アイデンティティ
「いいか!貴様らは勇者なぞ名乗れぬひよっこの甘ったれだ!!たとえ民草がお前らを勇者様と呼ぼうが王国はまだ認めちゃいない!!わかっているだろうな!!」
「「「「はいっ!!教官殿」」」」」
「貴様らひよっこ共が勇者と認められるには!!これから更に二年心身を鍛え!!単独で魔物を討伐できてやっと勇者と呼べる実力になる!!一年生き残った程度で調子に乗るな!一年を経たずに散って行ったひよっこ達の分も、貴様らは生存し!1匹でも多くの魔物を狩らねばならぬ!!」
「「「「はいっ!!教官殿!!」」」」
「ではまず不規則ランニングから!」
二年次生クラス1の3時限目は、座学では無く身体教練であった。勇者は、魔物と戦う者、そもそもが身体の基本無くしては勝つこともできぬ。毎日必ず1時限、もしくは2時限連続のカリキュラムにてトレーニングを課せられる。
彼は勇者訓練校の名物教官だった、とても厳しく、とても熱い。しかし、その厳しさは散って行った勇者になれなかった若人、死んでいった同輩達と同じにしてはならぬという熱意と優しさから来ていた。厳しき魔物との戦いで折れぬ心技体を磨かせるため、今日も彼は檄を飛ばす。
不規則ランニングとは、訓練生達のスタミナ、そして反射神経を養う伝統的訓練だ。
通常ペースのランニングから、教官の吹くホイッスルを聞いて、そのホイッスルに対応した行動を即時に行う。因みに、これを覚えておくのは一年次生の時にしておかねばならない。
そんな中、編入して来たユートが、初参加で、通告も予習も無しに参加する事になったのだ。
しかし!教官はそんな事知らない、関係ないとホイッスルを鳴らす!!
恥をかかせてやろうと言う魂胆があったか?多少あった、しかし教官は何より確かめたかった、魔狩人の反射神経、理解力は如何なるものかと!
グランドを走りだす、クラス1の面々。先頭には相変わらずリッドが陣取っている、スタミナや体力ならピカイチだが、他は難ありの候補生だ。
次点で見知った顔、中間の固まり中にレンとメルディが居た。飛び級でこのクラスに入った才女、そしてクラス1魔物討伐スコアトップの実力派。
後方には主に女子、そしてこの不規則ランニングの合図を警戒し、体力温存している組も居る。それも正しい、が、あまりペースダウンせぬ様に目を見張る。
で、件のユートという名前の獣は……。
「む?」
なんと、先頭集団組に追走するどころか、リッドの背後に迫る。
教官は頷く、やはり野の獣、自然を駆ける体力は申し分無し。ならばと、いよいよ教官が、ホイッスルを口に咥え、吹き鳴らした。
ーーピッ!!
短く一回、反転の合図。リッドが反転したのを見てからそれに追従したあたり、見てからの反応で理解したらしい。
ーーピッピッ!
短く2回、反転後にダッシュ。反転後の加速を確認してすぐ走り出した、そしてリッドの斜め後ろをピタリとマーク。先行して笛の内容に反応しない為か、決して先頭には立たない。聡いようだ。
ーーピーッ!
長く一つ、地面に這う。これも併せて反応した。
ーーピッ!
立ち上がり走行再開。しっかり反応し、合わせる。
「成る程、獣は機敏か、これはどうだ?」
ーーピッ!ピーッ!ピッ!!
