戦闘訓練
食事を終えた訓練生達は、午後からの教練にむけて準備を進める。午後の最初の教練。第一クラスの面々は、校舎敷地内の屋内訓練場に集められていた。
さて、勇者達の魔導機には様々な形がある。
レンやジルパの様な剣の魔導機、リッドが右手に装着する手甲の魔導機、メルディの様な魔法を得意とする勇者が使う、杖形魔導機と様々だ。
他にも槍型、銃型、斧型……様々な形状の魔導機が存在する。勇者達はこの魔導機を、自分の扱いやすい様に、戦闘時に重視する形を考え、改造したりするのも、学習の一つとされていた。
そう言った武器を扱う為、修練を積まねばならぬのも事実である。いかな勇者とは言え、生まれてから剣の天才など居る筈も無い、槍の名手などいない。勇者となる彼らは、訓練校に入る前、初等教育時代から武器に触れ、自らに見合う武器を探し、その魔導機を得物とする。
そうした戦闘訓練では、魔物とが一番経験に良かろうが、流石に野に放って魔物を狩って来いなどとはできない。故に戦闘訓練は対人戦によっての稽古となっている。
「おぁあ!」
「くぅっ!?」
無論、レンの姿もそこにあった。稽古用の木剣がぶつかり音を鳴らし、レンが後退する。対する相手は青髪のクラスメイト。名前は、ランディ・オスティン。2学年第一クラス、男子筆頭である。
勇者訓練校は、学年、クラス内の男女で『筆頭』という立場の者が居る。彼らは言わば優等生、成績トップとしてクラス、学年ごとに座し、時に魔物討伐の要請が降れば、クラスにおける指揮権すら委ねられる。
2学年筆頭は、第二クラスのジルパ・アッシュラウドであり第二クラス男子筆頭兼任、その下に第二クラス女子筆頭と、第一クラス女子筆頭メルディ、そして男子筆頭ランディ、という上下関係が構築されている。
レンは槍玉に上がっているが、彼はあくまで『第一クラスの魔物討伐数トップ』というだけであり、成績は中の上あたりである。
剣術の腕前も確かではあるが、ランディ、そして同じ種から生まれたジルパに比べたら下回ってしまう。
「はっ!!」
「っっつああ!?」
ランディの木剣がレンの木剣を巻き上げて宙に弾き飛ばした。そのまま顔面に木剣の先を突きつければ、ランディは苛立ちを抱えながら、首を横に振った。
「出ろ、レン、終わりだ」
「はぁ……はぁ……」
ランディは、木剣を拾い囲いの線から出るレンを睨む。解せぬと感じた、何故実力も、膂力も下回るこのクラスメイトが、撃破数トップを維持して生きているのかと。
何より……あの獣、魔狩人と打ち合って生きながらえているのかと。
ランディもまた、前日にユートが、担任のグラードゥスに襲いかかった際、教室に居た。そして、恐怖して立ち上がれなかったのだ。悔いていたし、それが許せなかった。足が床に張り付いた感覚は、今でも覚えていた。
それなのに、レンは即座に立ち上がり、先生と共闘して生き延びたのだ。しかも、午前中には筆頭のジルパを血祭りにあげたあの獣を、戦わず諌めたらしい。
手を抜かれているのかとも思った、しかし、それは無かった。食らい付いてくる様子もあったし、あの息切れは演技では無かった。
となると……ランディの目線は、木剣をくるくる投げて弄ぶ、獣の方に向けられた。
「ランディの奴、気が立ってるな、大丈夫かよレン?」
「いや、駄目……強いな、才能の差なのかな?」
囲いから出たレンに、リッドが心配そうに尋ねた。クラス男子筆頭ランディが、嫌に気を立たせている。床に座りながらレンは汗を手で拭い、まだやる気らしいランディに目を向けた。
時々思う、こんな剣の腕前で良く、自分は今日まで生き抜いて来れた物だと。ランディ、そして腹違いの兄弟であり学年筆頭のジルパと、自分の剣の腕は天と地ほど差がある。だのに、いつの間にか魔物討伐数は重ねているという矛盾が、レンを曇らせた。やはり、運がいいだけなのか。
そんな風に思っていると、ランディが声を上げる!
