魔狩人のユート 上
『勇者はその命を、魔物を討つ為に捧げる』
シェインにおいて、これは常識であった。勇者に生まれた者達は、その人生を魔物討伐に捧げ、民草を守る盾となる。それが勇者達の人生なのであると、教えられた。
訓練校で実力をつけ、研修によって実践を学び、やがては王国ね魔物討伐の任を全うする為、軍に配属されて得物を振るう。
魔物に殺されて幕を下ろすか、功績を残して余生を全うするか……。生き残った男の勇者は、勇者の種として、女の勇者は母体として余生を過ごす。
そしてまた我が子を勇者として捧げ、その子が功績を残したならば、栄誉と人生が保証される。
つまり、僕達は誰とも知らぬ種の提供者、母体の人生まで担っているらしい。良い種と母体の良好な血統は保護されていき、また強い勇者を誕生させる事が出来るからだ。
「君たちも報されていると思うが、昨日の訓練中、郊外にて大型魔獣の発生により、このクラスから3名の死傷者が出た」
教室の教卓で、淡々と。僕のクラスを受け持つ担当教官、グラードゥス先生はそう伝えた。
だから『死ぬ』という事は『劣っている』という事であった。淘汰というやつである、いつだって僕達は死と隣り合わせなのだ。
昨日仲良く話していたあの子が、翌日魔物に殺されて席が空くなんてザラだった。今やこのクラスは、一年前に割り振られた80人から、半分の40人に差し掛かろうとしていた。
最初は悲しんでいた子も居たけど、無駄だと諦める子、その分まで生きようと決意を固めた子も居る、俺の代で魔物を狩り尽くすと熱意を燃やす子もいた。
僕は……どうかと言われたら、最後まで、死ぬまで戦う気概はある。あるが、死に直面した時は泣き叫ぶかもなと怯えも抱えていた。
「レン?」
「あ、はい?」
上の空になっていた所をグラードゥス先生は呼び掛けてきた。
「よく、帰ってきました……別クラスのジルパがない事を喧伝していましたが、注意をしておきましたので、気にしない様に……大型魔獣、遭遇した感想は?」
「何もできなかったです」
「それで当たり前です、これはアクシデント、気に病む必要もありませんよ」
グラードゥス先生は、弱々しくも笑顔で僕を諭してくれた。まだ30歳になったばかりらしいが、顔の皺やら頭髪の白髪の量からそうは見えない、50代と言われても差し支えない、僕達第二クラスの担任だった。
その言葉で、少しばかり救われた気がした。隣に座っていたリッドも、軽く肘で小突いてきて、気にするなと言いたそうだ。
「さて、君たちはこのクラスに来て2年目を迎えようとしている、1年間様々な事がありました、君たちは生き延びて、勇者となる道をまだ歩める事ができる事を、先生は嬉しくもあるが……悲しくもあります」
グラードゥス先生が語り始める、クラスの半数がふるい落とされて死んでいった事実は消える事は無いのだと皆に理解させようと。
「君たちの代で魔物との戦いを、終わらせれる事を先生は、他のクラスの教官達は願いながら全てを教えています……しかし、先月からも君たちは知っての通り、安全区域にまで大型魔獣出現が相次いでいます」
そして、今日の本題に流れが変わり出した。先月から、都市郊外でも比較的安全な区域にすら、大型魔獣が出現している旨は、皆知っている筈として話が始まった。
「これは、10年前の大災害と同じ兆候として、研究棟の職員も発表しております、もしかすれば、万が一として、勇者達以外にも君達の出動すら命じられるかもしれません」
それを聞いたクラスメイト達はざわつき出した、不穏な空気がクラスに広まりだしている。まだ訓練中の見習いすら駆り出される事態が来るのだろうかと、顔を見合わせたり、ひそひそと囁きが聞こえた。
「なぁ、レン……マジなのかな?」
「覚悟しといた方がいいかも」
僕はリッドにそうだけ言うと、グラードゥス先生は咳払いをして、それを合図に皆が鎮まった。
「さて、本題に入りましょう……この事態に国王がお触れを出しました、国内の魔狩人達を集めて、王国軍の対魔物討伐の戦力補強を開始するとの事です」
そして再び騒ぎが広まった。
「せ!先生それは本当ですか!?野の獣と同じ魔狩人と、勇者様達が同じ隊列で戦うと!!」
一人の少女が立ち上がる、背の低い、明らかにこのクラスでも一番小柄な彼女。
名前はメルディ・ナルシムーネ、女性勇者ながら実力はクラスでも上位陣、ヒステリックとプライドの高さが問題視されているクラスメイトだ。
「メルディくん、魔狩人を獣と扱わぬ様、君のいう通りだ、魔狩人達が正式に隊列に加わる……が」
メルディは納得していない様子だ、いや、無理もない。実際クラスの大半の顔が歪んでいる、リッドも衝撃的だったらしい目を見開いていた。しかし、まだ続きがある様だった。
「シェイン王国内においての魔狩人の数は少ない、ラーナ租界のラーナ民族くらいだろう、ロマルナの様に魔狩人を登用したりはしていない為、全体の人数は数える程度です……」
それで、とグラードゥス先生は皆を一瞥してから、ゆっくり、落ち着いて聞いてほしいと皆に目線で合図を出してから、ゆっくり話し始めた。
「えー、それでですね、このクラスに……これから一人、君達と同年代の魔狩人が入ります、勇者の研修生かつ、正式な戦力として、はい」
静寂がしばらくクラスを支配した、そしてメルディがあまりの事に背中から倒れたのを機にーー。
えぇえぇえええええゑゑゑゑゑゑぇぇぇぇーーっッッ!!!???
