ジャミンをキメる
『ラーナ租界』
シェイン王国の広大なる領地の南部にあるその区域は、常人はまず近づかない、勇者達ですらも近寄る事を拒みたがる場所であった。
シェイン王国において、魔狩人に人権は無い。その為戸籍等も存在せず、野の獣と同じ扱いとなっている。そんな魔狩人達が集まり、開拓し、独自の文化を築き上げたのがラーナ租界だ。
シェイン王国からすれば、自分の膝下に魔狩人が集まり、領地侵略していると捉えられており、度々衝突があったものの現在は『見て見ぬふり』という状況である。
何しろその領地を支配するのが魔狩人、事を構えればまず被害は凄まじい事が目に見えている。その為王国も、好きにさせているという状況であった。
が、大災害に向けての戦力補強としての一環で魔狩人のユートを勇者訓練学校に編入させたのと同時に、ラーナ租界周辺にて勇者も活動を行う事になった。そして実習任務の配属先の一つとして追加された、レン達第三班はそこに配属が決まったという流れだ。
大聖堂から教室に戻ったレン達は、皆沈んだ顔で、何も言わずに俯いていた。
「これってさ、もう死刑宣告だよな、レン……」
「言うな、リッド……あぁ、冗談であってほしい」
「何でよ、何でこんな事になるのよ」
死刑宣告に他ならぬとリッドの言葉に愚痴を漏らすレンとメルディ、魔狩人の治外法権区域近辺で実習なんて、死んでこいと言われている様な物じゃないかと、三人の勇者見習いは同じ意見だ。
「あのさ……キミら、ラーナ租界を何か勘違いしてない?」
と、そこで1人悠々と気楽な魔狩人のユートが、流石に待ったをかけた。色々何か勘違いしていないかと。そんな魔狩人の言葉に、レンがあっと気付いた。
そうだ、そもそもここに魔狩人が居る、同族が居るのだ。ラーナ租界についても知っている口ぶりに、レンは早速尋ねてみた。
「ユートはラーナ租界に行った事あるのか?」
「行ったことも何も、度々お世話になってるよ、ゼンジ組とも面識あるし」
「ぜ!?」
「お、お前あのゼンジ組と知り合いなのか!?」
案の定、知っていた。しかしその後がいけなかった、ユートの証言にメルディは跳ね上がり、リッドは思わず立ち上がった。
「知り合いも何も、食客でここに連れて来られる前には、魔物狩りの仕事手伝ってたくらいだし……それが?」
「お、お前なぁ?」
だからどうしたのだと言いたげなユートに、リッドはわなついた。何がどうしたのだろうかと疑問すら浮かぶユートに、レンが割って入り説明する。
「ユート……シェインの民草や勇者達からすれば、ゼンジ組っていうのは恐怖の対象でしかないんだ、キミは魔狩人だから理解し難いかもだけど」
「あぁ、そうか……まぁ魔狩人だからねぇ、ゼンジ組の人たち」
立場の違いは、視点の違い、ユートの常識は勇者、シェインの民草とは違うとレンに諭されて、たしかにと納得する。
「それにあれだろ?ラーナ租界には、人の血を吸って花を咲かせる木があるって聞いたぞ、どうなんだユート?」
「あー、サクラね?」
「あ、あるのか!?吸血植物!!」
「違うから、サクラって知らない?綺麗なピンク色の花を咲かせる木、綺麗なんだよ」
リッドが知るラーナ租界の知識は、人の血を吸い花を咲かせる吸血植物があるという。馬鹿馬鹿しいと笑みを浮かべ、サクラという木の事だと説明した。
「そんな木、知らないな……聞いた事あるか、レン?」
「知らないな……」
「まぁ、確かに特に綺麗なサクラの木の下には、死体を埋めてるーなんて冗談話がラーナにはあるんだけど」
「冗談に聞こえねぇ!?やりかねねぇよラーナの民なら!!」
血を吸うという話は、ラーナの冗談話に確かにあるがサクラは吸血植物ではないと釘を刺すユート。しかしリッドは信じられるか、冗談話と思えないと声を上げた。
「ラーナの民草、あいつら、ウジを煮て主食にするって聞いたわよ」
「ウジぃ?」
「白くて、粘ついてて、それをすり潰して食べるんだって、人間の臓器と混ぜる赤いご馳走が好物づて……オハギとか、そんなもの」
メルディは身を震わせながら、聞いた事があるラーナの民草の食事事情を話した。ウジを主食にし、ご馳走はそれと人間の臓物を混ぜ合わせた赤いものを食べると。
ユートはメルディのその話に、少し黙って皆を一瞥した。
「え?マジか、ユート」
これは本当なのか?本当にウジを主食としているのか?レンはユートに確認する様に尋ねた。それに対してユートは、逆に三人に尋ねた。
「あのさ、その前に聞きたいんだけど……君ら、コメは知ってる?」
「コメ?」
「ロマルナ人とアルヴェイシャ人がよく食べるあれか?」
「シェインで出してる店は無いわ」
三人の話を聞いて、ユートは成る程と理解した。
「あー……ラーナ租界の人の主食なんだよ、コメ、確かに見た目は見えるよ、知らない人からすれば、シェインの人間はまず口にしないかぁ」
これまた国の主食の文化の違いだと、ユートは3人に説明した。シェインの主食はパン、更に言うならコメ、米食文化が無いのである。ロマルナ、アルヴェイシャには米食文化こそあるが、主食としては印象が薄い。
ラーナ租界の民草、ラーナの民は米食文化を独自に発展させているのだ。それを知らないシェインの民草、勇者からすれば、米を蛆と間違っても仕方ないなと、ユートは腕を組みながら頷くしかなかった。
