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自己紹介

 シェイン王国史においても、この一件は刻まれる程の重大な事柄だった。教室からグラウンドを覗く者達も、この衝撃的な事件は忘れる事が無い、歴史の生き証人となったのだ。


 勇者訓練校の訓練グラウンドに、白いテーブルクロスが敷かれたテーブルが置かれたのだ。


 そこに冠持ちの勇者、『竜爪』バルドー・リッシュベルトが座り。


 対面の席に座しているのは、魔狩人の少年ユート。


 それらを冷や汗を垂らして、理解できぬと眺める。勇者見習い、レン・ガーランドにリッド・モンディルスと、その教師グラードゥス。


 バルドーに追従していた1人の騎士が、琥珀色の液体をティーカップに注いで、ユートに、そしてグラードゥスの前に置いた。


 魔狩人が、テーブルでお茶を楽しむ。それは勇者見習い達にとっては衝撃的な事実であった。


 魔狩人が渇きを癒すために飲むのは雨水やら、魔物の体液、もしくは畜生の血液や人間の血だと聞かされていた。それが人間の嗜好品たる茶を飲もうとしている!


 あまつさえ、相手は国家戦力たる冠持ちの勇者と!対等のテーブルで飲もうとしているのだ!勇者、いや平民ですら、魔狩人と食事をする危篤な輩は居ない!この事態は、バルドーが気を狂わせたとしか見えないのだ。


「お、おいレン?俺は、死んだのかな?魔狩人が冠持ち様と茶をたしなむなんて」


「生きてるし、これは現実さ」


 傍で耳打ちして、現実とは思えない出来事に、殺されたから見ている幻影だろうかとリッドは確認した。しかしてこれは現実である。


「砂糖は?」


「いりません、ミルクも」


 バルドーが砂糖とミルクをたずね、ユートがそれを断る。レンはそれに驚いた。


 シェイン式の紅茶マナーでは、茶会を主催した人や、立場が上の人からの砂糖類はまず断る。そして淹れてくれた茶をそのまま楽しむのがマナーとなっている。この魔狩人は、礼儀作法を知っているのだ。


 そして、カップの耳を片手に持ち、決して指は穴にかけず、人差し、中、親指にて摘み、軽く飲んだ。飲み方、持ち方までも所作通りだった。


「……あ、これ山岳部の茶葉?強めなのに優しい甘さがあるやつだけど」


「おや、魔狩人くんは紅茶を嗜むのかい?」


「ロマルナに魔狩人の料理人が居て、世話になった時に飲んだんで」


「あぁ、ロマルナは魔狩人と人間が普通に生活しているからね、それでか」


 しかも、紅茶まで嗜んでいるときた。魔狩人の常識、教えられていた何もかもが、次々とレンの中で崩れ去っていく。


「それで、君は檻に押し込まれたと聞いたが、本当かい?魔狩人くん?」


「そこの三人に聞いたら分かる、当事者だから」


 カップを置き、親指でユートはレン達を指し示せば、バルドーが目線を向けるや三人とも背中をピンと伸ばした。


「……グラードゥス教官」


「はっ!バルドー様!」


「彼は、檻に入れられて運ばれたのかい?」


「は!その通りにございます、警備兵が最新の注意をと、封印術式を多重に施した檻にて、彼を収監したまま運んできました!間違いありません!」


 僕達を優しく指導してくれている、グラードゥス教官ですら、冠持ちの前では声を張り上げる。それを聞いたバルドーは、顎に手を当てて首を傾げた。


「はて?確かに魔狩人を招待するにあたり、厳重を配せとは勅命があったが……1人の客人として礼節を持ち案内せよとあったが……」


「つまり何か、警備兵とやらが勝手したのかよ、勇者様?」


 それを聞いたユートが、足を組みながらバルドーを睨みつけた。


 話が見えて来た、どうやら警備兵達は勝手にユートを、厳重を配せの部分だけを取り上げて、檻に詰めたのである。


「か、冠持ちさまぁ!!」


 と、ここで、バルドーが従えている騎士の合間を縫い、先程逃げ出した警備兵が膝をつき、地面に頭を付けて来たのである。


「な、何卒ご容赦を!確かに我々の独断ではありました!しかしてこの者は畜生と同じ魔狩人!訓練生の安心安全の為に我々尽力した次第でありまする!!」


 そう、ユートを檻に詰めたのはこの警備兵達の独断であった。客人としてもてなすでなく、獣の扱いで招き入れたのは彼らであった。しかもだ、訓練生の安全を第一としてそれを守るためという大義名分を傘にしての行いであったのだ。


