ウェルダン、レア
メルディが医療班の担架に乗せられて運ばれていくのを眺めるユート、一体どうしたのだろうかと首を傾げてから、他に聞ける輩も居ないので、レンに確認を取ることにした。
「ねぇレン、なんでメルディはぶっ倒れたの」
「君が悪い、君が彼女の支えというか、アイデンティティを木っ端微塵にした」
「えぇ?」
「メルディはついさっきまで学園内で、ただ一人の4属性を扱える勇者だったんだよ」
「え、全員扱えるんじゃないの?」
「普通は1属性、2属性持ちはまぁ居る、3属性持ちで魔法適正最高、4つなんて過去の勇者を代々遡っても、数えるくらいしか発現してないんだよ」
頭を押さえるレンに、ユートはふぅんと生返事をした。
「お前、メルディの魔法を弄んだし、そこに4属性使えます発言だ、誇りもアイデンティティも木っ端微塵だよ彼女」
メルディは、その才覚故に飛び級でこのクラスに居る。彼女は第一クラス女子の筆頭だった。才女であった、それが二度も打ち砕かれたのだ。同じ勇者ならまだ受け入れただろうが、その相手が魔狩人ともなれば、彼女の衝撃は計り知れないだろう。
「謝ったほうがいいかな?」
「やめろよ、死体蹴りするな」
「レン、口が悪いよ」
「そうもなる」
ともかく、メルディが気絶という事態になった為、ユートの更なる魔法が皆に披露される事は無くなったのである。このまま授業は終わりの鐘を響かせて、解散となったのだった。
昼が来た。
即ち、昼ご飯のお時間が来た。
訓練生達もやはり形は人間、腹も空く。午前の教練を終えた訓練生は、皆こぞって食堂へ足を運ぶ。
訓練生の食事は優遇されていた、所謂バイキング形式。ただし、残してはならないという決まりがある。残した場合は反省文が待っており、訓練生達は必ず、食べれる分だけを取る事にしている。
レンとリッドの姿もそこにあった、無論共に食事をしていた。そこにメルディが横並びになり、3人で食事(ただしリッドとメルディは互いに決して話しかけない)がいつもの形である。
しかしメルディは今医療棟故、久々に二人で食事となった。
「いつも飽きないね、リッド?」
「それは、俺も言いたい台詞だ」
バイキング形式とは言え、彼らは1年、この食堂を利用している。そうすると最初こそ色々手を出すが、落ち着いて来て、結局決まったメニューを毎日食べるのだ。
さて、それを踏まえた上で、シェイン王国という国の料理の特徴を説明すると、味が濃い、量が多い、種類豊かの三つで説明がつく。これは、勇者という存在の歴史があるからだ。
勇者の配合で、様々な亞人達が流れ込み、彼らの料理もまた勇者達は食べて、伝えられて来たわけだ。戦う勇者達の腹を満たす、そうして多種多様な料理をさらに多く、大きくしていった結果、多量を良しとする食文化が生まれた。
とは言え、これから午後の教練がある以上、多量には食えない。
リッドはプレートに盛られたマッシュポテト、その傍らには炒められた手羽元に甘いソースをかけた物。
レンはサンドイッチとフライドポテトに玉ねぎのスープという組み合わせであった。
「つーか、あの魔狩人どこ行ったよ?」
マッシュポテトをスプーンですくい、手羽元のソースに浸して口にする前にリッドが、レンに尋ねた。
「それが、姿を見失ったんだよ……」
「迷ってんじゃねぇの?もしくは、食堂から追い出されたとか?」
あり得ない話ではなかった、魔狩人と食事なんかできるかと、視線だけで追いやりそうだった。なら、昼飯はどうする気なのだろうと思っていると。
「なぁ、転入した魔狩人が校舎裏の廃屋に住み着いたらしいぜ?」
「寮は使わせられないからだとさ、さっき校舎裏に行くのを見たやつが居るらしい」
「ま、相応だろうよ、野の獣の足跡で食堂を汚されたら敵わん」
後ろを通りかかった訓練生達の集まりが、そう話すのをレンとリッドは確かに聞いたのだ。
「後で行くか?何食うか気にならねぇ?」
姿を消した魔狩人の少年は、いったい何を食べるのか、勇者見習いはやはり気になって仕方なかったのだった。
魔狩人の食事は……聞いた話だと、腐肉を食らったり、生で肉を食ったり……泥水を啜るとも、血を飲むとも聞く。しかし、それは無かろうとレンは思った、何しろ午前中、決闘沙汰となったジルパが腐肉を投げつけて、それを蹴り返したくらいだ。
だから、普通の食事をしているだろうと、レンとリッドは少し早めに食事を切り上げて、話に聞いた校舎裏の廃屋に向かっていた。
その昔、敷地を警備する職員が駐在に使っていたが、今は手入れがされておらず、まず近づく輩は居ない。校長も、反省文の際に人間と認めて欲しいならと綺麗な言葉を並べていたが、やはり根っこはそう変わらないらしい。
レンとリッドが、あまり馴染みない敷地内の外側を歩くと、確かに廃屋が見えた。そして居た、ユートが制服の上着を脱ぎ、何やら煙が上がっていた。
「何してるんだ、あの魔狩人?」
「何かを焼いて……うん!?」
