5話 かっこよくなっていた私の幼馴染
「ねえ、もお君っ。せっかくだし、もうちょっと開けてよっ」
「ご、ごめん……。今はこれだけしか無理だ……」
俺は少しだけ開いた扉の隙間から、詩織にそう言った。
「だって今、汗をかいているから、匂いとか気になるし……」
「あ……っ。通りで、香ばしい匂いがすると思ったら……」
「……こ、香ばしい」
「うん。なんかね、焼き鳥の匂いがする」
「あ、いや、それは、今日の昼飯の匂いだと思う」
……びっくりした。
でも、安心した。
恐らく、詩織が言っているのは、今日の昼ご飯の匂いだろう。今日もうちの母が昼食を持ってきてくれた。今日のご飯は焼き鳥だった。ちなみに、昨日の晩と昼も焼き鳥だった。
今日は朝から気温も高めな日で、少なからず汗をかいている。
だから、こんな状態で詩織の前に姿を表すのは抵抗があるし、久しぶりなんだ。せっかくなら、清潔な状態になった上で、詩織の前に出たかった。
「とりあえず、ごめん。風呂に入ってくるから、少し待っててもらっていいかな……」
久しぶりに会った幼馴染に、失礼なことを言っている自覚はあった。
「あ、うん。私は全然大丈夫だよ?」
詩織は特に気にすることもなく、優しくそう言ってくれる。
「別に、今のままでも気にしないけど……。だって今更だもん。小さい頃は汗だらけの泥まみれで、抱きついたりしてたし」
「……あの頃はそうだったかな」
汗とか、泥とか、気にしていなかった。
詩織も走り回った後とか、よく俺に抱きついたりしていた。
流石に中学に上がってからは気にするようになっていたけど、詩織とは引っ越す直前まで、そんな感じの関係ではあった。
「でも、気になるんだったら、私、全然待つよ。もお君、お風呂行っといで」
「……本当にごめん。ありがとう」
俺は詩織が扉から離れたのを確認すると、ドアを全部開け放つ。
軽く髪型を手で整えて、俯き気味に外に出た。
その後、ベランダのところまで離れてくれていた詩織と軽く会釈をし合うと、俺は小走りで風呂へと移動するのだった。
* * * * * *
「あ、詩織ちゃん。おにーちゃんと話せた? 三年ぶりだったっけ?」
「うん。今、お風呂に入ってくるって言ってた」
「ああ〜、お兄ちゃんもやっぱり詩織ちゃんを意識してるんだよ。だって詩織ちゃん、めっちゃ可愛くなってるもん!」
「そ、そうかな……?」
「うん! あ、でも、うちのおにーちゃんもカッコ良くなってたでしょ? ずっと物置に閉じこもってたから、色白になって、紫外線を浴びてないせいで、美肌になって! 食べる量も減って、最近は鶏肉ばっかり食べてるし、シュッとして、いい感じに引き締まってるでしょ!?」
「……確かに……。一瞬びっくりした」
「でしょー!? 物置の環境は夏場とか冬場とかも厳しい環境だったから、そこに一年間閉じこもってたことで、おにーちゃん、物静かな雰囲気も漂わせてるし、ほんと、私もびっくりして、このまま誰にも見せたくないと思ったもん! もう、ほんと、お兄ちゃんも格好良くなったし、詩織ちゃんは前よりももっと可愛くなってるし、二人とも、お似合いだよ!」
「そ、そうかな……?」
「絶対そうだよ! 詩織ちゃんが帰ってきてくれたから、お兄ちゃん、きっと喜んでるよ! だって、詩織ちゃんが引っ越した後のおにーちゃん、ずっと元気がなかったみたいだったから……」
「もおくんが……」
「うんっ。でも帰ってきてくれたし、あっ、そうだ! せっかくだし、詩織ちゃんも一緒にお風呂入ってきなよ!」
「え、あ、いやーー」
「ふふっ。お兄ちゃん、細マッチョになってるし、見ておいでっ。詩織ちゃん、がんばだよっ」
* * * * * * *
着替えを洗濯機に入れて、風呂場へと足を踏み入れる。
そして俺は体を濡らして、ボディーソープを手に取った。
物置で過ごすようになってから一年経つけど、俺は風呂には欠かさずに入っていた。
学校に行かずに引きこもってるんだから、別に入る必要ないでしょ……と思いはしたものの、それは間違いだ。色々と大変なことになるから、風呂には入るようにはしていた。
基本的に、誰も入らなそうな時間に。
お風呂を溜めるのはガス代が勿体無いから、いつもぬるま湯のシャワーで済ませているのだが……。
「今日はお湯が溜めてある……」
ああ……そうか。多分、妹が入ったんだ。
妹は、学校から帰ってきたら、よく風呂に入っているみたいだ。
今の時刻は17時前。湯船に溜まっているお湯の量は腰が浸かるぐらいで、シャワーのところに書き置きがしてあった。
『おにーちゃんへ。せっかく久しぶりに詩織ちゃんに会えたんだから、綺麗に体を洗うんだよ?』
……俺の行動が事前に把握されている。
妹は、俺が風呂に入ることを、予知していたみたいだ。
俺はそのことに微妙な気持ちになりつつも、苦笑しながら、手早く体を洗うことにした。
待たせているのだから、あまりゆっくりもしていられない。
なるべく速く、だけど洗い残しがないように、泡立てた泡で、全身をきれいにしていく。
髪も丸洗して、一応、顔のマッサージで、むくみとかも消して……。
「どう? 順調?」
「うん。まあ、ぼちぼち」
俺は顔を洗いながら、そう返す。
そして、気づいた。
「ちょ!?」
「ど、どうも……。お邪魔しています」
風呂のドアが空いていて、そこにいたのは詩織だった。
というか、バスタオル姿だ。いつの間に!?
「ど、どうして、ここに……」
「う、う〜ん……。どうしてだろ」
「私も分かんない……」と言う詩織。
「とりあえずもう脱いじゃってるし……私も入るね。せっかくだから、もお君のお背中流してあげる」
もじもじと、裸で、バスタオル一枚の詩織が、俺がいる浴場に足を踏み入れた。
ドアが閉まる。泡が落ちる。
詩織の頬が赤くなっていた。