知らぬ者、別れた者
「つまり、ジルパ・アッシュラウドが魔狩人ユートに躾と称して挑発したのが始まりであると?」
「間違いはございません、校長」
「間違ってませーん」
レンとユートは、校長室に呼び出されていた。先程の決闘沙汰がすぐに教官に報されて、無論何も無かったなどとはできないわけで、事後報告という形になるが、事の次第を全て話す事になったのだ。
「それに、ジルパはこう言ってました、野の獣を躾る、とも」
「魔狩人は畜生とも言いましたので、畜生を躾けれなかった感じですね〜」
しっかり胸を張り直立不動に立つレン、ユートもそうしているが言葉尻や抑揚が、いかにも嘲笑を孕んでいた。
「つまり、決闘、私闘にあらず、キミたちはそう弁明するのじゃな?」
「はい」
「そうです」
「しかし……キミは今、我が勇者訓練校の制服を着ている、うちの生徒であり、勇者見習いでもあるわけじゃ」
「む?」
さて、ユートはこの一件を、ジルパによる魔狩人への、畜生の躾として決闘、私闘ではなく事故であると通すつもりでいた。ジルパもプライドからして何も言えないだろうし、言質もとってある。上手いこと口を使えばお咎め無しを勝ち取れるだろうと、レンにもそう伝えていた。
しかし校長は、それは通らないと制した。何故ならば君が、いくら魔狩人であろうとも勇者訓練生として、制服に袖を通して学んでいる。この場だけ魔狩人だから、などと宣うのは都合が良すぎると指摘した
「我々も、キミを差別する気は無い……しかして、才能ある勇者見習い一人を戦線から離すという事態にも陥っておるわけじゃ」
「ふーん」
「キミが……畜生であるならば、その制服を返して出ていきなさい、もし勇者訓練生の一人、人間だというならば……反省文を書いて今週中に提出なさい」
校長は選択を迫った、退学か、残るか。キミはそれ程重い事をしたのだと。人として扱われたいならば、人並みに反省を示しなさいと、羊皮紙を数枚ユートの目の前に突きつけた。それが嫌なら服を脱ぎ、獣として野に降りなさいと。
ユートは、ニンマリ笑って羊皮紙を受け取り、言い放った。
「明日の朝一に提出に参ります、御慈悲に感謝いたします、校長」
「よろしい、そして、レン・ガーランド」
「はい、何か?」
「よく止めてくれた、君の勇気に称賛を送ろう、君の言う事を彼が聞くなら、これからもサポートをしてやってくれ」
「は、はい……」
校長は、レンの勇気を讃えながら、彼が言うことを聞く現在唯一の存在ならば、学舎内での生活をサポートして欲しいと頼んだのだった。思わず生返事してしまったレンは……しまった!と遅くもやらかした事に気付いたのだった。
今この瞬間、ユートの監視を命じられたのだ!正式に!校長から!
即ち、今後ユートが何かやらかそうものなら、レンは監督不履行として責任を追求される立場になってしまったのだ。今生返事する場面ではなかったと、後悔してもすでに遅かった。
「よろしい、退出なさい」
「ご迷惑をおかけしました」
「し、失礼、いたします」
もう退出する雰囲気になってしまった、無常にもレンはユートの背中に追従し、校長室を退出するのだった。
「終わったか、二人とも、どうだったよ」
校長室を出た先にはリッドが待っていた、リッドに対してユートは羊皮紙を自慢気に見せつけて笑う。
「反省文、羊皮紙四枚で済んだ」
自慢する話かと、リッドは怪訝な顔をして、レンにも顔を向けた。
「校長直々に……ユートの監視を命ぜられたよ」
そしてレンの話に、ニッコリとリッドは笑って後退りを始め。
「そっか……レン、短い付き合いだったな」
逃げようとしたが、後ろ襟をむんずとレンは掴むのだった。
「待てやリッド、こうなったら地獄まで付き合って貰うぞ」
「やだぞ!?テメーで巻いた種だろうが!寮の部屋も変えて貰うからな!!」
「まぁまぁ、ここはレンを助けてあげなよリッド」
「原因はテメーだろうが魔狩人!何ちゃっかり部外者面してんだよ!!」
ユートにも袖を掴まれて流石に振り返って、リッドはユートの頭を小突いた、勢いで。
「あ!?」
小突かれたユートは、一瞬呆けた顔になるも、うんうんと頷いて何か納得して話し始めた。
「いやはや、まさか小突かれるなんて久々だよ、母さんのゲンコツを思い出した」
しみじみと語るユートに、二人は固まった。
「母さん、か……」
「ユート、ユートには父さん、母さんが居るんだな?」
「うん?」
この一言に、二人は少しばかり表情に影を落とす。ユートは首を傾げて、意味が分からないなと思いながら、語ってみせた。
「あー居たんだよ、10年前に死んじゃったけどね、大災害の時の、大殲滅魔法で」
それを聞いた、レンとリッドはまたも固まった。まずい事を聞いたという気持ちもあるが、何よりも、その存在が確かに『居た』という事実に、二人は頷きながらユートから目線を外した。
「そっか、両親が居たのか」
