂乃花はこちらを見て申し訳なさそうに、
「私、ゆずと行く約束してた」
と、何度か名前を聞いたことのある友人の名前を出して言う。「あら」と残念そうな母さんに、
「家でゆっくりするよ。1人で後で行くかもだけど」
と告げる。確かに穂乃花と行けたらそれは楽しかっただろうけれど、今はやらなければいけないことがある……というか、今しかできないことが、ある。
「勇気出せ、俺」
穂乃花がいない時、俺1人で話せるタイミング。例えば怒られたり、殴られたりするなら、俺1人で良い。思わず訪れたその機会が、今。
小さな声で呟くと、昨日の夜の母さんの言葉と穂乃花と交わした会話と、そして唇の感触が蘇る。
「あなたが幸せにできて、あなたを幸せにできると思える人」
「反対、されたら?」
反対されたら、その時は。
ダイニングに座る母さんと良平さんは、駅伝を見ている。何と声を掛けるか迷って口を開けると、口がカラカラになっていることに気が付く。そこで、ああ、めっちゃ緊張してるな、と初めて気付いた。
(でも、言わなきゃいけない)
今まで黙っていた不義理はもちろんあるけれど、
「ずっと一緒に、いたい」
だから、今。今ここで、言わないと。
「良平さん、母さん、今いいかな」
と声を掛けると、
「うん?構わないけど」「どうしたの、改まって」と返答が返る。僅かな静けさが過ぎた後、最初に俺は頭を下げた。
「ごめんなさい、今まで言わなきゃいけないことを、黙っていたことがあります」
驚いたような沈黙が落ちた後、良平さんが、
「まずは言ってごらん」
と、落ち着いた声で言う。頭を下げたままぐっ、と息を吸い、後戻りできない一言を告げた。
「2年前、俺の大学入学の直前から、穂乃花さんと交際しています。今まで黙っていて、すみませんでした」
と。ダイニングに、駅伝の実況だけが流れる。どうやら終盤に競った2人が好走しているらしい。
何回か殴られるだろうな、と思っていた次の瞬間、思いがけない一言を良平さんが口にした。
「大したもんだ、いや、……大したもんだと思う」
すぐに良平さんは、本当に感心した声音で続けて、
「僕が祐介くんの状況なら、言えなかったと思う。
……よく言ってくれた」
と言う。その思いがけない言葉に驚いていたのだけれど、次の母さんの一言は、俺と良平さんが揃って目を点にするものだった。
「好きなのは何となく分かってたけど、もう付き合ってたのか……!」
思わず俺と良平さんが、
「「へっ?」」
と聞き返すと、母さんは説明を始めた。
「穂乃花ちゃん、祐介のこと好きなのかなーって思ってたのよ、だいぶ前から」
「祐介が帰省してるとどことなくウキウキしてるみたいだし、祐介から貰ったらしきもの、すごく大事に使ってるみたいだったから」
「えっ……あっ…………全然気が付かなかった…………」
と、ショックを受けているらしき良平さんを横目に、母さんが矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。
「どっちから告白したの?」
「……俺です」
「そもそもどんな感じで最初仲良くなったの?割と2人とも固かった気がしてたけど」
「……音楽とか、小説とか、とにかく趣味が笑うほど被ってて、そこから」
「いつ頃から好きだったの?穂乃花ちゃんのどこが好き?」
「……自分の中ではっきりしたのは、高2のとき。ていうか、どこが好きとか何で好きとかあるものなの?す……好きだから、好きなんだと思う」
さらにそれを横目に、駅伝の実況が叫びに近くなる。ものすごい競り合いだ、勝負はそのまま最終10区へ託されます。
意を決して、口を開く。
「それで……あ、あの」
良平さんと母さんは目線を交わして、そして良平さんが口を開く。
「祐介くんは、どうしたいのかな」
相変わらず、落ち着いた口調。でも、先程とは違うそれだということは分かる。
声が震えないように抑えた息が苦しい。吐き出した答えは、ずっと前から詰めていたもの。
