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信賞必罰

「ーーつまり、全員生きてると」


「だな、俺だけちゃっかり無傷だ、俺以外クラス全員医療棟行き、メルディも完治するだとよ」


 医療棟のベッドで、後頭部に腕を組みながらレンは、椅子に座して申し訳無さそうにするリッドに尋ねた。


 結局、第1クラス全員が、ユート1人を前に敗北したのだ。全てにおいて完敗した、訓練生達は勇者の誇りを完膚なきまでに粉々にされてしまったのである。


「それとな、レン……やっとこさ理解したが、お前危ないわ……命の認識軽すぎだろ」


 リッドは、レンに指摘する。あの時、ユートの不気味な斬撃へ対処した捨身の行動。今になってやっと、レンが持つ命知らずの危うさに気付いたと言う。指摘にレンは、ああと声を出しながらリッドに答えた。


「そうじゃないかなぁ……勇者ってさ?」


「はぁ?」


「時折思うんだよね、僕たちの命は、そう……軽いなって」


 寝返りを打ち、リッドに背中を向けてレンは語り出した。


「何代も何代も、交配して生まれて、戦って……国が管理して、強い奴が生まれてくるし、ある日突然……横の席の奴が魔物にやられて殺されてるのを見て来て……でも、また月に一度は母体から生まれてくるんだ、1年後には新世代が訓練生になって……なんて言うかな……別にいつ死んでもさ、後ろが控えているから心配ないのかなって」


「だから……命を賭けれると?」


 レンはリッドに頷いた。


 何百年と交配を重ねた先に生まれた自分たち、こうしている間にも、新生児は生まれ、教育されて、来年には新たな世代が訓練校に入る。新世代は更なる血統も居るだろう。


 勇者は、魔を討つ刃であり、民草を守る盾。そうあるならば、たとえ自分がいつ砕けようと、同輩が、さらなる強さの後続が僕たちを超えていく。だから別に、死ぬのは怖くないのだ、だからあんなに命を度外視した行動ができるのだと、レンは言う。


「仮によ、レン……」


「うん?」


「お前と同じ交配例でさ、また勇者が生まれるとするじゃん?」


「うん……」


「そいつはまた、レン・ガーランドになるのか?レン・ガーランド二番目になるのかよ?」


「……似てるけど、違うんじゃない?」


「じゃあ、レンはお前1人しか居ないんだ、誰も彼も、お前にはなれない……お前が死んだら、居なくなったら、誰も代われないんだぜ?」


「……」


「代わりは居るだろうけど、代われないんだよ……レンが死んだら誰も、レンにはなれないんだ」


 リッドはレンに語る、同じ交配例だとしても、例えレンが死んだ場所に、誰かが埋め合わせようと、レンが死ねば誰もレンにはなれない。


 立場や任務は引き継がれよう、意思も誰かが受け継ぐだろう。しかし、本人の在り方やそこに居た事実は、誰であろうと代替は効かないのだ。


「だから、それはやめろ、死ねるとか言うなや……死んだら、メルディのやつも……俺もキツいからよ」


「そんな感じになるのか……」


「だろうよ、それに……」


「それに?」


「死ぬならせめて、勇者になってからにしようぜ、今じゃねぇだろ……俺たち」


 レンは背中から聞こえる沈んだ声に、歯を食いしばった。その通りであった、勇者にもなれず死ぬだの、馬鹿げている。勇者になって、魔物を倒して、倒して倒して、倒して……そうして、魔物が居なくなった平和な世界を、作らなければならなかった。


 そして死ぬ時は、道半ばで朽ちる時は、1匹でも魔物を道連れに、1人でも多くの命の盾になって、死ななければならないのだ。


「リッド……」


「何さ……」


「強く、なりたいな……冠名とかそうじゃなくて、勇者として、守れるほど強くなりたいよ」


「……なれるだろ、俺たち……ならないとダメだろ、あの魔……いいや、ユートを倒せるくらいに」


 レンの言葉に、リッドは頷く。強くなろう、魔物から民草を守れるように、そしてしかと身体に刻まれた敗北を、拭いされるように。


 もう、帳が下りようとしている。明日には全治したクラスメイト達が、授業で出席するだろう。今日の敗北で、来れないやつも、嫌になった奴も居るかもしれない。だが、自分達は立ち上がってまた教室に行く。そこで崩れ落ちるほど、僕たちは弱くは無いし、諦める賢さも無いのだから。




