魔狩人、勇者を学ぶ
眼下に広がる、球体のガラス容器。等列に、規則的に並び、そして配管が繋がっている。そのガラス容器を一つ一つ確かめている白衣の人間達を見て、レン・ガーランドはガラス窓に腕を支えてただ見つめる。
「レンもあれから生まれたのか?」
隣に立つ少年、ユートが尋ねた。ユートはジーンズにシャツというラフな出立ちで、胸元のボタンを態々外している。あいも変わらずローマリアンスタイルな着こなしだ。
「あれが確立されたのは9年前だ、大災害後……いや、前から論文や実験はあったらしい、僕は普通に生まれて来たよ」
「戦力確保の為に、交わりすら機械で行うなんて……魔狩人からすればこれこそ化け物作りだよ、しかも一ヶ月後には新生児として生まれるんだろ、これ?」
「半分は……な、生まれてきて、成長してとなると、さらに狭まる、だから普通に……あー」
「エッチして、妊娠して生まれてくる勇者も居るんだ」
「キミなぁ……言い方がストレートだよ」
「人間の、いや生物の、子孫を残す立派に認められた営みだぜ?隠す必要無いだろうよ」
ユートは苦笑するレンに、ケタケタと笑いながらもガラス窓の向こうの、球体ガラスや配管を見つめた。9年前、大災害が10年前だからそれから一年後になるわけか、たった一年でこれを作り出したとなれば人間の狂気が伺えてならない。
レンとユートは、シェイン王国首都、レインに建造されている施設へ来ていた。
施設名は『勇者研究工場』
勇者を、作り出す工場である。
人間と魔物の戦いの歴史は、数百年に及ぶ。
その歴史の中で、幾度と人間に凄まじい被害をもたらした魔物の襲撃があった。最早それは、人間も、原生生物も、植物も、平等かつ無慈悲に降り注いだ。
人々はそれを『大災害』と呼称した。
その時代の人間、勇者達、魔狩人達がその大災害とぶつかったが、被害を減らせたとしても微小だった。その度、人間達は立ち上がり歩み続けた。
大災害の後に、勇者の交配、魔導機の発明、より良い交配例の発見、数種の原生生物の絶滅、亞人の絶滅……それらを経て、この世代の勇者が生まれ、この場所に立っている。
そうした、国家の対魔物の戦力たる勇者を産み出し、研究をするのが、この勇者研究工場であった。
「生殖、出産の効率化による人工的な勇者の生産……シェインの国家プロジェクトさ、あのガラスの球体が女神の子宮と呼ばれている」
廊下を歩くレンに追従し、ユートは話を聞き続ける。というのも、レンは校長より、本来勇者が受ける教育内容として『国内における勇者に関連する施設の紹介』を頼まれたのだ。
そして現在、ユートを勇者研究工場に連れて来ているのである。
「生まれて来た勇者は……あ、この生まれて来た勇者って言うのは、僕やリッドみたいな生殖生まれの勇者も含まれてるんだけど、工場内の生育施設で世話をされるんだ」
「マジで母親父親とか無いんだな……」
次のエリアに辿り着き、そこではまた、ガラス球体容器で守られた新生児達が居た。ぼうっと天井を見る子、知らず知らず笑う子、泣いている子、様々な新生児をまた白衣の研究員やらがあやしたり、反応を記録している。
「こうして僕達は勇者として教育されて、訓練校で訓練を積み、正式な勇者として軍に配属されるわけだ」
「そうか……」
ガラス窓の向こうの赤子達を、細目に見るユート。彼が何を思うのか、少なくとも表情から読み取れるのは、快く思ってはいないだろうか。
魔狩人や民草は、愛を営み子を成すのが普通だ。この赤子達に『愛』が与えられる事は無い。
「次行くぞ、ユート」
「うん」
見学学習は、まだまだ続く。
研究工場には、一般開放がされている部分がある。今、レンやユートが通った『生育エリア』は、一般開放されていない。勇者達が、自らを学ぶ為、そして研究員として配属された勇者達が改めて確認できるエリアであった。
一般開放されているエリアの一つ『歴史史料棟』に、二人の姿があった。民草や初等教育の勇者達が、シェインの、そして勇者の歴史を学ぶ為の資料が公開されている。
ユートはガラス張りに保管された羊皮紙を眺めていた。
「オーク……ケンタウロス……ゴブリン……インスマウス……ホビット……ウェアウルフ……ハーピィ……原生生物に種族?この羊皮紙は何だ、レン?」
