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真宵の森の吸血鬼  作者: 不明
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第1章 3.思考



吸血鬼にとって眷属の一人目は特別である。

純血の吸血鬼に比べれば劣るものの、初めて血を分け与えた眷属は一番力が強くなる。その上、主となった吸血鬼と眷属は分身と言ってもいい程にその結び付きは非常に強く、一定の距離以上に離れることは出来ずどちらかが死ねばもう片方も死ぬ事になる。とても特別なものだった。


また吸血鬼には家系毎に固有の能力があり、ウラド家では魔素を保有した子どもが生まれる。その力を使って数々の悪魔と契約をする。悪魔には様々な能力を持った個体がおり、更に魔素を分け与える事でそれを使役する事が出来た。

ミヒは歴代ウラド家の中でも群を抜いて魔素が濃く、膨大だった。


そしてミヒには眷属を探す為の、とある習慣があった。

日の出ている時間は外に出られない為、屋敷の周囲に張ってある結界内とその周辺数キロ先を眺める事ができる黒曜石を使って、山に立ち入った人間を観察する。少しでも気に入った人間がいれば悪魔の催眠能力を使い、夜になるまで森を彷徨わせた。その後ミヒ自らその人間に接触し、期待外れなら悪魔の餌にしていた。


そこで碧兎に出会ったのだった。



 ◆ ◆ ◆



一通り泣いて涙の収まったミヒは、碧兎に居間を案内し、暖炉に火を付ける。もう三月も終わる頃だが、日の出ていない内はまだ少し肌寒かった。

居間には暖炉を囲うように一人掛けのソファがいくつか置いてあり、ミヒはその内の一つに座る。碧兎にも隣のソファを勧めたが、断られてしまった。


ミヒはゆらゆら動く暖炉の火を眺め、考える。

自分の事を一番に考えてくれる優しい人を一人目の眷属にしたかった。数年探してやっと見つけた大事な人。しかしこれでは母と同じように嫌われ、また自分から離れていってしまう。先程までの出来事を思い出し、涙が滲んだ。


ミヒは物心付いた時から誰かに怒られたという記憶はない。正確には、ミヒの父が亡くなった際の記憶が余りにも強かった為、それ以前の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。その後は、話すことが減り一切笑う事の無くなってしまったミヒに気を遣い、屋敷の使用人達はミヒが何をしても許していた。

だからミヒには、"他人が何をされたら怒るのか"という事を学ぶ機会がなかった。

初めて怒られたと言っても過言ではないだろう。それだけではなく叱るという優しいものではない、敵意に近い怒りが直接向けられたのだから、耐性の付いていないミヒにはとても耐えられなかった。


それでも、碧兎には離れていって欲しくないと思った。今まで何人もの人間と接触してきたが皆ミヒの見た目に恐れ気味悪がり、話を聞こうともしなかった。それに碧兎は、ミヒを褒めてくれた。それがとても心地よくて、嬉しくて、衝動的に噛んでしまっていた。


吸血鬼である事を告げ、しっかり説明をしてから説得をすれば良かったと後悔してももう遅い。碧兎がどのような決断をするのか、ミヒは恐くて堪らなかった。



 ◆ ◆ ◆



碧兎はミヒから少し離れた位置に置いてある椅子に腰掛けていた。

思考の整理が付かず、何から考えていけばいいのかわからない。ミヒの涙で一度は怒りが収まったものの、逆に纏まらなくなった悔しさや悲しさ、怒りなどで碧兎は気持ち悪さを覚えた。


怒りの原因から目を逸らし、無意識に暖炉を眺める。カーテンを開けた時には痛みを伴った眩しさを感じたが、不思議と炎を見ると安心感が得られた。それは不規則に、激しく揺れたかと思うと今度はしなやかに、ゆっくりと揺れる。部屋を暖めつつも、見たものの心までをも暖めて癒すその揺らぎに、碧兎はだんだんと荒れ狂っていた心が凪いでいくのを感じた。


落ち着いたところで碧兎は今後について考える。

もう吸血鬼になってしまったのであれば、吸血鬼として生きていくしかない。始めは強い怒りに襲われ、ミヒを責めた。正直、今でも怒りは収まっていない。可能なら過去に戻りたいが、しかし当然戻る事など出来ない。


泣きたいのはこちらの方だ……。碧兎は涙が零れ落ちるのを必死に抑えた。泣けば解決するものではないし、泣いて解決もしたくない。


まずは家族に報告する必要があるが、どんな反応をするだろうか。碧兎にとってそれが一番の気掛かりだった。怖がられてしまうのか、それとも軽蔑されるのか。


今は血が欲しいという感覚はまるでないが、物語の中の吸血鬼は人間の血を吸って生きていた。いつか家族を襲ってしまう日が来るのであれば、それだけは阻止したい。しかし家族の元を離れて生きていくにはあまりにも淋しい。


