証を立てよ
「メルディちゃん!ああこんな、酷すぎる!」
「やめろレン!動かすな!手当は俺がする!」
あまりの事態に追いつけず、レンは痙攣するメルディの元に向かい体に触れようとしたが、リッドがそれを制した。頭髪も燃え尽き、皮膚下の組織まで見えてしまっている。彼方此方は焦げ付いて、ボロボロと崩れかけていた。
それでも、メルディは生きている。これでもまだ死なないのが勇者、医療棟に運ぶまではリッドが応急手当てをすると、サイドバックから救急医療セットを取り出した。
「こ、ここまでするか!ユート!?」
レンは歯を軋ませながら振り返り、叫んだ。ここまでするのかお前はと。しかしユートは即座に返した。
「するさ、何せこれは命の取り合い、それを十分に理解して僕に向かってきたんだろ?キミらはさ?」
前提からして、覚悟があっただろうにと冷ややかに言うユート。あれだけ沸き立ち、こちらを倒す気で居ながら、いざ戦って死にかけたら命乞いをするのかと、その目は冷たかった。
「何だよ、じゃあ何か?魔物に、命乞いをするのか勇者は?しないよな、そうだろうが、戦いは……そうだろうが!魔物に無様に殺される覚悟もしてねぇのかテメェらはよぉ!いざ死にかけたら尿も糞も漏らして泣き喚いて命乞いすんのかよ!!」
苛立ちを募らせたユートがいよいよ言葉を荒げた。
「勇者は、勇者ってのは!民草の剣だ盾だとぬかしながら!魔狩人1匹に殺されかけたら手のひら返して逃げんのかよ!民草の前から引くのかって聞いてんだ!!どうなんだレン!!」
ユートは言う、これが魔物との戦いなら如何すると。
そうなった時に勇者は泣き叫び、民草の前から逃げて、命乞いをするのかと。違うから俺の前にこいつらは立ったのだろうと、メルディもそうだろうと、徹底的に押さえつける言葉を吐く。
「逃げるわけ、ないだろうが!許さないぞユート!」
いよいよもって許すものか、レンは自らの剣型魔導機を抜刀し、エーテル剤を柄尻に素早く装填した。刀身が光り輝く、怒りで目が充血して涙も滲み出した。
それを見てユートは、歯を見せて笑った。
「そうじゃねぇとな、レン!本気で来い!殺しに来い!!」
そう言い切った矢先、レンの魔導機の刃が袈裟に振られて、ユートの左肩に直撃した。一念込めた一振り、しかして肉を断つ手応え無し!横腹から出ているメルディの魔法により焼き貫かれた穴も、みるみると塞がりつつある。
「く、そ!」
「止まってんじゃねえ、ガンガン打ち込め!魔物の殺し方くらい習ってんだろうが!!」
「!ーーあぁああああ!!」
魔物を殺し切るには、徹底的なる威力と物量による攻撃の他はない。魔物の殺意は、肉片になろうと宿っている、攻撃あるのみ、それが魔物を殺す唯一の手段であり、最適解であった。
振るう、振るう!力を込めて、声を張り上げて魔導機を振るう!しかし通らない!傷一つつかない!ランディの木剣で血を流したのに!メルディの魔法は焼き貫いたのに!全くもって通用しない!
「あがぁあああ!」
殺意を込めた、怒りを込めた、脳天に、本気でユートの脳天に打ち込んだ。しかし刃は頭蓋を割ることも、頭皮に切傷つける事も無かった。化け物か、こいつは!いや、化け物なのだ!魔狩人は!
「ふん!」
首の一振りで、レンの魔導機が弾かれて体が持っていかれた。
レンは考える、どうすれば一撃を喰らわせれるのか?
いや、違う……魔物を殺す一太刀は、どうすればいい?食らわせるとかではない、目の前に居る、敵を滅する一太刀がいる!
自分の魔導技は、一度破られている、風の丸鋸の前に相殺された、手がない……。
……いや、もしかしたら。
レンは両手で柄を握り直し、両足を踏みしめる。イメージしろ、刀身に巻きつく風をと、目がしかとユートを見て外さない。
「ゼロ距離から風の魔導技か?芸が無いぞレン?」
その通りだ、だが違うとレンは刀身に迸る風を感じ取った。このままだ、このままと、更にイメージを深めて行く。
刀身に纏う風が、動き出した。震えるような音が鳴り続け、そこでやっとユートが気付いた。
「風鋸一振!!」
「ぐぉおぁああぁああああ!?」
振り下ろされた袈裟の一撃!皮膚にすら食い込まなかった刀身が、風の荒くも鋭い鋸刃が回転してユートの皮膚を、肉を、骨を削り食い込んでいく。血肉が撒き散って、辺りに落下し、その赤い血肉は黒く淀み地面に即座に吸い込まれていった。
「あぁああっしゃあああいいいい!」
そして振り抜いて、息を荒げながらレンはユートを見た。タタラを踏み、そして……片膝をついて口から血を吐き、レンを見上げた。
「や、やりやがった!魔狩人に片膝つかせやがった!!」
メルディの治療に掛かっていたリッドですら、思わず拳を握り込んで見てしまった。
「おい、隠してたのか、それ?」
「今考えてやったんだ、お前の魔法を思い出して」
レンが放つ魔導技『風撃一刃』
それは、エーテル剤により装填したマナに、カートリッジに装填してある風魔法の術式を読み込ませ、風の刃を放つ技。切れ味は良いがたった一撃で霧散してしまう。
そして思い出したのが、ユートが放った風の丸鋸『ハストゥルバズソー』回転する風の刃という力は、地面すら削り掘ってしまう威力であった事にレンは思いついた。