短く、長く、短くで3回のホイッスル!これは『反転後、一歩5秒を掛ける感覚でゆっくり動け』である。こうして、ただの激しい運動ではない、突然の緩やかな運動にて肉体をいじめ抜くのだ。
さて、あの獣はどうかと見ていると。
「ふん、反応したかーーうん!?」
しっかり、ゆっくりと動いていた。だがしかしこの教官、見てしまったのである。右足から、左足へゆっくりと動かす最中ーー。
『両足が地面から浮いてた』のだ。
教官は目を擦り、もう一度確認する。右足が着地した、踏みしめる、左足が前に出る……間違い無く浮いていた。反転して、魔狩人の背中を追従する形になっていたリッドも気付いたらしく、足元と背中を二度見していた。
ーーピピーッ!と、教官が終了のホイッスルを鳴らして、皆が止まる。こんなに早く終了のホイッスルが鳴る、即ち誰かが何かをやらかしたという事になる、魔狩人も着地して、リッドは目をパチクリさせて、現実かも理解できず、教官は小走りで訓練生達に近寄って行った。
「おい、おい、魔狩人、お前だお前……」
「僕ですか?」
無論、相手は魔狩人である、キョトンとしらばっくれる魔狩人に、教官と、息を飲む訓練生。リッドは気付いていたが、他の生徒は皆見ていなかった為、レンやメルディも、何をやらかしたのかと二人を見ていた。
「どうやって浮いた、いやまず、ホイッスルの意味は理解しているか?」
「はい、反転して、ゆっくり動けですよね?」
理解はしている様だ、そして教官の浮いたという単語に、皆が顔を見合わせた。
「理解しているのだな、なら、どうして浮き上がった?何をしたのだ?」
それを尋ねらたユートは、その場で軽く飛び上がった。そして皆が驚愕した。
「はぁ!?う、浮いてる!?」
「魔狩人は幽霊にでもなれるのか!?」
遠巻きの訓練生達は皆驚きを隠せなかった。魔狩人のユートが、確かに、皆の前で浮いていたのだ。およそ拳骨二つ分の高さで、揺れながらだが浮き上がっている。が、ここで絡繰に気づいたのが、教官とメルディだった。
「風魔法を、あんな小さな範囲で、固定して使ってる……」
「よくもまぁ、こんな離れ技を」
ユートは、風魔法を極小範囲、足元で発生させて浮遊していたのだ。
そもそも、勇者達はまず魔導機を介さなければ魔法を発動できない、これが前提である。そしてその魔法や魔導技の威力や範囲は『強化』する事は出来ても『弱化』はできない。
魔法の使い方を理解し、自らの血統にエルフの血が濃ければ更なる魔法を発動できるが、その魔法の威力の『最低ライン』は決められている。それ以下の魔法は行使すら出来ず、空撃ちになるのが当たり前だった。
「魔狩人よ、なぜこの様な事をした、意味はあるのか?からかいか?」
しかし、だからとて今この場でそれを行なった意味があるのかと、教官は尋ねる。からかいなら叱責だ、真面目にやる気が無いと見ていい。しかしユートは返した。
「すいません、魔狩人は魔法の理解と修行の際、こうして小さな魔法を行使し続け、精神力や集中力の保持を高める練習をするのです、ゆっくり動くそれが酷似してまして、思わず体が反応してしまいました」
ユートがそう言うと、ああー、成る程ねと、クラス1で主に杖型魔導機を使う訓練生達が理解を示した。
「む……成る程、勇者の魔法教練にも似たような方法があるな、専用の機械を使うが」
意味があったのかと教官は顎に手を当て、類似した訓練方法が勇者達にもあるなと納得した。
「今後はランニングの際、それはしなくていい、周りに合わせるように」
「はい、ごめーわくお掛けしました」
「よし、次の教練に移行する!!」
絡繰と理由を理解して、教官が次の教練に移行の指示を出した。とりあえず、この魔狩人は基本礼儀正しいらしい、担当教官グラードゥスによれば、余程な事をしなければ、まず暴れないと言う。様子見だなと、教官は次の教練の場所まで、皆を走らせるのだった。
魔物と戦い、魔物を討つのが勇者の使命であり任務である。その為、魔導機の扱いが体得できてなければ意味が無い。
「フレイムランス!」
「アクアバレット!」
「風撃一刃!」