「で、どうだったかね?ぶつかってみた感想は?」


 もう、窓の外は闇に染まる時間、校長室のソファで足を組み座するユートへ、校長は尋ねれば、ユートはぶっきらぼうに応えた。


「気概はあるさ、ちらほら強い粒もある、レン、リッド、メルディ……ランディはまぁ、これからだろうなと……あ、反省文机に置きましたんで」


「早いな、反省文の原因たるジルパはいかがかね?」


「強いけど弱い、あの手合いは脆い」


「ほう、キミはレンを推しているみたいじゃが、理由は?」


「ジルパの逆、レンは……弱いけど強い」


 校長の話に淡々と答えながらユートは足を組み直す。


「ていうかさ、勇者同士の実力差なんて比べる必要ないでしょう、必要なのは魔物相手にやりあえるか、魔物相手に生き延びれるかじゃないですかね、ジルパやらはその辺り履き違えしてますよ?」


「目標しかり、競走は成長の要素の一つじゃよ、切磋琢磨せねば、比べる相手が無ければ怠けよう」


「そんなもんですか、まぁ……魔狩人にとっては冠名持ち以外は有象無象ですけどね……」


 辛辣に評したユートが、また足を組み直し、ふと左肩から右胸のラインを指で掻いた。もう傷は無い、全くもって消え去ったにも関わらず、切り込まれた部分がむずついた。


「痛かったな、久々だわ、あんな深く斬られたの」


 クスクスと笑いながらユートは窓辺を見やる、また明日にはあの教室で、皆と顔を合わせるのだ。如何な面で見てくるのか、ユートは楽しみでならないと、ユートはソファから立ち上がった。


「あぁ、それはそうとだね……」


「何か?」


「1クラスを再起不能にして医療棟を逼迫させた反省文を、君に書いてもらうかのう、今週中に」


 机上に置かれた羊皮紙の山に、ユートは目をパチクリさせて舌打ちした。


「クソ陰険だな、アンタ」


「ちゃんと、書いてくるように」


 羊皮紙の山を抱え、ユートは校長室から退出した。




ーー翌日、勇者訓練校、2学年第一クラスは、全員完治して朝から出席していた。しかし、皆の面持ちは暗い……理解させられてしまったのだ、力の差を。少しは食いつける、いや、勝てるとすら思ったら、全員返り討ちという醜態。


 誰一人として、私語をせずに、皆俯き、グラードゥス先生が来るのを待っている。


 レンも、リッドも流石に黙っていた。どうやらレンが最後に一撃を入れた話は、広まってはいないらしい。レンはふと、メルディの席を見た。彼女も目を潤ませて、スカートを掴んで泣きそうにしていた。


 そして、ユートの姿は、レンの隣には無かった。


 教室のドアが開く、グラードゥス先生が静かに入って来た。教卓の前に立ち、皆へ目線を向け、一息吐いてから口を開いた。


「話は、聞きました……君たちはよくもまぁ、馬鹿な真似をしたものです、実力差を見誤り、無謀にも戦いを挑み返り討ち……これが魔物でしたら君らは全員、死亡していたわけです」


 グラードゥスの目も、言動も厳しいものであった。この決闘沙汰を馬鹿の行いと断じた、誇りも何もありはしない、無意味で、無価値であると。


「実戦においても、対処不可能と見た場合は即時中央への連絡と撤退は規定により保証されております、それでも民草の為に、交戦は不可避となりましょうが、君たちは無闇に死にに行った、甚大な被害を出したも同然になるわけです」


 そもそも、想定外の戦力と対した場合、退避は保証されていることも習ったはずと、皆を見渡してグラードゥスの話は続く。


「まさか、勇者としてだの、誇りがあるだのとは君らは言いませんね、言えるはずがあろうものか……君らはまだ勇者にもなれない雛鳥でしかない、何を血迷いこのような沙汰になったか、良く聞いております、メルディ・ナルシムーネ!立ちなさい!」