「ずっと一緒にいたい、です」
良平さんと母さんはにこりと笑って、こう言った。
「それなら、僕が言うことは何もないよ。……ねえ佳咲さん、大学生でこれ言える子いる?良い男すぎるでしょ」
「ふふ、私の息子だからね」
「あっ、でも『清く正しく』は宜しく」
「大丈夫よ、祐介にそんな度胸ないから。……ちゃんと大事にしなさいよ」
失礼な…と思いつつ、覚えたのはそれに倍する安堵。そう書けば1行で書けることだけれど、全身がそれで満たされて、力が抜けてしまいそうなほどの安堵だった。
「もちろんです」
と答える。母さんと良平さんはもう一度目線を交わして、今度は母さんが話し出す。
「私も良平さんも、いわば一度『失敗』して、上手くいかなかったから、」
敢えて触れないことだけれど、母さんは俺の実の父と、良平さんは前の奥さんと、それぞれ上手くいかなくなって、別れて、そして出会った2人だ。
途中で途切れた母さんの言葉を良平さんが引き継いで言う。
「……だから、祐介くんと穂乃花の2人には、お互いに幸せにし合える人を見つけてほしかったんだ。逆に言えば、それだけで良いんだ」
「昨日も言ったでしょ、驚きはしても反対なんかしない、って」
さあ、最終10区も凄まじい争いになっています。どちらが勝つか、いや前に出た、残り2km、佐古川が前に出ました、ロングスパートです。
駅伝の実況は熱さを増して、それと比例するように膨れあがる胸の中心の熱が、身体中を駆け回る。もう一度、さっきよりも深く、深く頭を下げる。
「……ありがとう、ございます」
2人が顔を緩めたのが、ダイニングに流れる空気で分かる。もう少しだけ、頭を下げた、その瞬間。
良平さんが、玄関の方に向かって声をかけた。
「と、祐介くんは言ってくれたけど、何かないのかい、穂乃花」と。
「〜〜〜っ………!!」
ガチャガチャバッタン、とドアが開く。
真っ白に息を切らせた真っ赤な顔の彼女は、大きな声でこう言ったのだった。
「わたしだって、祐介くんと、ずっといっしょに、いたいっ……!!」と。
「じゃあ、また」
あの後……穂乃花の声を聞かれたご近所さんに
からかわれたり、「何で1人で話してるの!?一緒に話すことだよ、これ……!!」と穂乃花に叱られたりしていると、あっという間に帰省は終わり。
「うん、春休みも待ってるよ。また一緒に飲もう」
「そう言って先に潰れるの、あなたでしょ…………風邪なんか引かないようにね」
良平さんと母さんに頷きを返すと、自然と3人の視線は残る1人に向かう。
その1人……穂乃花はうつむきながら、
「……駅まで一緒に行く。そこで言う」
と言う。そしてさらに少しうつむいて、
「その時ちゃんと言う。義妹とは、今日でさよならするから」と。
思わず破顔する。今はまだ、このくらいの距離感が丁度いい。手をちいさな頭にのせ、ポンポン、と上下に動かす。「「えー、僕(私)にはー?」」などと言っている大人たちはスルーして、朝日が踊る外に俺と穂乃花は踏み出したのだった。
…………それが、1年と少し前のこと。俺は大学4年生になり、穂乃花も大学生になってそして、同じ部屋に帰るようになった。
「そろそろかな」
と呟いて少しすると、鍵が回る音がする。心の浮き立つ、鍵の回る音。
「ただいまっ」
白い息、赤いマフラーと頬。弾む声が住人が二人になった部屋に響く。
『半分』が取れた彼女に「おかえり」が返って、ドアはパタンと閉じられるのだった。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。如何でしたでしょうか、義妹ものはやはり正義だと思います。作者の作品の中でも穂乃花さんは特にヒロイン力が高く、書いていて楽しかったです。
「面白かった!」「祐介いいやつだな」「穂乃花ちゃんかわいい」と思って頂けましたら、ぜひぜひポイント&ブックマークをお願いします……!!