「豪炎撃!」
訓練生達から中々に離れた場所に打ち付けられた標的へ、訓練生達が次々魔導機を起動させ、そのカートリッジに記憶された魔法、魔導技を放っている。足元には空になった硝子筒が散乱し、それを他の生徒達が拾い、回収の籠に入れていく。
訓練用エーテル剤により、威力が最低ラインに強制的に抑えられた魔法や魔導技は、標的に命中すれば霧散し、外せば宙にて消える。あくまでこれは、当てる訓練だ、威力よりもしっかりとした命中を心掛けるように重きを置いている。
二班に分かれ、充てがわれたエーテル剤を打ち尽くして、交代。終わったら容器掃除に加わるという流れだ。
が……ユートは教官の横で体育座りをさせられていた。
「よし、全員打ち終わったな、魔狩人よ……お前の番だ」
ユート以外の全員が打ち終えた所で、教官が促した。何故わざわざ、皆を終わらせてからユートに標的の前へ立たせたのか、それを説明するとばかりに教官は訓練生達に体を向けた。
「さて、目撃した輩も居るだろうが、この魔狩人は教官1名と訓練生2名を相手取り、追い詰める事すら敵わん。魔狩人の戦力は如何程になるか、分かる者は居るか?」
訓練生からして、魔狩人の戦力はどう思うか?どれ程か、それを聞かれて皆は……答えれなかった。
何故か、彼らは見習いであれ、訓練生であれ、勇者である。皆プライドが少なからずあるのだ、だから言えない。
『勇者より強い』なんて、口が裂けても言えなかった。
「えー、冠名持ち並み?」
静寂を突き破り、レンが手を上げて言った。しかも何という事か、この場に居たクラスメイト達が、皆信じられぬと彼を凝視した。レンは、まぁそうなるよなとは思った、隣に座っていたメルディですら、泣きそうになっていた。
「やけに持ち上げるなレン、何故だ?」
「実際、彼と戦いました、何より冠名持ちの勇者バルドーと、互角の膂力があるのを見せてます」
しかし、それは仕方がなかった。何しろレンは、ユートと対峙したのだから。あの魔法の凄まじさ、殺気、冠名持ち相手の余裕な態度、それを見て聞いて、触れて置いて『弱い』なんて言えるわけがない。事実を認めなければ、虚実に囚われてしまったら命を落とすのだから。
「直の体験は良い経験だ、そしてよく言った、よくそれを吐けた、お前はしぶとく生き残れるだろう」
教官はレンをそう評した。そして向き直り、魔狩人のユートに視線を向けて語り出す。
「魔狩人は、その体内に魔物を飼い慣らし、魔物の力を扱い戦うのが特徴だ、人間の身体に魔物の力を宿したからこそ、魔物と同じ人外の力を行使する事ができる」
訓練生達の誰もが、授業の中でも習う魔狩人の特徴。本来、敵対する魔物、それを外法にて体内に飼い慣らし、その力を行使する事ができる、それが魔狩人。
「差こそあるだろうが、その戦力は勇者に匹敵する!という訳で、力の一つでも見せてやれ、そして認めろひよっこ共、この魔狩人の高みをしかと理解して、超える努力を積め!」
認めたくなかろう、人より強い獣など、されど理解し、認め、力をつけろと教官が告げる。
さて、ユートは教官から力を見せろと言われたので思案した。風は昨日使った、火は今朝使った……では。
「えー、皆さん手を上げてください、土か水か、その力を見せようかと思います」
教官がキョトンとした、皆もキョトンとするなか、メルディが立ち上がった。
「ま、待ちなさい!あ、あなた……もしかして四大元素全て扱えるの!?」
メルディの言葉を聞いて、クラス全員がユートに注視した。リッドですら、レンですらもそのメルディの言葉を聞いて目を向けた。二人は、これまで風と火の魔法をユートが扱うのを見ていた、そこにさらに、土と水とくれば、それはもうまさかと目を向けるしかない。
「使えるよメルディ、だから僕の忌み名は、四魔なんだ、四つの魔を宿すユートで……四魔のユート」
メルディは、その事実にがくりと膝から崩れ落ち、白目を剥いて倒れ伏した。
「メルディちゃんがまた倒れたぞ!」
「この人で無し!」
「いや人じゃない!獣よ!」
「そうだった畜生!」
メルディ、本日二度目の医療等搬送とあいなった。