筆頭、怒る
勇者訓練校第二学年1クラス、一次限目の魔法座学から、生徒達は生きた心地がしなかった。
教科担当教官も、黒板に文字を刻み込むが、その字を書くたびに緊張が走る。
なぜかと言われたら、魔狩人が転入してきたクラスだからだ。
野の獣が椅子に座り、教本を開いて、羊皮紙に羽ペンを走らせる。人が当たり前にする行動をしているのに。されど、何かの拍子に首元へ牙を突き立てに来かねないのが、怖くてならないのだ。
そして……。その隣に座するレンは最も生きた心地がしないだろう。横目にリッドへ助けを求めるが、リッドは普段らしからぬ真面目に前を見てレンを見ようともしない。
「つ、つまりだ、そも我々が扱う魔法は本来、原初エルフが残した偉大なる知恵であり、遺産なのだ、エルフの血統が無ければ我々は魔導機を扱う事はできないのである」
魔導機と、魔法、そして我々勇者に流れる血に漂うエルフの血統があるからこそ、魔導機が作られて、扱える様になったのだと。魔法座学教官が、声を震わせながら授業を続けた。
早く鐘がなってくれと、クラスの皆が思う中、ユートの隣に座るレンは、ふと、魔狩人が今の授業を理解しているのかと、彼の羊皮紙に目を向けた。
そして驚く、達筆だった。綺麗にまとめて書いてある。というか、インク瓶も羽ペンも、結構年季が入った物を使っていた。と、ここでユートと目があってしまった。
まずいと、目を離した。そして黒板に注視する。
しばらくして、右腕をユートが突いてきて、何やら羊皮紙の断片を、レンの羊皮紙の上に置いてきたのだ。羊皮紙の断片をレンが見ると。
『この教官、禿げてるけど脳天の最後の一本大事にしてるよね、毎日トリートメントしてるのかな?』
「くっ!」
何を考えているんだ、この魔狩人は。教官が気にしている事をわざわざ羊皮紙にメッセージで尋ねてきたのだ。
極度の緊張から、笑いが込み上げて我慢をするレンに、リッドがどうしたのかといよいよ顔を向けて、レンはメッセージを見せれば、リッドも釣られて口を押さえ、レンに右肘で小突いた。
さらに……またユートが紙片を置いてきて、今のわずかな時間でどう描いたのか、教官の似顔絵を出してきたのだ。
「ぶはっ!!」
「だぁあっははははははは!!」
極度の緊張の空気を破壊する一撃に、レンとリッドは遂に我慢できなくなった。何だどうしたと皆が二人を見て、教官は教官で何があったのかと二人を見たが。
「れ、レン、リッド!?私の授業がそんなにおかしいですかな!!」
「す!すいませ、すいません!廊下立っときます!」
「すいませんっしたぁ!」
二人が急いで立ち上がり、教室から出て行く。勇者訓練校では授業中の私語、笑いは即刻退場とされているのだ。
「あ、教官すいません、僕が原因なので廊下行きます」
そんな二人に続いて、魔狩人のユートがすくりと立ち上がり、二人について行った。クラスの皆が、ユートが立ち去るや否や安堵を覚えつつも、二人を笑わせたのは自分だと宣ったが故に、呪いでも掛けたのかと疑われるのだった。
「き、きみねぇ、くふっ!何のつもりだい?」
「何がしたいんだお前はよぉ、あぁーは、はっ」
廊下に出たレンとリッドは、ついて出てきたユートを見て笑いながら尋ねる。ユートは、ニマニマ笑いながら先程の似顔絵をひらひらさせて答えた。
「だって、あまりに不自然だったから、そうなのかなーって」
「触れてやらないでよ、あの教官もう、育毛剤何個も使ってあれなんだから」
「あぁ、そうなんだ、うまく描けてる?」
「よくまぁそんな小さな紙に描いたなぁ、器用な事を」