風の刃を刀身に纏わせ、回転させながら直接叩き込み、魔法の障壁だろうが、皮膚だろうが肉だろうが削り、骨すら断つ一振り。
それがレンの即席魔導技『風鋸一振』であった。
片膝をついたユートが、震えながら立ち上がる。傷口が、蠢く肉片が、血がどくどくと流れていく。それが黒く変色して、傷口にゆっくりと集まり、埋没して塞がれていくや、皮膚はすぐに出来上がった。
あれで死なないあたり、やはり魔狩人。魔物を取り込んだ化け物なんだなと、レンは構え直した。
「ちょっと……やばかったわ、油断してたよレン」
口から血を吐いて左手で拭いながら、ユートは右手をゆっくりと背中に回した。まるで……背中に剣を携えていて、その柄を握り込むようなジェスチャー。しかし、そこには何もない。
が、レンは、リッドは目撃する。ユートの身体中から這い回る、澱んだ湖底にある様な汚泥の色の液体が、何やら形を作り出し始めたのだ。
襟に、袖に、裾に……そうして象られてユートの身体は、黒のコートに包まれた。やがて、その背中には剣の柄らしき物が、現れていた。
「レン、キミは自分が勇者だと言ったな?」
そうして、その柄を握り、振り抜いた。
見た瞬間、その禍々しさにレンは、リッドは血の気が引いた。綺麗に、銀色に輝いている銀の刃、されどその纏う何かの禍々しさは、そう、魔物のそれだった。
「なら証を立ててもらおうか、今から……こいつを一割の力で振るう、止めてみろ……止めれなかったら……後ろの校舎も人間も皆、消し飛ぶぞ?」
本気であった、目の眼光も言動の抑揚も、嘘ではないと理解してしまう。たった1日とはいえ、関わってしまったからレンは理解してしまう。
あの銀色の剣は何かは知らない。しかし、ありありと目に浮かぶ!肉も骨も消し飛ぶ自分が、後ろの校舎が塵と吹き飛ぶ様が頭の中で見えてしまった!
「止めてみろ、レン・ガーランド、魔狩人の本気の領域、その一割……止めてみせろ!」
レン・ガーランドは、この事態において……思考が既に始まっていた。あの銀の剣の正体がなんだとか、まだユートが本気の一割すら出していなかったとか、そんな事は既に頭に無かった。
普通の勇者見習いならば、銀の剣に怪訝な顔をして気になり、その事実に絶望して膝を屈するだろう。
だが、レン・ガーランドは違った。
『この一撃、いかにして阻止するか?』
それをただ放たれるまでの数秒で考えていた。
レン・ガーランド……第84代勇者訓練生の中でも、成績に関しては首を傾げる存在。筆記も、魔法も、剣術も、特段目を見張る要素無し。同じ種であり異母兄弟ながら、学年筆頭のジルパ・アッシュラウドと同じ血統かも疑われる程。
ただ、訓練生としての実務訓練における、出動による魔物討伐数は……第一クラスにおいて、筆頭たるランディ、メルディを差し置いてトップであった。
『矮小な魔物ばかりを狩っているからだろう』
『あくまで討伐数、強い魔物と戦っていない』
クラスメイトたる訓練生、及び教官勢の見解はその程度だった。
だが違う、魔物に大小、強弱、確かにそれはある。
しかして、魔物の脅威は皆同じである。矮小な魔物が、隙を突いて訓練生を殺傷する事は珍しく無い。事故としか言えない死傷もあり得るのだ。
そんな、命がこの刹那に散るもおかしくない討伐において、レンの撃破スコアは伸び続け、今日まで生きながらえている。
レンは知っている、魔物の恐ろしさをしかと知っている。
レンは知っている、いかにして魔物を打ち倒せるかを知っている。
訓練生において、レン以上に、魔物との戦いを経験し、そして生き抜いた者は居ない!
その面からすれば、レン・ガーランドは最も勇者に近しき少年とも言えるだろう!!
数秒のうちにて、レンの思考は終わった。そして実行する。
魔導機の柄尻に、最後のエーテル剤を装填。そして今や、禍々しき剣を横凪に振り抜こうとするユート目掛けて突貫した。
相打ち覚悟か!そうだろうなとユートは笑った、そこまでは考えていた。しかしそれではこの『剣』は止められない!全て消し飛ぶだけである!
が、レンは相打ち覚悟などしていなかった。むしろーー。
「何っ!?」
レンは魔導機を、ユートとの至近距離の地面に突き刺したのだ。それは、ユートが剣が振り抜くだろう横凪のライン!振られる刹那にレンは、根本から放たれる斬撃を封じに掛かったのだ。
「風撃一刃」
しかもだ、刃が己のに向いていた。ユートの剣がレンの魔導機にぶつかった瞬間、魔導機を発動した。レンの身体に、血の線が浮かぶ、右脛から右肩を風の斬撃は斬りつけ、血飛沫が舞った。
されど、その勢いが、ユートの放つ前の斬撃を更に押し返し、弾き返してユートを後ろに押し返したのだ。
「マジか……」
禍々しき剣は霧散し、黒いコートも消え去った。そしてそこには、目を見開き血を流しながら、剣を突き立て佇むレンの姿があった。
相打ちとなれば、皆消し飛んでいた。
それを、自らの命を代償とした、魔導技の逆噴射の勢い、放つ前から潰しにかかるという発想。それらを持ってしてレンは、ユートの一撃を回避したのであった。
夕暮れの訓練グランドに、佇む金髪の少年。
その瞳からは、光が今にも消えそうながら、決して崩れるものかと、魔狩人を強く睨みつけていた。