魔狩人のユート 中
「帰っていい?いきなり連れてこられたし、いいでしょ?」
この場に居る皆に、少年は尋ねた。もう帰っていいかと、しかし誰も答えない。警備兵は魔狩人が、封印術式の鉄檻を切り刻んだその事実に腰を抜かしている。グラードゥス先生もまた、魔狩人を見上げて動く事ができなかった。
クラスの皆が、静まり返りながら願った。帰ってくれ、配属は無かった話となってくれと、切に願った。だが、僕だけは違った。
恐怖心で椅子から立ち上がれなかったのはある、それが大半だ。しかし、あの子は僕を大型魔獣から助けてくれた少年そのものだった。
声をかけて、感謝するのが礼儀だ。しかし、それはできない。怖いし足が震えている、そもそも魔狩人に感謝する勇者など前代未聞だろうし、皆の目が怖くなるのは必然だった。
「返事無し、じゃあ、帰るね」
少年はそう一言だけ言った矢先だった、警備兵の一人がいよいよ任務を思い出したか、警棒を床から拾い上げて、少年の背中へ突き立てたのだった。
「逃がすか畜生の魔狩人がぁああ!」
警棒が突き立てられ、グリップを警備兵が捻るや、バズズッ!!と音が響いた、電流が流れた音、少年も跳ね上がって、立ったままに静止した。
しかし、崩れ落ちはしなかった。ゆっくりと、警備兵に顔を向けて、一言呟いた。
「痒いな、マッサージ棒かこれ?」
そこからは一瞬だった、他の警備兵が落とした警棒を爪先で蹴り上げるや、それを掴み、警備兵を横殴りにーー。
「げぎゃがぁあ!?」
殴りつけたのだ、黒板に吹き飛ばされた、黒板がひび割れた、その反動で僕達の席にまで警備兵が吹き飛ばされたのである。
その警備兵の左側頭部が、くっきり凹んでいて、首も在らぬ方向に曲がっていた。
即死だった、棒の一振りだ、電流を使ってはいない、ひと殴りで警備兵の命が散ったのだった。
「ひ、ひぃいい!本部に連絡!!魔狩人が暴走したぁあああ!!」
遂に、警備兵がパニックに陥り教室から出て行った。
「伏せなさい!そのまま動くな!!」
だが、これにより足を動かした者が居た、グラードゥス先生だった。グラードゥス先生が、腰元より引き抜いた剣が、刀身を光らせて少年に向けられていた。
魔狩人の少年は、伏せる事も無ければ、グラードゥス先生を見つめていた。そして、ギリギリと歯軋りをして先生を睨みつけたのだ。
「なぁ、ふざけてんのか?」
「伏せなさい、伏せるんだ!」
「勝手に呼びつけて、檻にぶちこんで、挙句に武器向けてぇ……」
一歩、また一歩と、少年が先生に近づいて、右腕を振りかぶった。
「何がしてぇんだてめぇらはぁあああああ!!」
ーー同クラスに在籍する見習い勇者、R・Gの証言ーー
ええ、吹っ飛んだんです、真横に。窓ガラスを割って、はい。
魔狩人の拳が振り抜かれて、はい、先生は魔導機で防御したんです。
そしたら、衝撃波?音が響いて、先生が窓から吹っ飛んで、グラウンドに。
僕ですか、はい、只事では無かったので、横の友人と先生を助けにいきました。
なんて言うか、人間って……あんな風に、砲弾みたいに飛んでいくんだなぁって。
振り下ろされた拳が、グラードゥスの剣を打ち鳴らした瞬間。教室に喧しい音が響き渡り。
「おっーー」
グラードゥスの肉体が吹き飛び、窓ガラスを突き破り、砲弾の如く飛翔した。
「逃がすか、ぶちのめしてやるぞ!!」
そして魔狩人の少年もまた、窓枠向けて走りだし、あろう事か飛び出していった。
「いやぁあああ!?グラードゥス先生!グラードゥス先生!!」
クラスメイトの女の子一人が悲鳴をあげて、騒然となった。ものの数秒で起きた惨劇、警備兵が殉職し、我らが教官が魔狩人相手に吹き飛ばされて、ようやく僕は足の震えが収まると、傍に置いていた魔導機を持った。
「リッド行くぞ、先生を助けに行かないと!」
「おい!?マジで言ってんのか、勝てねぇぞ!!」
「じゃああの魔狩人を野放しにするのか!?勇者が来るまで止めるぐらいはできる!!」
蛮勇は理解している、グラードゥス先生もこの場合『逃げろ』と言うだろう。
しかしそれはできない、魔狩人が人を殺し、暴れ出したならばそれは、勇者として既に討伐の対象だ。僕もまた、窓枠向けて走り出す中、リッドは右手に手甲をはめ込み追従して来た。
「あぁくそ!死にたくねぇ!けどそれ言ったら行くしかないじゃねぇかよぉ!」
僕は窓枠に足をかけ、広がるグラウンドを見た。そして見つけた、先生とあの魔狩人が、戦っている様を。
改めて僕とリッドは、いや、このクラスは理解するのだった。
魔狩人は、勇者の力など軽々と凌駕している事に。
衝撃、打ちつける風。
グラードゥスが感じたのはこの二つだった。
現役時代、大型魔物討伐の際に吹き飛ばされた事がある。その時の衝撃と、宙を浮く感覚を思い出させられた。しかして、一線を退いたとはいえ彼もまた勇者である。
「ぐくぅう!」
身体を捻り、地面に着地して、靴が土を削り二つの線を作り出す。そして止まった矢先、間髪入れずに目の前に、魔狩人の少年がまた、拳を振り上げていた。
「USYAAAAAAAaaaa!!」
「ぐぉおがぁああ!?」
素早く剣を盾のように見立て、拳を受け止めた。しかしその威力、腕が痺れて感覚が無くなる程の凄まじさに狼狽えた。
現役時代、魔狩人と戦う事など無かった。
勇者も、魔狩人も、互いに不可侵。敵は同じなれど互いに見向きもしなかった。
だが、彼らの強さは知っている。
勇者がまとめて掛からねばならぬ巨大な魔物を、その身一つで討ち果たせると。幾代重ねた血統ですら、届かない極地にいる存在であると、グラードゥスは知っていた。
その魔狩人が、まだ教え子達よりも幼なげな子供が!獣の如き咆哮を上げて、殺意を向けて来ているのだ!