どうにか血を飲まずに生きたい。人間であれば食事や水を抜いてしまえばものの数日で死んでしまうが、吸血鬼は何を主食としているのだろうか。血液のみで生きているのか、人間同様の食事で生きていけるのか、そればかりはミヒに聞かねば答えは見つからない。


もう一つの気掛かりは大学だ。

髪は染めるかウィッグを被ればいい。目はカラーコンタクトがある。見た目の問題点はこれで解決出来るが、日の下に出られなくなった今、果たして通い続けることが出来るだろうか。碧兎の通う大学には夜間学部などはなかった。

ミヒに聞けば何か良い案があるのかもしれないが、そんな都合の良い話でもない。少し太陽の光を目にしただけであの痛みだ。碧兎は思い出し、ぞっとした。最悪の場合、一生日の下には出られないのだ。そうなれば家族や友達と出かけたりする事は叶わない。


そして卒業した後は、普通の職業に就く事は難しいだろう。許されるならばこの屋敷の使用人として働くのもありかもしれない。恐らくここで働く者は皆、吸血鬼だ。仲間がいれば生きていく上での助言なども貰えるかもしれない。


悲観してばかりではいけないと思い、何か吸血鬼になった事でのメリットを考えるが、そもそも吸血鬼がどう言った生き物なのか想像が付かない。今のところ暗闇でも視界がはっきりしている以外、違いを感じられない。身体能力が上がったり背中に羽が生えて飛べたりするのだろうか……。


何もかも碧兎一人の考えだけでは解決しない問題ばかりだ。碧兎は自分の手に納まっている電源の付かなくなったスマートフォンを見た。

具体的にどうなるのか全く予測出来ないが、碧兎の中に新しく植え付けられた本能が、太陽に恐怖している。今すぐに帰れないのであれば、家族には何とか連絡だけは取っておきたい。


「電話はあるのかな……」


自分のスマートフォンから連絡することばかり考えていたが、借りるという手もあることを思い出した。ミヒに尋ねようと視線を向けると、体育座りでこちらに顔を向けた状態で眠っていた。吸血鬼のミヒにとっては、人間で言えば深夜のような時間なのかもしれない。幼い子どもの睡眠を妨げるのも憚られるが、この状況では致し方ない。

碧兎は立ち上がりすぐ近くまで行くとミヒの高さに合わせてしゃがみ、優しく言った。


「ミヒさん、寝てるところごめんね。家族に連絡したいんだ。電話とかあれば借りてもいいかな?」


ミヒから返事はなく起きる様子もない。眉間に皺を寄せたかと思うと、瞑っている目から涙が流れた。魘されているミヒの肩を、碧兎は少し強めに揺する。


「ミヒさん、起きて。大丈夫?」


するとミヒはゆっくりと目を開けたが、放心しているようだった。


「ミヒさん?うなされていたけど大丈夫?」


その声に反応し、ミヒは時間をかけて顔を上げる。碧兎を視界に捉えると、堰を切ったように大声で泣き出した。


「ごめんなさい……ごめんなさい!ミヒちゃんが悪かったの!謝るから……だから、ひとりにしないで!!」

「わ……ミヒさん、落ち着いて……」


宥めようと碧兎は優しくミヒの背中を摩るが、寝ぼけているのか癇癪が止まらない。


「ミヒちゃんが……ミヒちゃんが家出したからお父様は死んじゃった!!」


ミヒから放たれた衝撃的な言葉に、碧兎は息を呑む。無意識のうちに手が止まり、続く内容に聞き入った。


「だからお母様はミヒちゃんのこと嫌いになって帰ってきてくれない……ミヒちゃんの顔も見たくないから!!お屋敷の人たちもみんなミヒちゃんに笑ってくれなくなった!!」


ミヒは碧兎の服を掴み、もう片方の手で溢れる涙を拭いながら苦しそうに言う。


「もうおにーさんしかいないの……!」


これではどちらが被害者かわからないと碧兎は思った。こんな小さな子どもに耐えられる筈のない孤独を知り、碧兎の怒りは必然的に収まっていた。ミヒの頭を撫でながら乱れた髪を整える。


「わかったよ……ひとりにしないから。」

「ほんと……?」

「嘘じゃないよ。それに……吸血鬼になっちゃったから色々生き方とか教わらなきゃだしね」


碧兎は困ったように笑いながら、自分の頬を掻く。こんな簡単に吸血鬼として生きる事を決意してしまってもいいものなのか……。先程まであんなに葛藤していた自分が否定されたようで、少し悔しさを感じた。しかし、吸血鬼となってしまった以上どう足掻いてもこの事実は覆らない。悩んでいても生きていくしかないのだ。