笑う二人に似顔絵を見せるユートだったが、二人ははっとして、何をやっているのだと我に帰る。
「と、とにかく、授業中は真面目にしなさい、そんな事したらダメなのは分かるだろう、魔狩人でも」
レンが先程の行いを叱責すると、ユートは少しばかり顔をしかめながら言い返した。
「だって、空気が張り詰めてたし」
「いや原因お前だからな?昨日なんて言ったか、お前忘れてないよね?」
原因はお前だろうがとリッドも追従して言うと、ユートは頷いてそれにも返した。
「うん、雁首揃えてかかって来いって」
「それ言われたらさ、皆ビビるから」
「そうなの?でも、レンとリッドは向かってきたじゃん」
と、ここで昨日の戦いを引き合いに出し、レンとリッドは少しばかり言葉に詰まった。あれは、本当にレンの勢いだったのだ、それに釣られて戦うハメになったので、説明が難しかった。
「あれは、まぁ……下手したらグラードゥス先生危なかったしさ」
「この命知らずにつられちまったんだよ」
あの時の戦闘の理由をそれぞれ話し、ユートはふぅんと頷いた。
「そっか、二人とも強いね、流石勇者様だ」
「おい、煽っとんのか魔狩人」
あれだけ好き勝手暴れといて、実力差を見せつけといてユートは、強いねと二人を称賛したが、二人からすれば煽られて嘲笑われたに等しかった。少しばかりリッドは苛立ちをみせたが、流石に命は惜しいので、それ以上は言わなかった。
「煽ったつもり無いんだけどね、君たちだけでしょ、あの場に来たの」
そんなつもりは無かったと言う魔狩人が、鼻歌を鳴らしながら、教室から離れ始めたのだった。
「あ!こら、立っとかないと怒られるぞ」
いつの間にか、リッドはクラスの一人を扱う様にユートを呼び止めていた。
「そう?校舎内を歩こうかと思ったんだけど、駄目なんだ?」
じゃあ、とユートは二人の横に並び窓枠に背中を預けた。
「じゃあ授業終わったら校内案内してよ、レン、リッド」
「は?」
「え?」
「魔狩人の暴走を監視する為、我々が目付けをしているとなったら、点が取れたりするんじゃない?」
この魔狩人、達筆だけでなく聡かった。僕は校内散策、君たちは僕についてくるだけで内申点アップ、損無しの提案に、リッドとレンは目を見合わせた。
「決まりだ、じゃあ鐘が鳴るまで頑張ろうか」
そう涼やかな顔で、魔狩人の青年は窓枠に背中を預け、鐘を待つのであった。
勇者訓練校における、授業と授業の合間は長い。1時間の授業後、30分の休憩がある。これは、その授業間に郊外の魔物討伐に出動を命ぜられたり、その討伐任務の負傷者を受け入れたり、補給品受け取りと様々な準備が必要だからである。
休憩時間とは言うが、忙しなく動く者が多数だ。授業中は緊急でなければ対応してくれなかったりする。その校内を、魔狩人ユートが、背後にレン、リッドを従えて歩いていた……。
様に見えたが、実際は違う。レンは剣型魔導機を、リッドは手甲型魔導機を見せて、ユートから少し離れた後ろを歩く。つまりは、監視をしていると言う風に見せていた。
「レン、あの教室は?」
「薬剤科だ、エーテル剤作成をしたり、魔法薬実験をしたりする」
「へぇ、自然薬も?」
「いや、自然薬は全く、それは民草の学者が教えているんじゃないか?」
「勇者は自然薬は使わないの?」
「いや……支給品の医療パックに飲み薬であった様な、使った事無いな」
ユートは些細な事も質問して来た。勇者の装備やら、校舎の教室の一つ一つ。何をしているのか、何の為にあるのか、見た目は自分達と同じくらいだが、好奇心はまるで幼児の如く湧き出ている。