 ビクリと跳ねるメルディが、ゆっくり立ち上がる。


「まず、君が放課後の前から伝達して皆を呼び止め、ユートと戦おうと演説、扇動し、更には指揮を務めた、間違いありませんね?」


「異論……ございません、その通り、です」


「筆頭生徒は出動時のクラスを部隊とし、指揮権を行使出来る立場……あなたは実力差を知りながら、死を恐れるなと煽り、決闘に挑ませました、そうですね」


「はい……うずぶ、ううぅ」


 雫が机に落ち始める、才女とはいえ彼女はこのクラスの本来居るべき年齢の二つ下である。精神的には未熟だ、叱られて泣いてもおかしくはなかった。


「これが魔物との戦いで、斯様な失態を犯せば弾劾、極刑に処せられる不始末です、それに乗ってしまった君たちも!同罪となりましょう!もし私が本部司令に居たならば!君たちの部隊からの救難信号は自業自得として戦線放棄も辞さない!」


 君たちは戦局を見誤り、剰え暴走同様の熱意だけで突貫したにすぎないと、グラードゥス先生は語気を荒げてついに教卓を叩いた。もうメルディは顔をぐしゃぐしゃにして涙を流して震えている、クラスの皆も、改めて此度の行動の軽率さにより起きうる未来を、頭に描けたのか、反論の一つもなかった。


 レンも自責していた、あの時……知らぬと流れるままに身を委ねていた。結果的に、ユートを止めれたがそれがどうしたのだ。あの時、白い目で見られても、やめておけというべきだったのだろうと、保身に走った自分に悔いていた。リッドも、逃げる気があったならば、これを教師陣に連絡して助力を乞えただろうなと、考えさせられた。