レンが呟く、それを聞いて、ユートはその表情から察したのだ。
「あ……二人とも、ごめん」
ユートが、魔狩人が頭を下げた。ユートも話には知っていたのだ、勇者出生のメカニズムと、彼らの人生の歩みを。
勇者には両親が居ない。
シェイン王国における勇者は、民草の様な恋愛や結婚というプロセスが存在しないのだ。
強き勇者同士が、国が定めた通りの強靭な交配例を元に充てがわれ、そして血を繋いでいく。そして生まれた赤子の勇者は、もれなく国家管理の育児施設にて充てがわれ、教育される。
人としての営み、愛はそこには皆無だった。
そして何より……勇者は、軍に配属されるまで、恋愛を禁じられており、民草との恋愛も許されなかった。さらに、互いに好きであっても、交配例が適合しなければ、子を成すことも許されなかった。
「戦果をあげれなかった勇者に至っては、劣勢配合として去勢されるんだぜ」
「まぁ例外もあるけどな、血統が良かったら種子として、苗床として活動できるし、それで強い勇者を何人も産んだ女勇者も居たらしいし」
三人は、校舎屋上の人工庭園の椅子に三人並んで、座っていた。例レンとリッドは、勇者がいかにして生まれ、そしてどう血を繋げるかのメカニズムを、ユートに語っていた。
それは、野の獣の魔狩人ですら、理解の範疇を超えていた話であった。
「話には聞いてたけど、嘘、マジ……キスもだめなのか?」
「処罰対象だ」
「セ×××も!?」
「もってのほか!!」
「あ!成る程!ア××つかうの!?」
「ロマルナじゃねぇんだぞ!異端審問で即死刑!!」
「いや、レンとリッドはどうやってその辺発散してるの!?」
「「そんなもん!薬で抑制しとるわ!!」」
「何の冗談だよ!!嘘だ!!なぁ嘘なんだろ?嘘だっ言ってくれよ二人とも!!」
「「僕『俺』だって嘘だと言いてぇよぉおお!でもなぁ、真実なんだ……揺るぎない、真実なんだよぉ!」
す、救えねぇ……ユートは涙を流しながら、後方に倒れ伏したのだった。
「……気は済んだか、魔狩人」
「あ、はい、付き合って貰ってごめん」
「劇場化症候群って厄介だね」
倒れ伏したユートが、体の汚れを払いながら立ち上がる。
劇場化症候群とは、ロマルナ被れが起こす精神疾患であり、受け入れきれない衝撃的な事実を飲み込むため、まるで演劇やオペラの様な仰々しい発声と身振り、台詞回しをしてしまうという精神疾患である。対処法としては、気が済むまで乗ってあげる以外無い。
無論、そんな精神疾患は無い。ただ、その場のノリである。
「まー昔はそうだったよ?今は比較的その辺、意思が効くらしいから」
「勇者の位を捨てたら民草と結婚できるし」
「あ、そーなんだ、安心したー」
ただし、それは一昔前の話だよとリッドとレンが捕捉して、ユートは安堵に胸を撫で下ろした。
「で……ユートの両親はその」
「うん、十年前の大災害、勇者達が放った大殲滅魔法で二人とも跡形も無く消滅したよ」
「いやおい、偉く軽く言うな、もっとこう、重いだろ」
すっ、と軽く言う者だからリッドは待てと諭した。両親が死んだのだから、悲しそうにしろよと。
「いやだって、いつの間にかって感じだったし……勇者も民草も、他国の人も沢山消し飛んだじゃん、なんも言えないってやつ」
しかし、その時はもうどうしようも無く実感が湧かないし、誰も彼も消し飛んだから悲しみ以上に無力さが際立ったと語ると、同じく大災害時はまだ施設で守られていた二人も、頷かざるを得なかった。
「それも、そうなのか?うん?ちょっとモヤつくぞこれ」
「そうなんだよ、僕の中ではさ……悲しんだり、恨む暇があったら、魔物をぶちのめすさ、じゃないとこの力を受け継いだ意味が無い」
リッドがモヤつく、何か腑に落ちないと言うが、そんな暇があるなら魔物を倒すと鼻で笑った。そうしてユートは胸板を叩く素振りを見せた。
「受け継いだ……つまり、ユートは魔狩人の力を両親から受け継いだのか?」
そう言われたら気になるものだ、勇者達を圧倒しうる魔狩人の力。それは何処から来たのかと尋ねられてユートは頷いた。
「1つは、生まれた時から。もう3つは……」
と、ここで鐘が鳴った。予鈴の鐘が校舎中に響き渡る。
「授業、行こっか、話しすぎたね」
「タイミング悪いな、あれ?次外部実習だっけ?」
「三時限目だな、二時限はまた教室」
語る前に、鐘が鳴ってしまったからまた今度とユートは促し、レンとリッドも横並びに歩き出した。そしてリッドは、ふとそれに気付いて一歩下がったが、ユートとレンが横並びで歩き続けるがため、バランス悪いと、結局横に並ぶのだった。
「あ、そういえばあいつ、大丈夫かな?」
「安心しろ、勇者は頭と心臓さえ無事なら手足も綺麗に繋げて1日で復帰できる」
「治療魔法と組織再生技術は、数百年前から発達してるからなー、けど……できりゃあお世話になりたく無い」
一応、ジルパの命は心配無いようだった。