雁首揃えて
ーー放課後、訓練グラウンドーー
「なーレン」
「何?」
「俺達だけでも帰らない?」
「いや駄目だろ、つーか帰れねーよ」
「そうか……短い人生だった」
レンとリッドは、ある集団の最後尾にて、諦め顔を浮かべ会話していた。そしてリッドは、つつーと一筋涙を流していた。
眼前にはクラスメイトたる訓練生、皆が皆魔導機を携えて、目を血走らせる者、冷や汗を垂らす者、頬を叩き喝を入れる者と様々だ。
その更に先、距離を隔てた場所には、ユートが1人笑みを浮かべ腕を組み、仁王立ちをしていた。
恐らく、今日……第84代勇者訓練生は、半分が散る。自分もその1人なのだろうと、レンは夕焼けの空を見上げた。
それは、放課後前に遡る。
『もう、手段も糞も無いわ、あなた達はここまで、あの獣1匹に馬鹿にされていいの!』
医務室から二度目の復帰をしたメルディが、放課後に、ユートが帰った矢先に教卓へ立ち、言い放った言葉だ。ユート以外には連絡が行っていた、というよりはそのユートへの対策なわけで、話に入らせなかったわけだ。
メルディは言う。全員であの獣を倒すのだと。
『たった1日よ!たった1日でこの学年の顔役が、1人を除いて泥をかけられたわ、私だってそう!正門で怖さに漏らしたし、魔法も上回られて気を失った!認めるわよ!あの獣は強い!けど、じゃあそれでいいわけ!?』
この一日で、第一クラス女子筆頭メルディ、男子筆頭ランディ。そして第二クラス男子筆頭兼2学年筆頭、ジルパ。全員が悉く、魔狩人のユートに弄ばれている!残りはそれこそ、第二クラス女子筆頭……。
『こんな私たちの姿を見たら、王国は、民草はもう、勇者に希望を持たなくなるわ!だから、勝つの!集団で!卑怯もクソも無いわ!みんなであの魔狩人と戦って勝ちましょう!そして示すの!魔狩人は戦力足りえないって!』
メルディから決起の演説が放たれた。勇者訓練生として、日々精進してきた、それがただの1日で汚された。これが才ある候補生ならば、同じ勇者による指導ならまだ納得できる。されど、この所業は全て魔狩人による行いなのであれば、納得などできようか?いいや、出来ない!
勇者は、民草を守る盾であり、魔を討つ剣である。なれば、魔に負けるなど言語道断!実力を知った、恥もかかされた!だが、そこで諦めるなど出来ないと、メルディの弁舌に熱がこもる!
皆がそれに賛同し始めて、レンとリッドは、これはまずいなと思い始めた。
はっきりと感じていたのだ、2人は。
たとえ、このクラス全員。いや、この学園の候補生、教員全員雁首揃えてユートに挑んでも……その跡には屍山血河しか残らない。
しかし、メルディの扇動の旨さよ。自らの弱さを曝け出し、それでも立ち向かうのだと、さながら英雄の如き振る舞いをしている。危うい、非常に危うい。もう、皆がやる気を奮い立たせ、立ち上がりつつあるではないか。
『そうだ!今こそ戦っと勝たねばならない!』
『好き勝手させるもんですか!』
『やってやろうじゃねぇか、賭けてやろうじゃねぇか!命をよ!!』
この熱を、落ち着けと宥めようものなら、異端審問が如き叱責を受けるのが2人には分かった。だから……レンはリッドに目配せして、教室の扉に向かおうとした。
抜き足、差し足、その次の歩みを進める最中。
『へぇ、マジでやる気なの?君ら?』
声が響いた、獣の唸り声だ。
そうして皆が辺りを見回した矢先、風が教室に吹いた。
黄色い布が、教卓側の出入り口からたなびいて入って来た。左へ右へ、揺れて、漂い……教卓の上に降り立つと、その布は消えて、そこにユートが立っていた。
