風薫る 8
美和は迷っていた。
弓を返却する為、朝練の最中、弓道場を訪れた。
市大会は終わった。
自分達が県大会に進むことはなかった。
それはイコール、引退を意味する。
いつもの様に朝練をしようかどうか…?
試合はもう無い。
でも、多少練習しても良いのでは…?
ぐずぐずと矢立に自分の矢を戻していると、千紗が寄ってくる。
「おはようございます!…美和先輩、先輩の矢、私にください!」
そうだった。
引退する際、仲の良い先輩から矢を貰うというのはこの部の伝統だ。
「…いいよ。大事に使ってやってね。」
エメラルドグリーンに白羽が映える、美和が好きだった色合い。
美和は千紗に手渡した。
弓道場を振り返る。
我が物顔で道場内を取り仕切っているのは2年生だ。
3年部長の鈴木くんは遠慮がちに道具の整頓をしていた。
そうか、そうだよね。
去年の今頃もそうだった。
先輩達の試合が終わったら、もう弓道場は自分達のもの、そう錯覚したかのように皆動いていた。
美和も例外ではなかった。
引退とは、そういうものだ。
その場所に行ったって、そこに私の居場所はもう無い。
居心地は快適ではなかった。
でも、私の居場所ではあった。
過去の居場所となった弓道場。
踵を返し、美和は教室へ向かった。