煙が上がっているなら、何か焼いているのだろうかと近づいて、レンはその漂う匂いに鼻が震えた。一瞬で理解してしまう、牛肉の焼く匂い。芳しく香ばしい、腹を空かせてくる匂いだ。
レンが、ゆっくりと、無言で近づき出して、何事かとリッドもついていき、気づいてしまう。そうしていつの間にか、ユートの背中の近くまで来てしまった。
そのまま、レンはユートの左側から、リッドは右側から何をしているのかと覗き込めばすぐ分かった。
網の上で、見た事も無い巨大な肉の塊が、炭火で焼かれていた。食堂のバイキングでも、ステーキはある。しかしそれより遥かに分厚く、大きいのだ。
「レン、リッド、昼ごはんもう食べた?」
「え!?」
「あ!」
二人が来ていたのに気付いたのかはたまた、今気づいて尚且つ驚かなかったのが、ユートは二人に尋ねた。
「まだ、余裕あるなら食べてく?ビステッカなんだけど」
「ビステッカ……?」
聞き慣れない名前の料理に、リッドが首を傾げた。いや、これ巨大なステーキだよなと、これが魔狩人の食べる料理なのかと、その肉の塊を凝視した。
「ロマルナ式のステーキ、まぁ僕が焼いたらビステッカもどきになるんだけどね」
振り返り、二人を見てからユートはある場所を指差し、レンとリッドは、その指し示す場所に、丸太の椅子と木のテーブルが設置されているのを見た。
「そこで座って待ってて」
魔狩人は人間と同じく食器を使うのだなとか、もうそんな話を逐一する必要は無かろう。レンとリッドの前に、白い皿、キラキラに磨かれた銀のナイフとフォークが置かれているわけだ。
そしてユートがやって来る、大きな皿の上に、焼かれた肉の塊を乗せて。それを中心に置くや、レンとリッドがそれを見て思った。
『焼きすぎでは?』
周囲が焦げ付いている、しかしこの巨大な肉を焼くならこれくらいにはなるのか?と凝視していると、ユートが、ナイフとフォークを持ち、フォークで肉の中心を指し示す。
「ここに骨があるよね、ここを境に味が変わる、ビステッカはこの骨つき肉を、ロマルナ共和国公認シェフが、指定した肉牛の肉で、規定以上の重さの物を焼いた料理なんだ、僕はシェフじゃないからもどきになっちゃうけどね」
ビステッカについて説明しながら、ユートのナイフが肉に突き立てられ、ゆっくりと切られていく。
「え、あれ?赤い……」
周囲の焦付きとは全く違い、中はまだまだ赤身が残っていた。レンやリッドからすれば、これは生焼けである。
「シェインは肉を良く焼いて食べるからね、けど炭火でじっくり焼いたこれは、ちゃんと火が通ってるよ」
肉の一切れをユートがフォークで押すと、じんわりと溢れ出して来た肉汁。赤みもまるでルビーみたいに綺麗な輝きをしている。それを刺して、リッドの皿に取り分ける。
その時の肉の動き、ふるんと、活き活きとした動きにリッドは思わず言ってしまった。
「すごいテロンテロンしてるんだけど」
「うん、いい感じ」
焼き具合に満足しているユート、レンの皿にも大きな一切れが取り分けられる。しかもだ、切り分けた本体から覗く赤みの部分、これがまた誘うような輝きをしている。
魔狩人が腐肉を食う?生肉を食う?違う、じっくり焼いた赤み肉を食うのだと、この1品で理解した。ロマルナでは魔狩人が普通に暮らしていて、その料理がねじ曲がってシェインに伝わったのだろうとレンは理解した。
「どうぞ、塩胡椒、オリーブオイルで味をつけていいし、そのままもいいよ」
ユートが着席して、食べていいと促した。
魔狩人が調理した、肉料理。シェインの勇者見習いが、それを食すというそれは、まるで禁忌めいていた。
そも、シェインに赤身肉を、焼けてないように見える肉を食べる文化は無い、躊躇うのが当たり前だ。だが、そんな躊躇いが封じられる程に、さも前から食べ親しんでいたかのように、リッドのナイフはそれを一口に切り分け、そして口に入れた。
噛む、湧き出る、噛む、肉汁が湧き出る。
シェインの料理では柔らかさが不可欠だ、とろりとした食感が好まれる。しかしだ、このビステッカは、歯応えもあるのに……顎が疲れてもおかしいくらいに、リッドは噛んだ。
このまま……噛んでいたい。そう思わせたが飲み込んでしまった。
「あは、はは!おい、魔狩人!お前、これにヤバいやつ振りかけたんだろ!魔法薬とか!」
「するわけないでしょ、それがアル・サングエって焼き加減……シェインではレアになるのかな?そうして焼いた肉なんだ」
なんてこったと、リッドはまた肉を切り分けすぐに口へ入れる。そうしてからレンも、同じ様にして食べて……同じ感覚に陥った。
「シェインのステーキと全然違う……美味い!」
そうして、切り分けて貰った肉を二人は食べてしまった。先程食堂で食べていたいつもの食事など、もう忘れてしまった、まだ中心にあるビステッカが、光り輝いて見える。
「おかわり、食べる?」
「「お願いします!!」」
レン・ガーランド、リッド・モンディルスは、新たな肉の味を覚えてしまった。そして食べ終わり、また食べたいと思ったが、次にこの手の肉が手に入るのがまだ数ヶ月とユートに言われ、愕然とするのだった。