決意を固めた碧兎の瞳に宿る炎は、怒りに燃える激しいものではなく、優しく揺らぐ穏やかな赤色をしていた。その眼差しをミヒに向け、言った。


「これから……まだ受け入れられない事も出てくると思う。けど、もう吸血鬼として生きていくと決めた。これからよろしくね」


碧兎の言葉にミヒは嬉しそうに笑顔で答えた。


「ありがとう、おにーさん」


ふと、そういえばまだ名前を教えていなかったと気付く。


「碧兎。碧兎っていうのが僕の名前。」


改めて自己紹介するのも恥ずかしくなり、素っ気ない伝え方になってしまった。


「碧兎くん……!」


ミヒは更に嬉しそうに笑いながら、復唱した。もう完全に涙は止まったようだ。

一区切りついたところで、改めてお願いする。


「それで……とりあえず家族も心配してるだろうし、連絡を取りたいんだ。電話とかあるかな?」


ミヒはこくりと頷いた。そして先程まで碧兎が座っていた椅子を指差し、見るとそこには碧兎のスマートフォンが置いてあった。


「あれは充電が切れてて電話出来ないんだ」

「もう付くよ」


間髪入れずに確信を持ってミヒは答えた。疑いながらも電源ボタンを押すと、ミヒの言葉通りスマートフォンは起動した。


「ごめんなさい……。電源が付かないように操作してたの」

「そんな事も出来るのか……」


呆れよりも驚きが大きかった。怒られると思ったのかまた小さく縮こまるミヒに、碧兎は困った顔で頭をポンポンと軽く叩いた。


「ちょっと電話してくるね」


不安にさせないよう部屋からは出ず、ミヒから少し離れた所で母に電話を掛けた。


「もしもし。碧兎だけど、母さん?連絡が出来なくてごめん。スマホの充電が切れちゃって……」


電話越しに聞こえてくる母の声はとても震えており、どれ程の心配を掛けたか容易に想像が付いた。


「本当に心配かけてごめん。ちょっと色々あって今は友達の家に泊まってるんだけど……えっと、ちょっと色々あって帰るのが遅くなりそうなんだ。帰ったらちゃんと説明するから、心配しないで」


日が沈むまで帰れないのをどう説明しようかと悩んだが、結局誤魔化し安否のみを伝えて電話を切った。吸血鬼になった事を含め、直接会って話した方がいいだろう。一先ずはこれで安心だ。


残るはミヒとの話し合いのみ。一方的な質問攻めになってしまうだろうが、碧兎一人で解決出来ない部分をミヒに聞かねば蟠りはなくならない。

ミヒの許に戻り、隣のソファに腰掛けた。


「ミヒさん。僕はまだ吸血鬼になったばかりで何も知識がない。これから生きていくに当たって教えて欲しいことが沢山あるんだ」

「うん。なんでも聞いて?」


眠そうにしながらもミヒは碧兎の意思を汲み取り、話し合いの態勢に入った。


「ありがとう。まず吸血鬼の食事なんだけど……やっぱり血を飲まないと生きていけないのかな?」

「血を飲まないから死んじゃうって事はないよ。力は弱くなっていっちゃうけどね。普段は隣人さんとおんなじごはんを食べてるよ」


碧兎はほっと胸を撫で下ろした。それならば家族を襲ってしまう恐れはなさそうだ。加えて碧兎には人間の血を飲むと言う行為に抵抗がある。慣れる気もしないが暫くは大丈夫そうだ。しかしミヒの言葉に聞き慣れない単語があった。


「隣人さんってどう言う意味?」

「あ、えっと人間?さんのことだよ」


なるほど、吸血鬼の中で隠語のようなものがあるのか……。深く掘り下げても時間が勿体ない。次の質問に移ることにした。


「あと、吸血鬼は太陽の光に当たるとどうなるの?」

「灰になるよ。それに再生もしない」


やはり、と碧兎は納得した。そうでなければあのような恐怖は感じないだろう。一歩間違えれば自分は灰になっていたのだ。そこはミヒに感謝しなくてはならない。


「そしたら僕はもう、一生昼のうちに外に出られないのかな……?まだあと一年は大学に通いたいんだけど……」


微かな可能性に賭けて、暗くなりそうな気持ちを抑えミヒに尋ねた。すると返ってきた答えは意外にもあっさりしたものだった。


「大学?よくわからないけど碧兎くんなら太陽の光に当たっても大丈夫だよ。眷属だから」


「え……?大丈夫なの……?」


ミヒが信用出来ない訳ではないが、あまりにも突拍子もない言葉に耳を疑う。


「あっ、今のままじゃダメだよ。ミヒちゃんがちゃんと吸血鬼の血を抜いてからね!最初はかなりつらいと思うから……それが我慢できるなら大丈夫!」


覚悟を決めなくてはならないと身構えていた碧兎は、自分の口から乾いた可笑しな笑いが漏れている事に気付いたと同時に、肩の力を抜いた。

化け物になってしまった気持ちでいたが、実際は人間と大して変わらないではないか。あとは家族さえ認めてくれれば、碧兎はもうそれで十分だった。



その後もいくつか質問をし、ミヒの眠気が限界に達したところでお開きとなった。再び部屋を借りた碧兎は帰宅するまでの間、仮眠を取る事にした。


最後までご覧いただきありがとうございます。

次話更新をお待ちください。

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