マガビト
気が付けば、僕は天井を見上げていた。身体の痛みは無い、しかし、この景色を見たのは何度目だろうかと、溜息を吐いた。
ここは……国立勇者訓練学校の医療棟だ。恐らく、勇者である僕、いや、僕達でお世話になってない人は居ない。絶対に、必ず一度は誰しもお世話になるのだ。それだけ、訓練も演習も激しいし、その傍らに実戦配備たる研修もある。
もしも、勇者となる前に一度もお世話にならない奴が出てきたら、そいつは化け物じみた強さの奴か、はたまた逃げて傷を負わなかった卑怯者だろう。
上半身を起き上がらせる、軋みも痛みも無い、ただ、喉が渇く。水差しとコップがあったので、それを傾け水をコップに注いでいると、扉が開いた。
「お、レン……気付いたみたいだな」
短髪の青年がにっかり笑って入って来た。
「リッド……僕は、ここに運ばれてどれくらい経った」
「昨日から丸一日だ、他の訓練生も軒並み同じ、教官役も何人か治療受けてるだと」
「死者は?」
「……3人、訓練生が死んだよ」
笑顔が消えて、青年は傍の椅子に座る。そうか、と僕は水を飲みながら、彼の言葉を聞いて黙った。大型魔獣だ、死者が出てもおかしくは無い、むしろあの場に居た全員が死んでもおかしくなかったのだ。
訓練生が3人だけ死んだ、被害は少ないと捉えるべきなのだろうが、それは難しかった。また一口水を飲みながら、僕は青年……友人たるリッドに尋ねた。
「気絶してからその後の事覚えてないんだ、何があったか報せられてるよね?聞かせてくれる?」
友人のリッドは、真剣な眼差しで僕に語り出した。
「昨日の昼、訓練生第三班のレンと十数名、教官役3名が大型魔獣と接敵、数十秒保たずに壊滅して、本部に救難要請があり……勇者が出動し大型魔獣を撃破ーー」
「そっか……」
「という書面になってるが、実際は違う」
「え?」
「魔獣を倒したのは、マガビトらしい……レン、マガビトに会ったのか?」
僕は、それを聞いてあの景色は朦朧とした意識の見せた夢では無い、事実である事を自覚した。あの煉炭髪、瑠璃色の瞳の少年、それを取り囲む教官役……僕はその事実に打ちのめされて右手で頭を掻きむしっていた。
「そうか、勇者の僕が……僕達が魔狩人に助けられてしまうなんて……」
「ジルパの奴が言いふらしてたぞ、勇者の恥だなんだと……」
「頭痛くなって来た」
これからの身の振り方とか、視線とかが冷やかになるのが分かってしまった。勇者である自分が、まさか魔狩人に助けられてしまったなんて、しかも魔狩人に出会ってしまうなんて、不運でしかないのだから。
この世界で蔓延る、人間に対して明確で強い殺意を持つ化け物『魔物』
奴らはとにかく、人間に対して殺意を露わにして襲いかかる。捕食のためでは無い、只々ひたすらに人間憎しと襲いかかるのだ。形も、大きさも不定形。ただ、その肉体は川底の泥のように澱んでいて、臓器にあたる物も無い。
そんな魔物と、唯一対等に渡り合い、戦うことができる人間、それが僕であり、僕達『勇者』だった。
ただし、例外は存在する。
勇者ではない彼らもまた、魔物と戦える存在。
彼らは、その魔物達を体内に宿し、魔物の力を使い、魔物を狩る者達。
人の身でありながら、魔を宿す外法に手を染めた、人を捨てた化け物。
僕達勇者も、国の民草も、恐れと侮蔑を込めて彼らをこう呼んでいる。
魔を狩る人、禍を宿す人。
『魔狩人』と、そう呼んでいる。