羊皮紙に刻まれていたのは、原生生物、そして原生種族と呼ばれる物だった。
原生生物、種族は、魔物と区別して呼ばれる名称である。魔物は原生生物を取り込み、その種族の習性、形状を模倣する特性がある。それ特別する為にできた言葉であった。
「廃棄血統だ……ユート、勇者が混ざり物で、その血にはどの種族の血が混ざっているかは知っているか?」
「人間、エルフ、ドワーフ、竜人、鬼人だろ?」
その羊皮紙の原生生物を『廃棄血統』と呼ぶレンが、ユートに勇者の血に流れる血統を尋ね、そして正解が返ってきた。
「正解だ、これは……その交配の歴史の中で不要とされ、廃棄された血統さ」
「それで失われた血統……あ?待てレン、つまり何か?この異種と、その……昔の勇者達は」
ユートはそれを聞いて、今と昔の勇者の成り立ちやら交配例やらと頭に浮かび、ふと気付いてまさかとレンに尋ねた。
「あーえっちしたんじゃないかなー?」
レンはニヤついてユートに言い切れば、ユートは顔をしかめた。
「おい、そこはお前表現変えろや」
「生物の尊き営みでは?」
先程の仕返しかと、ユートは舌打ちした。
「いや考えられねぇわ、どんな拷問だよ、昔書物で読んだけどよ……ゴブリン殺しの勇者とか、女騎士の受難とか……生々しかったし、酷い目に遭ったり……それでも交わったのかよ勇者」
ユートも、オークやらゴブリンの恐ろしさは、書物で知っていた。それこそ、伝えられた物語としてこの時代にも保管されている。ただ、読むのは成人からという『年齢指定書物』の筈だが、何故その書物を知っているのかとレンは気になりながらも、昔の話をしはじめた。
「実際、拷問に近かったらしい、敵前逃亡の勇者や犯罪を犯した勇者を、交配例の実験体に……と書物にーー」
「あー聞きたく無い聞きたく無い!」
耳を両手で塞ぐユートに、レンはクスクス笑った。
「まぁ、ここに刻まれた血統は、交配には合わなかったから廃棄された、何より魔物との戦いや大災害で淘汰され、絶滅したのもある……だが、事件が起きて廃棄血統行きになった種族もあったな」
それでも話は続くので、ユートは耳から手を離し、しっかりと聞く姿勢を見せた。レンは一つの羊皮紙を指差して、その示した先をユートが見れば『ゴブリン』の血統の説明が刻まれた羊皮紙があった。
「ゴブリンの血統を持つ勇者はな、まず四ツ子五つ子で産まれてきた、人数効率から採用されたが……性欲が凄まじく、98%で性犯罪を犯し、全員処刑されたなんて事件があったな、勇者の汚点とされている」
「マジかよ」
「しかも、今でも時たま新生児に現れるらしくてな、現れた場合は……うん……オークも新生児の脳の量が減退した傾向から廃棄されたな」
ツラツラ話すレンの横でユートは右手で頭を押さえた。勇者という存在が出来上がるその積み重ね、なんとも恐ろしく狂気的なのかと。
「今ではもう、これらは存在せず、勇者に流れてもいないし、薄まっている……そして出来上がったのが基礎五血統、ユートがさっき言ってたやつだな」
そう締めくくりながら、レンは次のブースへ歩き出し、ユートため息を混じらせそれに追従した。
「ところでだ、ユート……」
「何だ?」
と、ここでレンは先程の話に気になる事があり、それについて尋ねるのだった。
「ゴブリン殺しの勇者……だったか?それはあれだ、もしかして……あれか?年齢指定版か?」
「気になるのか?」
「え、持ってるの?」
「持ってるけど……何さ、抑制剤あるから処理なんてしないでしょ、君ら」
「うっ!?」
レンは赤面し、ユートが顔を覗き込みニヤついた。
ゴブリン殺しの勇者とは、昔のある伝記を元に執筆された創作冒険譚であった。ゴブリンに姉を殺され、ゴブリンを滅ぼす為に戦い続ける勇者の話である、シェインでは冒険譚として、復讐譚として少年たちの人気シリーズとなっているが……こちら、ゴブリンに敗北したり捕まった女性達のあられもないシーンがある。
しかし、シェインにおいてはこの場面は添削されており、完全版は年齢指定版として、20歳になるまで買えないのだ!レンも昔読んだ事があるが、それは添削版であった!
