勇者とは
魔狩人は、この国の国民として認められてはいない。野の獣、魔物と同じ扱いを受けていた。決して都市や街には住めないし、ましてや店に入る事もできない。戸籍なんて物も登録されていない。だから、魔狩人は独自のコミュニティや集落を築き上げて生活をしていたり、個人で生活を営んでいる。
特徴は様々だ、人間に似ているけど、瞳の色が濃い極彩色で、髪の毛も濃い色。黒は本当に黒く、金髪は輝き、白髪は銀に輝くとか。人らしからぬ色の髪の毛もあるとか。
大柄だとか、筋骨隆々でまるでオークの様だとか。
女は美人だが、近寄れば血肉を吸われるだとか。
妖しい儀式をしているだとか。
その生活は謎に包まれている。曰く、好んで魔物を食べるだとか、ご馳走に人間を食べるだとか、料理をせず生のまま肉を食らうとか、虫を食べるとか。
迷信なんてのも広まっている。魔狩人に出会うと、その人生が呪われるだとか。魔狩人から逃げ切ると一生幸運が付き纏うとか、実際は魔物が人間に擬態した姿なんだとか。
ただ、これだけは言える。
魔狩人は強い。恐ろしく、途方も無く強いのだ。
僕達が訓練を積み、一人前となり、民草から『勇者』と呼ばれるくらい強くなって、やっと強い魔物と互角に渡り合える事ができるのに対して……魔狩人はその魔物を簡単にあしらうほど強い。
だから、僕が意識を失う最中出会ったあの少年も、魔狩人なのだろう。拳の一撃で魔獣を打ち倒した彼もまた、煉炭の様に黒い髪の毛で、瑠璃色の極彩の瞳を持っていた。
「魔狩人……凄い強かった、拳の一撃でさ、巨大な魔物が森に横飛びに吹き飛んだんだリッド」
「マジ?確か凄まじい大きさの、イノシシの形の魔物だっけか?」
「ああ、それがこう、真横に吹き飛んだんだ……あんな事、勇者でもできない」
「おい、それ以上やめとけよ、誰か聞いたら叱責されんぞ」
下手したら裁判だと、リッドは焦りながら辺りを見回した。治療で寝ている者達ばかりで、医者やら教官は居ないらしい。それに安心してリッドは胸を撫で下ろし、立ち上がった。
「で、どうする?今日から出席するか?休むなら伝えとくぞ?」
「もう治ったし、今日から出るよ……悪いけど、魔導機回収したいからまた付き合ってくれる?」
「あいよ、じゃあ着替えてきな、制服持ってきたからよ」
「何から何まで悪いね、リッド」
「お前との仲だ、気にするなよ」
リッドは椅子の傍らに置かれた紙袋を渡してくれた、そうしてそのままベッドのカーテンを閉じる。紙袋の中には、着なれた白色の制服が上下共に入れられていた。僕はそれを取り出してベッドから立ち上がり、治療用の患者服を脱ぎ着替え始めた。
『シェイン王国立勇者養成訓練校』
それが、僕の身を置く場所だ。
遥か昔より、魔物と人間が戦い続け、人間が魔物に対する様に作られた存在『勇者』を養成する学校である。何百年という歴史の中、培って来た技術と多大なる犠牲の果て、僕達は生まれ、育ち、この学舎にて魔物を討伐する為の知識を学び、力を身につける。
勇者となって産まれる人間は決まっている。
王国が管理する国民のリストから、母体を取り決めて、これまた王国が管理している勇者の種を投与し、人工的に妊娠させるのだ。
これは、数百年という歴史が生んだ、より強く強靭な勇者を作る為の方法であった。
故に、勇者達は漏れなく『混血児』である。
そして、父親も、母親も知らない。勇者の種①に対して、母体①を掛け合わせた、勇者①①という形で、僕達は生まれたのだ。
ただ、名前はその母体から貰った。レン・ガーランド。それが僕の名前である。
成長した僕は、こうして国家管理の学園にて、学び、鍛え、魔物を討つ戦士になるわけだが……生まれとか育ちが同じとは言え、派閥というのは出来てしまうのである。
医療棟から出ていき、本校舎に向かう途中。僕はそいつと出会った、リッドは僕の後ろで、あーあと嫌な顔をしていたのが見ずに分かった。そいつは、ニヤついた顔で僕を明らかに見下す眼差しを向けて、開口一番言ってのけた。
「死にぞこなった挙句に魔狩人に助けられたらしいな、レン!無様を晒してまだこの学舎に居るのか?」
僕と同じ金髪、いやみったらしい表情。ジルパ・アッシュラウド……僕達第84世代勇者の、現男子主席である。リッドから話は聞いていたが、本当に僕が魔狩人に助けられたなどと喧伝しているらしい。
「生きてるからね、死んでないから、戦う義務があるから居るさ」
事務的に僕は言い返しながら、さっさと横へ抜けようとした。しかしジルパは、通れると思っているのか?とばかりに僕の肩を押して来た。
「義務だと、魔獣から逃げて剰え魔狩人に助けられた勇者の面汚しがか!随分まぁ大層な事を吐くでないか!」
「うるっさっ、耳痛い耳痛い、声下げろよ聞こえてるからさ」
キンキン響く声を煩いと指摘してきた、そのまま肩の手を退け払い、僕とリッドはジルパの横を通り過ぎた。
「ふんっ!仕返し一つも無しか!同じ種から生まれたとは思えぬわ、まあいい、あの無様を晒してまだ勇者になれるのか楽しみにしておくわ!」
背後から喧しく笑う声が聞こえる、あいも変わらず元気だなと僕は思いながら、リッドは僕を肘で小突いた。
「言わせといていいのかよ、一応……兄扱いなんだっけか?」
「らしいね、種の番号が一緒、母親は違うのだとさ」
リッドから反撃を促されたが、僕は溜息一つと共に放っておけと返した。姓も違う、しかし僕とあの偉そうな輩、ジルパは……一応血縁があるらしい。種が一緒なんだとか。
金髪がよく似ていると聞いたが、相手も、僕もごめん被りたいものだった。
勇者達の中には、こうして種が同じだったり、母体が同じだったりと、血縁が出来たりしていた。
しかしそこに兄弟愛やら姉妹愛は無い。
僕達に必要とされているのは……勇者として強いか、素質があるかだ。