「おい魔狩人!次はお前だ、囲いに入れ!」
レンも、リッドも、マジかとランディに目を向ける。そして呼ばれたユートは、俺か?とばかりに自らを指さして確認し、囲いの中に入った。
「そう言えば……あいつ、剣で戦うのか?」
その姿を見てリッドがふと呟く。
「と言うと?」
「あいつ、魔導機持ってないだろ?俺達の時は何か黄色い刃だったし、ジルパの奴には徒手だったよな?木剣持ってやがるし、剣術もできるのか?」
尋ねたレンにリッドが、どうなのだろうかと注視しながら疑問を浮かべた。そも、あの魔狩人、魔法で戦っていたし、黄色の可視化された刃を前腕から伸ばして使っていた。
剣術も心得があるのだろうか?手には木剣が握られている以上、剣で戦えるのかと、レンはランディと向かい合うユートにしかと目を向けた。
となれば、クラスの皆も注目する。メルディの魔法の才と誇りを爆散させ、学年筆頭ジルパを命乞いさせた魔狩人。最後の砦は、我がクラス男子筆頭のランディとなれば、皆が固唾を飲んで見守った。
「構えろ魔狩人、ルールは簡単だ、剣をはたき落とすか、一撃当てるかだ」
「よろしくお願いします」
人の真似をするかの様に一礼するユートに、ランディは両手持ちに木剣を構える。それに対して、ユートは片手構え。右に握った木剣を、切先が喉元を狙う高さにキープする。
一丁前に剣術の真似事か、獣の癖に。ランディは眉間に皺を寄せた。この戦い、いや訓練ではあるが皆が固唾を飲み見守った。間合いをジリジリと詰めるランディに、対するユートはリラックスして迎え撃とうとした様子か。
最初の一合、差し出された切先をランディが下から打ち払い間合いを詰める。そして素早く頭に振り下ろしにかかった。早い、このまま更に敵の内に入り込み、畳み掛けるのがランディの得意とする戦いだった。
「むっ!?」
だがそれはさせないと、ユートは逆にランディへ間合いを潰して互いに身体がぶつかった。ゼロ距離となり、剣が振るえず、ランディとユートが互いに素早く引き下がる。
獣の本能か、はたまた知っているのか?ともかくユートはランディの剣を先ず潰した。
「獣がぁ……」
ランディの呟きは、誰にも聞こえない。対する相手も聞いておらず、しかと目を外さない。
と、この刹那だった。
「よっ」
気の抜けた声と共に、ユートの剣がすっと、ランディの胸板に伸びて来たのだ。
「うっ!ぁああ!?」
あまりに、自然に伸びてきたのだ勢いとか、殺気とか、それら無しに。まるで持ってみろと渡される様な伸び方にランディが後退した。
意表をつかれたランディに、ユートが隙ありとばかりに間合いを詰める。またも胸板に伸ばす様な突きを放つ!
