エピローグ ラーナ桜に鬼の声
「校長、四魔のユート、84代勇者見習い第一クラスに編入が完了しました」
「ご苦労、グラードゥス……迷惑をかけるな」
勇者養成訓練校、校長室。
立派な机を前に、髭を生やした老齢の男は、グラードゥスより報せを聞いて頷いた。
「しかし、国王の勅命とは言え……何故この様な暴挙を?あくまで戦力補強までで、編入は無かったはずでは?」
グラードゥスはふうと息を吐きながら、校長に問う。魔狩人の少年を勇者達と学ばせる理由、それを校長はゆっくりとだが答え出した。
「グラードゥスよ、勇者達の戦力が年々下がっている事は知っているね?」
「は、まぁ……質は上がりましたが、育ちは著しくないと、才はあるが腐らせると……」
「十年前の大災害世代の勇者見習いと、今の勇者見習いでは全く違う、たとえ才は無くとも、皆必死に、使命を全うした」
何が言いたいのか、校長の真意が分からず首を傾げるグラードゥスに校長は答えた。
「これはな、ふるい落としよ、グラードゥス……遥か彼方の強さを前に挫けるか、はたまた立ち上がれるか……プランター育ちのハーブよりも、野に自生するハーブの香り高さには勝てん……これは、勇者の更なる強さの為に必要な刺激なのじゃよ」
「あぁ、そういう……」
「どうじゃったか、あの魔狩人の子猿、強かったか?」
「あと少しで殺されていました、教え子が居なければ……」
「レン、だったかの?」
「えぇ、無鉄砲ですが、優しい子です、危なっかしいですけど」
グラードゥスが首に触れながらそう呟く、そして指先の震えに歯噛みした。もうそこに魔狩人は居ない、だのに恐ろしいのだ、魔物と戦っていた勇者時代でも、あんな強さの魔物は居なかった。
「その、校長、他の魔狩人にも招致を送ったわけですよね、国王は」
そんな魔狩人が、王国に集まる。子供の魔狩人であの強さだ、成人の魔狩人達まで集まるとなれば、どうなるのだとグラードゥスは冷や汗を垂らす。
「あぁ、話では王国軍に入るかもしれんのは、桜鬼、艶火あたりかの、淫翼も送ったらしいがあれはロマルナが囲うておる、後は……白狼、黒鷹まで話をする気らしい」
校長が口々に出した名前、それは『忌み名』だった。
魔狩人の中でも、特に世に名を響かせる恐れられ者達は、その名前がつけられていた。
「桜鬼のキョウスイに、艶火のランジェ!?四魔のユートだけでなく、あの2人にまで招致を!?」
「それだけ、大災害が現実味を帯びているということじゃ」
窓辺を眺めながら、校長は疲れを帯びたため息を吐いて、語り出す。
「グラードゥスよ、覚悟はしておきなさい、此度の災害、起きれば冠持ちも、其方の教え子も皆、死ぬやもしれぬ、大災害は勇者にも、魔狩人にも平等に死をもたらす……」
校長の言葉にグラードゥスは顔を伏せ、一礼をするや部屋を去った。
夜
それは、魔物の時間である。
勇者ですらも、この時間は決して街から離れない。
野の獣すらも、住処で怯えている。
一度間違えて出ようものならば、魔物に殺されるが必定。
ーしかして、例外ここにありー
シェインの王国の民草が恐れる民が居た。
国を守る勇者達が恐れる民が居た。
魔物すらも、彼らを恐れた。
ラーナの民。
シェイン王国の民草とは、明らかに異なる人種の民であると同時に。彼らは王国の中に治外法権の租界を持つ。
ラーナ租界、シェインの民草は決して近寄らぬ、昼も夜も無き界隈。ここに位は無い。唯人も、勇者も、魔狩人すらも、この租界では皆命は同じである。
ラーナの民草は、男は筋骨隆々、女は紅口白牙。その理由は、昔より鬼人とまぐわった混血であるからとも言われているが定かでは無い。
この租界を束ねるは、一介の集団。
『仁義』という独自の理念を持つ言葉を尊び守る、ラーナの民。
『ゼンジ組』
この集団の統率により、ラーナ租界は平定を保たれていた。
そして、その頭目もまた……魔狩人であった。
一人の男が、月夜を肴に紅の盃に注がれた液体を煽る。傍らの白き焼き物を持ち、またも盃に注ぎ一気にまた煽った。
「ふぅ……」
男は少しばかり息を吐き、盃を置いた。辺りに微かにだが聞こえる虫の音に耳を傾けて、しばらくして後ろから騒がしい音が耳に入った。
「報告です、租界東の領土線に魔物が出たと……シェインの方より、そちらで対処せよとの事です」
一人の男が、膝をついて男の背中に語りかける。それを聞いた男は、傍らのキセルに葉を詰めながら、少し苛立ちながらも呟いた。
「今年になってからぁ、よく出やがるなぁ魔物がよ」
すくりと立ち上がるその男、身の丈は凄まじく大きく、肉体もまたそれに似合う筋骨隆々。首を鳴らしながらも男は言った。
「馬出しときなぁ、すぐ向かう」
「かしこまりました」
男は床を踏み鳴らしながら外に向かう、外に出た男のキセルに、一人の男が明かりのカンテラを差し出して、器用に着火して、男は紫煙を燻らせた。
「魔物が出たら勇者も出さずたぁな、聞いて呆れらぁ……そんでもって手を貸せなんざ筋違いだろうがよ」
紫煙が夜闇に消えて、男は朱色の傘をさして歩き出す。
この日、夜闇に獣とも、人とも違う哭き声が響き渡ったとか。それは定かでは無い。