「ま、行ったら分かるよ、なぁにそんな危ない所じゃあないからさ」
「そ、そうなのか?」
魔狩人たるユートが、魔狩人の居住区をそう言うなら、まぁ大丈夫なのだろうとリッドは安直ながら胸を撫で下ろす。
「危ないと言ったら魔物と魔獣がそれはもう頻繁に出るくらいだし」
「やっぱり危ないんじゃあないかぁ!!」
しかし、本来の仕事、魔物に関しては頻繁に出ると聞いて、リッドは叫んだ。
そうして、レン、リッドは明日から始まる実習任務を前にして……やはり気持ちがざわついて眠れなかった。寮の充てがわれた部屋のベッドで寝転がり、天井を見続けるレン。
「なぁ」
隣のベッドのリッドより、声を掛けられる。
「なぁに?」
「寝れねえ」
「だよね?」
明日朝から、ラーナ租界で実習。死と隣合わせ、それを二人して実感したらもう、寝れなかった。
「腹減らない?レン?」
「うん、夕食入らなかったし、今更だけど」
学食の夕食も、それを思って入らなかった。だから今更になって、腹が空いていた。
「ジャミン、キメに行くか?」
「そうしようか、死ぬかもだし、ジャミン食べよう」
二人はベッドから起き上がり、靴を履いて、財布を握りしめた。彼らは勇者であるが、その前に学生でもある、民草の学生と同じ、夜間の抜け出しも時折行っていた。部屋の窓を開け、左右確認、見張りは居ない。
「うし」
「おう」
二人は言葉少なく窓から飛び降りた、常人なら無事では済まない高さ、足を捻るか骨折もあり得る。それを簡単に降り立ち、着地する。月夜が学舎を照らす中、二人はまばらな光の街中へ走り出した。
『ジャミン』とは、シェインにおける、労働者の飯であると同時に、名物である。パンを主食とするシェインにおいて、その次に食されるのが小麦の麺であり、それを様々な具材、好きな味で炒めた料理だ。甘辛系から激辛、塩辛系と店や地方で味付けは違ってくる。
『シェイン来たらジャミンをキメず帰るな』なんて言われるほど、多種多様なバリエーションがシェイン領内には存在した。
そんなジャミンと、シェイン王国勇者達は密接な関係がある。シェインの勇者にとってジャミンは、安価かつ提供の早さに好みな具材と味付け、量も多く、いざ魔物達と戦う前の食事として昔からよく食べられていた。
ジャミンに対しては『食べる』とは言わず『キメる』という特別な言葉もあるほど、ジャミンとシェインの勇者は切っても切れない縁があるのだ。即ち、シェインの勇者達にとってジャミンはソウルフードであった。
勇者見習いも、今も領内で働く勇者達も、いざ大きな事を前にして、覚悟を決め、未練を捨てる為、ジャミンを食べるのだ。ジャミンを食べる、それ即ち覚悟を決め死地に赴く、そこからジャミンを食べる行為を『キメる』と言うのだ。
というわけで、二人は寮より抜け出し、街中へ来たわけだが。
「まぁ居るよね、そりゃ」
「皆やっぱり、そうなんだよ」
お目当てのジャミン専門店には、男女見知った顔が煙立つ鉄板前に屯していた。多分、こうして抜け出しているのも、教官達も知っていて許している節がある。皆が皆、明日より実習任務の二年次生だ、店員達もそれを知っている、黙々と鉄板前で麺、野菜、肉を焼いている。
「空いたら入ろう」
「おう」
勇者見習いが集うジャミン専門店、自ずと決まりもできていた。さっと入って、さっと注文、さっと食べて、さっと帰る。単純なものだが、乱してはならないし、皆注意している。レンとリッドも財布から貨幣を準備した。
空きができた、二人がさっとそこに入ると、鉄板を隔て先の店員がすぐに声を掛ける。
「はいどーぞ」
「豚、キャベツ、にんじん、塩胡椒」
「豚、海老、玉ねぎ、トマト、スイート」
「あいよ!」
それぞれ言い渡してお金を渡す、そうして奥の仕込みのカゴから、小麦麺、豚、キャベツ、にんじんを小さな籠へ、もう一つには同じく麺、豚、海老、玉ねぎ、トマトと素早く入れていく。
店員が戻り、鉄板下からレードルに掬われた油が鉄板に垂らされ、広げられる。そこにそれぞれ頼んだジャミンの材料が投下された。
後はもう、焼くだけだ。そうして焼きながら、二人が頼んだ味付けに整えて、深めの皿に盛られる。
「あい、塩胡椒、スイート」
「あざっす」
「あざまっす」
レンの味付けは塩胡椒、リッドはスイートと呼ばれる甘辛ソースのジャミンを渡された、ジャミンに刺されたフォークは、後で器ごと返す。食べるときは……静かに、ジャミンのみに集中する。
味わいながらも、さっさと食べて、次の勇者見習い、勇者達に席を明け渡すのだ。だから、二人が食べ終えたのは、渡されてから二分も掛からなかった。
「ご馳走様」
「さまっす」
「あーい、また来てね」
そしてさっさと鉄板前から去る。レンとリッドの去ったスペースに、また別の勇者見習いがすぐ入り埋まった。
『また来てね』店主から何気なしに掛けられた、その言葉。今この場でジャミンを食べに来た勇者見習い達のうち、どれだけの人数が、またここのジャミンを食べに帰って来れるのだろうかと、そして自分は帰って来れるだろうかとレンは思った。
「実習、生きて帰ってまた食べよう、ジャミン」
「だな、ぜってー生きて帰るぞ」
二人の勇者見習いは、覚悟を決めて飲み込んで、明日の為に寮へ戻るのだった。