上手い!詰め方といい、タイミングといい、ランディは悔しくも認めざるを得ないと、崩れた足を無理矢理力を入れて踏みとどまった。
「ぬぁああ!!」
薙ぎ払い、木剣同士がぶつかり、音を立てるそして互いの木剣は、中程から折れて宙を舞った。
「折れちゃったか……凄いね」
ニコニコ笑うユートに対し、生きた心地がしないと折れた木剣を見つめるランディ。破片二つを拾いながら枠外に置いた。
「いやはや、凄いね、木剣折っちゃうなんて……参りましーー」
「ふざけるなよ、貴様!」
参ったと言おうとしたユートに、ランディがそれを言わせなかった。
「手を抜くな!殺す気で来い!先生に襲いかかった様に、ジルパを命乞いさせた様に!!手を抜くなんて許さん!!」
ランディが怒鳴りつけた、周りも同じ気持ちだ。明らかに雰囲気も何もかも違う、手を抜いているとしか見えなかった。この1日で、最もユートの戦いを体感した訓練生、レンすらも、何事かと思うほどの変わり様だった。
「えー、やだ、だって訓練でしょ?死傷者出したら駄目じゃん、て言うかここで死ぬ必要ある?」
「なっ!?」
ユートは細目で、気怠げに断った。理由は訓練の時間だからと言う、授業中だからとユートは、最もらしい事を宣ったのだ。
「訓練生が訓練中に事故死とか笑い物じゃん、魔物と相打ちして名誉の死ならまだしも……今じゃないよね?」
訓練中に事故死とか洒落にならん、だから訓練の域を出ないようにしている。勇者となる筈の人間が、訓練中に事故死とか笑い話にしかならないだろう、理由は最もらしかった。
「それと、センセーのあれは警備兵の勝手、ジルパは喧嘩売ってきたからだから、今は授業中、休憩中になら構わないから今はやめなよ」
そこへ、先のグラードゥス先生や、ジルパには理由があるし、授業中に喧嘩売るな、休憩中なら相手になるからと、対案まで出した。
今更だと思う、初日にかかって来いと言ってきた勢いとか、何処へ消えたのだと、皆が思った。しかしまともで、反論出来なかった。
訓練内容を履き違えるな、今は授業中、そのかわり休み時間ならいつでも相手になるからと、一から十まで説明したのだ。
「じゃ、僕はこれで、次の相手を探しーー」
だが……これを、この場に居たランディからしたら、こうとも捉えられてしまう。
『えー?雑魚勇者見習いの君を訓練で殺しちゃうから、本気なんて出すわけないじゃーん』
『つーか、訓練で死んだら君って笑われるよねーやめときなよープスプスー』
『休憩の片手間に相手してやるからさー出直してきなよー』
「ーーてくれ」
「ふざけるなぁあああああ!!」
そう言って振り返った矢先、折れた木剣を、ランディはユートの脳天向けて振り下ろしたのである。
バギギィ!と、更に木剣が折れた。第一クラス全員が驚愕した。怒りのままに木剣を振り下ろしたランディ、しかも、魔狩人相手とは言え、戦う意思を放棄した相手を、背後から殴りつけたという事実が繰り広げられたのだ。
「ユート!?」
「お、おい?あれマジでヤバくないか?」
いくら何でもそれは駄目だ、レンもリッドも立ち上がったし、何よりこの場で訓練に参加していた第一クラス全員が戦慄した。
かく言う、ランディ・オスティン本人も、今更になって自分が起こした事態をやっと理解した。この場で、魔導機を傍に置いていない場所で、魔狩人に喧嘩を売ったのだ。しかも後ろからの不意打ちという、勇者らしからぬ場末の酒場の如き方法で。
ユートの後頭部から、首元に血が流れ始め、ピトピトと滴り始めた。本気の一撃だった事を現している。
二歩、三歩とランディが、顔面を蒼白に染めて後退る。ランディは、防御するなり、回避すると思ったのだ。そこから本気にさせる気だった。が、まさか防御しないなどとは予測してなかったのである。
振り返るユート、額側からも血が滴り、顎に伝っている。人間ならば重傷だ、しかし、魔狩人たる彼は、傷はたちどころに塞がってしまうのは知っている。それでも、あまりにホラーすぎて、ランディは遂に尻餅をついてしまったのである。
「気は済んだ?」
そして、報復はなかった。額から血を拭い去りながらユートはそう言ってから再び背を向けて、枠外から出て行ったのである。
この様子を見て、勝敗をつけるならば、引き分けという事になるだろう。しかし、ランディが背後から襲撃した事実、それに対して仕返ししなかったユートという縮図に、皆がやはり一つ胸中に抱えてしまった。
ランディ本人も、幽鬼の如く、力無しに立ち上がり、訓練所の壁で塞ぎ込んでしまったのだった。