「そうか、君は王の勅命を私欲で曲げて、この様な事をしたのか……その結果一名の死者……さらには、王の魔狩人の招致計画を台無しにしかけたと」


 しかしそれは通じない、冷ややかな目でバルドーは警備兵を見下ろし、配下の騎士に言い放った。


「この事を王に報告し、彼を連れて行きなさい、警備兵よ、名前は知らないが君は王の命令をねじ曲げた、死罪は避けれまいよ、君は国を傾けさせようとしたのだからね」


「あぁそんな!待ってください、お願いです!あぁあああああ!!」


 騎士に連れられ、警備兵が連れて行かれた。死罪が免れない重罪であるとまで叱責されたのである。そうしてバルドーは向き直るや、ユートに口を開いた。


「警備兵の私利私欲により君に失礼をかけてしまった事、しかと謝りたい、これで手打ちとしていただけないか?」


 冠持ちの勇者が、魔狩人に謝罪の意を示した。畜生と同じ立場の人ならざる者達に謝ったのである。


「いえ、もう十分気持ちは伝わりました、これ以上はこの事で僕は何も言いません」


 そしてこの魔狩人、先程見せた殺意がまるで彼方に消えたかの様な受け答えをして、紅茶を飲み干すや、カップを置いた。


「もう1杯、いただけますか?」


「勿論だとも」


 紅茶のお代わりは、親愛の証である。気持を受け取ったという意味合いを持つ。そして、バルドーは自ら席を立ち、騎士がお盆にて持っていたティーポットを持ち、自らの手で空のティーカップに注いだ。


 これもまた、信頼と感謝の意味合いを持つ行いであった。冠持ちの勇者が、魔狩人のカップに自ら茶を注ぐ。


 ーー後にこの出来事は『冠の茶会』として、歴史書にも登場する重大な転換の出来事になるのであった。




 とりあえず……僕は、リッドは、そしてグラードゥス先生は生き延びた。魔狩人の少年と対峙して、生存したのである。


 そして色々ありすぎて、追いつけない。冠持ちの勇者が出てきたり、檻については勝手な行動で……そして。


「ユートと言います、苗字は魔狩人の為ございません。ただ、国王や僕を存じている勇者からは『四魔』の忌み名で呼ばれています……ここに来るまではこのレイン郊外西の森で暮らしていました」


 本当に彼は、ユートはこのクラスで共に学ぶ事が決まったのであった。先程の殺意やら、凄まじさからは考えられない、魔狩人かと疑うほどの好青年ぶりで自己紹介をはじめたのだ。


「此度の勅命を受け、皆さまと魔物と戦い、共に学ぶ

事になりましたので、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるユート、しかし皆の反応は冷ややかだった。あたり前だった、王からの勅命とはいえ、昨日まで人間扱いされてない輩が、人間と同じ席で学んだり、戦ったりなどできるかと、それが皆の内心だろう。


「え、えー、ではユートくん、明日からよろしく、今日は自由にしていいから」


「はい、ありがとうございます、グラードゥスせんせー」


 先程殺しにかかった相手に笑みを見せ、ユートは帰ってよしと遠回しに言われながら、教室の出入り口に差し掛かった。教室の皆が安堵に胸を撫で下ろしかけた最中。


「あ、そうだ」


 ユートは忘れていたと、皆に顔を見せずに扉を開けながら話しだした。


「僕が魔狩人で、差別されて貶められる分は別に構いません、それが当たり前ですし、正常ですからね……それで僕に刃を向けるのも分かります……」


 話の最中、身体中から放たれる、魔物の様な闘気……それにクラス中が凍りつく。


「それで僕が気に入らなくて、殺しに来ても構いません……ただし、そうする気があるならば……」


 そして首を動かし、見せたその表情は、檻から出て来た時の、恐ろしき物だった。


「その時は命の取り合いを覚悟して貰うから、その辺理解して挑んで来いよ、勇者共」


 そうして、魔狩人のユートはぷらぷら手を振って教室を後にした。


 要約するとこうだ。


 みんなと魔物討伐をがんばります!


 あ、君らの事情知ってるし差別は気にしないよ!


 気に入らないなら殺しに来なよ!


 相手になってやるからかかって来いやクソ雑魚ナメクジ。


 ユートが去し後、クラスの勇者見習い達は皆、まるで呪縛から解かれた様に脱力した。


「せ、先生」


「なんですか?」


 クラスメイトの誰かが言った。


「おれ、明日から病欠します」


「私も」


「僕も」


「俺も」


「なりません、明日からもしっかり通いなさい」


 この日、第84代勇者見習い、第一クラスに、1人の魔狩人が編入してきた。


 そしてこの出会いが、僕や関わった人々の運命の歯車を狂わせるなんて、この時僕は、全く思いもよらなかったのである

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― 新着の感想 ―
[一言] 礼節をもって接すると礼儀正しく対応するのは以前と変わらないのね。煽りの才能も一段上になってそうな予感。対人戦でのキメ台詞は今回はあるんですか?
[一言] さよなら名もなき警備兵……(前回も言った) 穏やかな雰囲気(但し当人達のみ)の茶会で良いですね。 自己紹介というか事故紹介というか(笑)、張り詰めた空気からの急なコメディで笑いました。
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