戦慄が走る、全て聞いていたのだ、この獣は帰っていなかったのだ。
机上から皆を見下ろすユート、そしてスタリと床に降り立ち、皆に言う。
『昔聞いた事がある、話し合いで解決できる仲も居れば、殺し合いでやっと分かりあえる仲があるんだって、魔狩人と勇者は……多分そうなんだろうね』
涼やかな笑顔で、彼は宣った。傍にて演説していたメルディに顔を向けるユート、メルディは一歩下がりそうになったが、キッと睨み返して足をしっかり地面へつけた。
『ついさっきまで卒倒したり漏らした少女がまぁ、一丁前に睨みつけるね』
『ええそうよ、恥も十分に受けた、ならもう後は死ぬだけ……怖く無いわ』
嘲に啖呵を返すメルディに、ユートは口笛を吹いた。そしてユートは第一クラス訓練生全員に告げた。
『僕が聞いてたからって、腰引けた輩居ないよな?まだ彼女の演説の熱は冷めてないよなぁ、そのままグラウンドに来なよ……まぁつまりは』
涼やかな笑顔が、一瞬で冷徹なる顔に変わり、そして告げた。
『全員雁首揃えてかかって来いよ、相手してやっからよぉ』
そして、今に至る。勇者訓練校二学年第一クラス全員40名VSユート1人。
蹂躙である、数だけ見ればユートに勝ち目はないだろう。しかし此度の数は無意味!目の前の魔狩人は、冠名持ち勇者と肩を並べる実力を持つ!対するは勇者とはまだ程遠い訓練生!
国から命が下るならば一言だろう『逃げろ!』しかあり得ない!
しかし最早退路は自ら絶っている!それ程までに、第一クラスは高揚してしまっていた!
「どうするよ、レン?」
「どうするって……」
レンはリッドに尋ねられた、もうこれどうにもならなそうだけど、どうするかと。
レンは考えた。死は免れないだろう、と言うか、何もできない。数云々では無いのだから……だが、そのまま死ぬ気にはなれない。
「最後まで戦うしかないかな」
「聞くべきじゃあなかったなー……」
そんな事を話していると、いつの間にか、何やら隊列が組み上がりつつあった。
「魔法部隊!エーテル剤装填!第一射後に白兵部隊突撃よ!放て!放てぇぇええ!」
メルディの号令を元に、杖型魔導機持ち達による即席部隊が、各々得意とする魔法が放たれた。炎の槍に、水弾に、風の刃に、土の杭……直線放物線描いて、ただ1人を討ち果たすために全てが注がれている!
配慮一切無し、殺意の塊である。それでも、それでもあの魔狩人は、ユートは生きているだろうなと。レンもエーテル剤を装填し、リッドも手甲型魔導機の中で拳を握った。
「来た来た、じゃ、使ってないやつ使いますか」
40名内10数名か、魔導機より魔法が放たれてユートは、ニヤリと笑う。そして呼び出した。
ユートの虹彩が、瑠璃色から更に深い青に染まる。そして、勇者訓練生の制服の上から、まるでパステルから飛び出て来たかのようにそれは具現化した。
「な、なんだ!魔狩人!変化しました!!」
「怯んじゃダメ!魔法部隊はエーテル剤再装填!着弾したら白兵部隊突撃!白兵部隊が突破されたら二射を発射よ!」
クラスメイトの1人がユートの変化を視認したが、メルディが怯むなと制した。そして着弾していく魔法の雨、様々な魔法の着弾に土煙が起こり、衝撃波も爆破音も響き渡った。
「着弾!白兵部隊突撃!」
メルディの声に、訓練生達が駆ける。剣型、槍型、斧型と魔導機を携えた訓練生達が土煙に向かった。
そして、土煙が消えて。その先にはまだユートが立っていた。深い青色ベースの、訓練生制服と違う服を纏い、無傷で立っていた。