「今後は皆、よく考えて行動する様に……メルディ・ナルシムーネ」


「あぁい……ひっ、ひっ……」


「女子筆頭生徒の資格を取り下げます、及び一週間の校舎内清掃奉仕を命じます」


「あまんじで、ううっ、おうけします……」


「ランディ・ジャクソン」


「はい」


「同じく、筆頭資格を取り下げます、メルディと同じく、一週間の清掃奉仕を命じます」


「はい……」


 皆が衝撃を受けた、筆頭生徒の資格剥奪、しかも清掃奉仕という罰。理不尽だと思う輩も居るだろうが、しかし言い返す言葉も無く、二人は席に座った。


「さて……校内規定では筆頭生徒は男女必ず、どちらかは在籍しておかねばなりません……両者空席は許されないわけですが……今資格ある生徒はこの場には居ません」


 と、ここでグラードゥスが、筆頭生徒を新たに立てる必要があると、教室を見回したが、この失態の後で立てられる生徒無しと、厳しく言い切った。


 が、ここで皆勘付いてしまった、まさかと、それはやめてくれ、これ以上はと皆が気づいてしまう。そして、ドアが開いてしまった。


「すいませんグラードゥスせんせー、朝一番で校長せんせーから呼び出しを受けておりました、遅刻理由証明書です」


 現れてしまった、昨日の敵。いけしゃあしゃあと、昨日は何も無かったとばかりに、頭を下げて、彼は羊皮紙をグラードゥスに手渡した。


 ユート、魔狩人の少年。


「そうでしたか、朝からお疲れ様ですね……時に、ユートくん」


「はい、何ですか?」


「筆頭生徒になりませんか?今しがたランディ、メルディ両名を解任したので、どちらかは在籍しておかねばならなくて……」


 皆の心臓が一斉に締め付けられた感覚を覚えた。


「せ、先生いくらなんでも!あんまりでしょう!!なんですか!あてつけですか!!そこまでしますかあ!!」


 叫んだのは、メルディだった。涙を流して、体を震わせて、グラードゥスに叫んだ。


「メルディ……君が、昨日の失態を抱えておきながら、それを口にできますか?」


「でも、でもそれはぁあ……いくらなんでもひどいよ、ひどいぃいあぁあああ……」


 子供の様に泣き出してしまったメルディに、左右のクラスメイトが背中をさすりハンカチを渡す。ランディに至っては屈辱の重さに耐えきれず、頭を抱え込んでしまった。


 ユートは、それを聞いて顎に手を当てて、それはもうニヤニヤと笑うのだった。


「えー!マジっすかー!?俺、勇者じゃないっすよー!ほんとにいいんっすかー!!え!?何々せんせー、他に居なかったんすかー?筆頭にふさわしいせ、い、と!!」


「残念ですが……昨日君に敗北した失態がありますので、それよりかは勝った君がクラスの筆頭になれば面目が立つかと」


 如何にもわざとらしく、煽り散らす口調でユートは頭を掻きながら恥ずかしがる様子で、一度目線をレンに向けてまた戻して話し続ける。


「そっすよねー!たった!一人に!負けたクソ雑魚ナメクジ共から筆頭選ぶとか面目立たないっすよねー!!しょうがねぇなぁ?しょうがぁあねぇなぁあああああ!じゃ!やりますよ!俺!筆頭生徒!」


 パンパンと胸板を叩きながら、クラス全てを嘲り、ユートは一息呼吸して、昨日負かした生徒達へ向き直りーー。


「む?」


 また一瞬レンに目線を送り、言い放った。


「文句ねぇよな、雑魚共?テメェら今日から勇者見習い名乗るな、勇者見習いすらおこがましいわ……ま、文句を言える権利持つ奴なんて、この中に居ないよなぁ!」


 新たな、勇者ではない魔狩人の筆頭生徒より言い放たれる命令。文句があるなら来いよと、恐怖政治を思わせる雰囲気に、皆が何もいえず、黙るしか無かった。


 の、だがーー。


「あ、ただしレン、テメーはいいぞ?文句言っても」


「は?」


 突然の指名に、レンは目を見開いた。


「他の奴らは駄目だけど、レンならいい、僕に傷をつけたお前ならな……あ、リッドも多少はいいよ!」


 皆、知らなかったのである。レンがユートに一太刀浴びせた事実を報されてはいなかった。皆がそれをユートの口から聞くや、まるで縋るかの様に目を向け始めた。


「ほらー、レン?文句あるなら言いなよ、ほら!」


 レンの意見なら聞く、リッドも多少ならいいという、何とも勝手な話に、レンはゆっくり立ち上がる。皆が、レンを、ユートを交互に見ていた。


「その……だな、やはり……」


「うん、うん」


「やはり、今の校内の、風潮で……魔狩人が筆頭になるのはだね」


「違ーう、違うだろ、レン?」


「あ、あ?」


「そんな周りくどく言うなよ、まっすぐ言えや、文句があるなら」


 違うだろうと、ユートはニヤニヤ笑って言葉を待った。そんな周りくどい文句があるかと指摘され、レンは一つ咳払いをして、息を吸って、言い放った。


「魔狩人に筆頭が務まるか!お前がやるくらいなら、僕が筆頭をやる!!」


「よし来た!せんせー!!レンがやるなら俺は降りるぜ!!今日から筆頭生徒はレンな!!」


 両手人差し指でレンを指差し、文句ないなとグラードゥスにも尋ねる。それを聞いた皆が、次々と手を挙げ始めた。


「はい!レンを推薦します!」


「魔狩人に務まるものか!レンに一票!」


「絶対ユートはやだ!レンなら筆頭でいい!」


 皆、まるで光明を見つけたかの様に手を挙げる。誰も彼もが、ユートになるくらいならと手を挙げ始めた。それを見てグラードゥスは、溜息を吐いて口を開いた。


「では、男子筆頭を推薦多数としてレン・ガーランドを置くことにする、以後レンは筆頭生徒としての責務を果たす様に……メルディ、ランディ、レンに業務引き継ぎを今日中に行うように」


 泣き止んだメルディと、少しばかり怪訝な顔のランディが、返事の代わりに頷いた。


「さて……長くなってしまったが本題がある、今日から皆、クラス内で班を組んで、低危険度の任務にも赴いてもらう事となる、今日はそのメンバー決めだ」


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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字修正 突然の使命に、レンは目を見開いた。 正 突然の指名に、レンは目を見開いた。
[一言] 校長も大概の古狸だな。こうなることを目論んでいてやらせた後に反省文を山ほど書かせるとは、わりと外道。ユートも魔狩人として一人で魔物の群れに挑み続けているから訓練教官とは目線が違うね。しかし勇…
[一言] 硬くて脆いよりも柔らかくて粘り強い方がね。 ひとまず場が収まったと思ったら次の爆弾が……。
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