爆発した。
「メルディちゃんが倒れた!誰か担架!!担架持ってきてぇぇえ!!」
「死んだぁあああ!!84代訓練生、全員死亡確定じゃないですかぁああ!」
「国王様がトチ狂った!乱心されたぁああ!!」
教室中が狂乱し、収集がつかなくなりかけた。一名下手したら不敬罪で死罪が確定する言動まで飛び交い、メルディは卒倒して泡を吹いたので担架を呼び始めている。
「し、ず、ま、り、な、さ、い!!!」
グラードゥス先生が拳を教卓に振り下ろした、すると喧しい音を立てて、教卓が真っ二つに叩き割れ、宙に割れた教卓がくるくる回転して、床に落下した。
僕達勇者見習いを育てる教官、教師だ、つまりはグラードゥス先生も元勇者である。その一喝で、クラスの騒ぎが一気に鎮まった。
しかし、僕はこのグラードゥス先生の話を聞いて、いやまさかと、何の因果だとすら感じ始めた。そうはならんだろう、そこまで流れ着くのかと、僕は騒がずただ一人姿勢よく座っていたのだ。
「というわけで、今日君たちに面通しをして、明日から共に授業、訓練、そして低級任務にも参加する、では入ってくる様に」
皆が立ち上がっていたり騒いだりしていたのを、鎮めてすぐに、教卓側の入り口が開いた。しかし、入ってきたのは王国の警備を担当する、警備兵達だった。
「え、え?」
どうやら先生も、話は通ってなかったらしい。警備兵達が敬礼するや、鎖に繋がれた、車輪が取り付けられた正立方体型の鉄の檻が、ゴロゴロ音を立てて教室に入ってきた。
その鉄の檻に居た。確かに姿が見えた、胡座をかいて、後ろ手に縛られている様は、まるで罪人か獣、それを移送するかの如く入ってきたのだ。
「お、おい、あれが魔狩人か?」
「服を着ているのか?その文化があるのか?」
「噛まない?暴れない?」
この反応は正常であった。
魔狩人は、人であって人に非ず。野の獣と同義であるとされている、服など着ない、人語を介さない、その認識で当たり前。それが魔狩人である、それがこのクラスの、引いてはシェイン王国民の常識であった。
「グラードゥス教官、魔狩人の移送、完了しました!なおこの檻は魔術による厳重な封印を重ね掛けしております故、解錠にはこちらの鍵をご使用ください!」
警備兵が、グラードゥスに南京錠の鍵を渡した。警備兵の話は本当だった、クラスの皆が目視して感じる程の、封印の魔術が重ねてかけられていた。安全なる移送の為だろう、猛獣を扱うと同義だ。
「おい」
その最中、檻から声が響いた。警備兵がすぐ様振り返る、クラスの皆も、グラードゥス先生も驚いて檻に視線が集まった。
「国の偉い人が来てくれと言うから来てみれば、何だ?僕は動物扱いか、この様は?」
「しゃ、喋った!?魔狩人が喋った!!」
「嘘でしょ、喋るの!?私たちと同じ言葉よ!!」
魔狩人が、シェインの言葉を喋っている。人の言葉を話している!それだけで、まるで奇妙な新種の生物の扱いだった。だが、それが警備兵達を一気に緊張させた。
「口を噤め魔狩人!!喋ることを禁止されているのを忘れたか!!」
警備兵達が、正式装備として与えられている、短な鉄製警棒を檻に向けた。ただの警棒ではない、あの警棒には帯電術式が組み込まれ、暴徒鎮圧や一時的な行動を奪うには十分、普通の人間ならば煙を発する程の威力が込められている。
「うるさいなぁ、もう、出るよ?ここから」
魔狩人は言った、この檻から『出る』と。封印術式を多重にかけた檻から出るなど、不可能である。それが勇者達の常識である。
が、ふと、レンは感じてしまったのだ。
それは、自分達勇者見習い、勇者が魔導機を発動する際の、エーテル剤の使用した際の微かなマナの動き。
刹那、音が響くや、教室に突風が吹き荒んだ。離れた竜巻から来る強風ぐらいか、髪が巻き上がり、女子生徒はスカートを押さえる中、檻に火花がいくつも走った。
そして、檻がバラバラに崩れ落ち、中からゆっくりと、魔狩人が立ち上がった。
魔狩人は、ボロ布を纏うから裸体だと噂があった。全く違った、その魔狩人は深緑のジャケットに、黒のジーンズを履いていた、革靴も履いていた。
魔狩人は、おぞましい顔をしていると言った。全く違った、我々勇者や民草と全く変わらない。むしろあどけない少年の顔をしていた。
魔狩人は、筋骨隆々だと言った。それは正解だった、少年ながらに逞しい胸板を持ち、首も太かった。
魔狩人の常識が覆る中、勇者見習い達は、レンは……そんな事よりも『ある一つの事』に、驚愕していた。
「ま、魔法!?魔導機も無しに、この魔狩人、魔法を使った!?」
警備員達が尻餅をつき、グラードゥス先生も、腰を抜かしている。勇者見習いと対面した、魔狩人の少年は、あたりを見回して、足元の檻の残骸を軽く蹴り転がした。
「クソ、狭い所に押し込めやがって、あー肩凝るわ全くと」
伸びをして、肩を回したりと、窮屈から解放された魔狩人の少年は、ふうと一息吐いて、口を開く。
「で、ここどこ?帰って良い?」
魔狩人の少年は、皆にそう尋ねるのだった。