「ふぅうぅうう……アッッッ!!」
ユートが、声を上げた。その瞬間だった、突撃していた白兵部隊の訓練生十余名、それらが一斉に耳から、目から、鼻から血を吹き出して皆地面に勢いよく倒れて行った。
「えっーー!?」
指揮をしていたメルディが、あまりの事態に目を見開いた。背後にて待機していたレンと、リッドも、この一瞬の出来事には驚かざるを得ない。
「今、まさか声だけで……」
「だろうね、耳がツーンってしてる」
レンは耳がまるで砲撃を聞いたかのように鳴り響いていると、耳穴を小指で掻きながら頷いた。
「コールオブ・クトゥルフ……声を聞いた輩のあらゆる感覚を破壊する魔法……聞こえてないし、見えてもいないか?」
倒れ伏した白兵部隊の壁を、悠々と歩いてユートが突破する。瞳の色が瑠璃色に戻り、服も消え去り訓練生制服に一瞬に変化した。
「ま、魔法部隊!次弾発射急いで!」
「待て!巻き込むぞ!引きつけないーー」
メルディの指揮に魔法部隊の訓練生が1人待ったを掛けた瞬間だった、訓練生が宙を舞った。メルディの目の前には、石の隆起がいつの間にか発生していたのである!
「あ、アースグレイブ!?土魔法で崩しに来た!?」
勇者が扱う魔法に、地面から隆起させた岩を発生させる、アースグレイブなる魔法がある。それと類似した魔法が放たれて、魔法部隊の1人が吹き飛んだ。
そしてメルディは見た、ユートの姿がまた変わっていた。
それこそその姿は、まるで魔導師の如く。灰色に染められた服と、禍々しい杖を携えて地面を杖で打ち付ける。
「ゾアクエイク」
地面に、亀裂が走りそれが魔法部隊の列に奔り、そして瞬時に岩の隆起が発生して、魔法部隊も宙に舞った。
白兵部隊、魔法部隊が、たった二回の魔法で全滅した。残るは……指揮していたメルディ、そして背後にて待っていたリッド、レンの4人のみ!
目から、耳から、鼻から血を流し、暗闇を蠢く白兵部隊。そして打ち上げられ着地できず、その痛みに呻く魔法部隊の中で、4人だけが立っていた。
「くっそぉおおお!」
メルディが涙ぐみながら、自ら杖を振るい無茶な突撃を始めた。
「おいおい、魔法使えよ」
こればかりはユートも失笑せざるをえず、灰色のローブは霧散して瞳も瑠璃色に戻り、杖が振われる前に右の平手打ちでメルディを叩いた。
「あっっ!」
「うし、後はレンとリッーー」
横に倒れ行く最中、メルディの目はまだ諦めていなかった!杖型魔導機の先端を横腹に当てて、遂にと力を込める!
「フレイムランス!!」
横腹を貫通する、炎の槍。体組織を、内臓を焼く炎の槍が、ユートを遂に貫いた。
「メルディちゃんが一発当てた!」
「メルディ!」
「ざまぁ、みなさい!」
膝をつき、してやったりとばかりに笑みを浮かべるメルディ。ユートはキョトンとしながらもタタラを踏み、足は力が入らないのか踏みしめれない。
だが、それが駄目だった。その一発が正しくユートに火をつけたのである。
「おあぁああ!!」
「えーー」
一瞬だった、タタラを踏んだユートが吠えると、左手でメルディの顔面を鷲掴みにして、後頭部を地面に叩きつけたのである。
その勢いは、華奢な彼女の腰から上が叩きつけに追いつかず真上に浮き上がる程であった。
「燃え尽きろぉあ!!」
そう叫ぶや、メルディの肉体に炎が一気に広がり、勢いよく土煙を上げて爆散した。
宙を舞うメルディ、そして着地した先でリッドとレンが見たのは、痙攣して身体中の彼方此方が焼け爛れた、メルディであった。