刀身にヒビが入ったのを見た、魔導機の剣が、人間の叡智が、魔物の攻撃にも耐える刀身が!たった数撃の拳撃の前に砕け散ろうとしている!
「くたばれ、やぁあああ!!」
三撃目!耐えれるか!?心許なき刀身を構えるグラードゥスの視界に、二つの影が映り込んだ。
「おらぁああ!」
「やぁあああ!!」
一人はレン・ガーランド、もう一人はリッド・モンディルス。どちらもグラードゥスが受け持つ、生徒である。レンの剣は魔狩人の首に、リッドの手甲をはめた右拳は左頬を撃ち抜いた。
魔狩人の少年の、動きが止まった。奇襲による二撃が、グラードゥスを死から救ったーーかに見えた。
「へぇ、三人がかりかよ」
魔狩人の少年が、笑みを見せて呟いた。
「馬鹿な!?」
「ダメージが、無い!?」
レンの刃は、首に食い込みはしたがピタリと止まっていた。リッドの手甲から感じたのは、まるで岩石でも殴りつけたかのような反動だった。
すかさずバックステップで範囲から逃げる二人、グラードゥスも回り込んで、生徒達の前に立った。
引き抜いた首の傷から血は流れているが、みるみるうちに塞がっていく。それは『魔物』が持つ、自己再生能力に類似した現象だった。
魔物達は、形態に関わらず。驚異的な自己再生能力を有しており、これはただの人間の武器では、傷はつけれても命には届かない。その驚異的な自己再生を、上回る攻撃力で完璧に殺し切らなければ、魔物は殺せないのだ。
そんな魔物の自己再生能力を『魔狩人』も有していたのだ。
「そのゴテついた得物……成る程なぁ、あんたら勇者か?差し詰めここは、噂に聞いた勇者を産み出す生産所ってわけ?」
魔狩人は、勇者という存在を知っているみたいだった。接触した事があるのかは知らない、しかし、グラードゥスやレン、リッドが装備している得物から、勇者だと判断したのだ。
魔狩人の少年は、首を鳴らしながら、ふうん?と何やら話を理解したかの様に鼻で笑った。
「な、る、程ねぇ……遂に喧嘩売りに来たわけか、昨日もそんな感じだったしよぉ?」
そして遂に、決めつけられてしまった。敵意ありとみなされてしまった。本来ならばただ、共に学び、魔物を討つ筈が、敵対の意思を向けて来たのである!
魔狩人の少年は、右足をすり足にて前に出しながら、左右の手を開いたまま、右手は横に倒して前に、左手は耳の近くに添える様な構えを取るや、その肉体から、禍々しい、黒色の闘気を漂わせた。
「レンくん、リッドくん、君たちは逃げなさい、私の責任である、君たちまで死なせれない!」
グラードゥスは、教師として二人を生かすため、一人で食い止めると、逃げろと促した。
「先生一人だと、絶対に持ちませんよ……僕達で勇者が来るまで止めないと」
「あぁーもう、勢いで出ちまったんだ!仕方ないっすよ先生!!」
しかし、レンがそれを拒否してしかと剣を構えた。リッドは釣られたとはいえ、引けぬと手甲を構えて立つ。
「魔狩人の名前、死ぬ前に覚えて行けよ勇者様よぉ、ユート……魔狩人のユートだ、退屈させんなよ勇者共!」
昨日の救世主が、敵となりて襲いかかる。魔狩人の少年ユートが、現役を退いた勇者と、見習いの二人目掛けて獣の如く突貫を開始したのだった。