「いや、あれだ……その、やはり血統の事件を知る上でだ、知りたいというか」
「女騎士の受難シリーズ、対魔暗殺者シリーズも完全版あるけど……貸そうか?」
「マジか……貸してくれるのか?」
「リッドと同室なんだろ、どうする気?」
「あ……」
借りていかにするか、想像は易い。しかしてその障害として同室の人間が居たよなと指摘して、レンはガクリと項垂れたのだった。
「ていうかさ、勇者見習いだろ?街中の平民女性口説けよ」
「できたら苦労しないわ、次行くぞ」
もういいとレンは少しばかり歩く幅を広げて、次のブースへユートを連れて行くのだった。
また違う展示物を前に、レンとユートが横並びに眺める。今度は、数百年の戦いの歴史の中で『勇者に代わる戦力』として開発された兵器だという。勇者の歴史、即ち魔物との戦いの歴史というわけだ。
「色々とまぁ、考えるね……平民に魔導機を持たせる計画に?一時的に勇者と同じ体質に変えるエーテル剤……」
ガラス越しに飾られた品と、説明文を眺めるユートが、よくまぁアイデアが出てくるなとくつくつ笑った。
「結局、勇者の代替案は生まれなかったらしい、まぁその延長で魔導機やらが強化されたり、薬学が進歩したあたり苦笑物だ」
これら全ての代替案は結局、失敗に終わったのでお笑い草だと自嘲気味にレンが吐いた。
「ていうか……どうしてこんな事したんだろうね」
「あ?歴史で習ってない?一時……勇者に人権をって言い出した団体があってな、魔物討伐の邪魔ばかりするから黙らせる為にやりはじめたんだよ、で……あろう事か利権握っちゃってな……出来上がったのが、あれ」
レンがまた別のガラスを指差した。その先では……操り人形らしき等身大の模型が展示されていた。それを見てユートが近づけば、レンもそれが何か説明する為に横を歩く。
「対魔物人型駆動人形、オートマタ技術から作り出した、人造勇者さ……こいつに、人格を作り与えて……勇者の代わりに戦わせようとしたらしい……」
「結果は?」
「魔物が乗っ取って、恐ろしい事になった……その時の責任者や推進派含めて、これ」
レンが右手親指を立て、首をなぞった。
「ただ、技術的にはありだったらしい、本当に勇者が戦わなくて済むかもしれない、普通に生きられるかもと希望もあったんだと……魔物は人工物すら取り込むと分かっただけでも良しと言うべきか」
「なかなか上手くいかないね」
ガラス向こうの人形が、勇者の宿命を変えたかもしれないという話に、ユートは首を横に振った。あんな人工培養やら、決まった交配例から生まれ、戦う事を宿命付けられたレン達は、魔狩人たるユートからすれば哀れでならなかった。
だが、それを言葉にしたらもう、戦争になるだろうなと吐き出しはしなかった。そのまま次のガラスケースに向かうユート、次に飾られていたのは……。
「聖剣か……次行く?ユート……」
「いや、ちょっと見るわ」
レンが『聖剣』と呼称した展示物は、剣の形はしていなかった。むしろそれは……大砲とも言うべき形をしていた。
「これが、前の大災害時に魔物も、勇者も、跡形も無く消し飛ばした……僕の両親が消し飛んだ兵器……」
「縮小したレプリカだがな、シェイン、ロマルナ、アルヴェイシャがそれぞれ保有して……大災害時の最終手段として扱われる、殲滅兵器だ」
それは、10年前の大災害で、国を救った兵器であった。そしてユートの両親を消し炭にした兵器でもあった。だから、見るのはやめるかと促したレンだったが、ユートはマジマジとそれを眺め、説明も目で追っていく。
「あの光は覚えているよ……」
「僕もだ……次の大災害には、使われたかないな」