「魔狩人、いったいお前幾つだ?子供みたいに色々気にしてるな」
リッドが質問攻めを堰き止めるためか、自ら年齢の話を尋ねれば、即座にユートは答えた。
「14だけど?」
14歳、つまりは飛び級で同じクラスに在籍する、メルディと同じ年齢であった。
「え、マジ?じゃあメルディと同い年?」
「あー、あの漏らした子も14歳なんだ」
「こら、ユート」
ユートにとってはメルディが『漏らした子』として覚えられたらしい。レンがやめたげなさいと諭すと、レンはそう言えばと朝の光景を思い出した。
「ユート、朝のあの魔法を真正面から受け止めたの、一体何をしたんだ?勇者は魔法を防ぐのに、魔導機の障壁が必要なんだけど」
メルディの火魔法を受け止め、剰え弄んだが、その絡繰はなんだと尋ねられ、ユートは顎に手を当てて、答えに困った様に言った。
「普通にそのまま、掴んだだけだよ、あれだけ弱いならできる……まぁほら、魔狩人は魔物と同じ頑丈だからさ」
「聞いたかレン、うちのクラス女子主席様の魔法が弱いだと」
「これ、メルディちゃん聞いたら絶対泣くね」
この場にメルディが居たら、泣き出しかねない事実に二人は苦笑いした。化け物である、少年の皮一枚下は、正しく化け物である。
「つーか、メルディあの後どうしたんだ?」
「医療棟に搬送されたよ、他の子もね、まぁ、怪我はなかったけど精神が参ってるかも」
いつの間にか、魔狩人と多愛ない話をしながら歩いている。
レンから見て、ユートの人となりが何となく掴めて来た。年頃の子供よりも幼く見えて、悪戯好きにも見える。民草の子供はこんな感じで学校で学ぶのだろうかと思いながら歩いていると。
「レン・ガーランド!!貴様まだこの学園から去ってなかったのだな!!」
煩わしい声が後ろから響いた、それに振り返るレンにリッド、ユートが何事かとばかりに振り向けば。そこに居たのは、ジルパ・アッシュラウドであった。
ジルパは後ろに数人を引き連れて、こちらに近づいている。レンもリッドも、嫌な奴に会ったなと思っていると、ジルパがふとユートに気付いた。
「ほほう、そやつか?野の獣が学園に飼われたと聞いたが、貴様ら散歩をさせておったのか?」
早速いやみったらしくユートを見下ろし、二人をバカにする様にジルパが言の葉を紡ぐ。
「この人、誰?」
「ジルパ・アッシュラウド……隣のクラスで、俺たち84代訓練生の筆頭だ、で、用は何だ?」
「いやなに、飼われた獣を見に来たのだ色々とおかしな情報を耳にしたが……こやつがその魔狩人とは、なぁ?」
ジルパはそう言って、後ろの取り巻きに手を差し伸べると、皮袋を出させて、それを放り投げた。そこから流れ出たのは……。
「うわ臭っ!?何だこれ、腐った生肉!?」
廃棄するだろう、臭った生肉だ、多分牛の肉だ。ハエとウジが集っていた。リッドは腐臭に鼻を摘んで下がり、レンも下がった。
「魔狩人は腐肉を生で食らうと聞いた、この俺からの贈り物よ、ありがたく受け取れ、84代筆頭からの贈り物だ、うわ腐っ!」
「テメーわざわざ持って来たのか!?馬鹿じゃねぇの!?」
リッドは馬鹿馬鹿しい真似に呆れてそう言った、取り巻き達も笑いながらジルパと共に笑う。しかし、レンだけは別だった。
「ユ、ユート?その、落ち着……」
ユートがニヤリと笑い、足を振り上げた。あぁ、そうなるわなとレンは、連日で命の危機を感じるのだった。
ビチャア!!と音がして、ジルパの顔にウジとハエが沸いた腐肉が叩きつけられたのだ。ユートが腐肉を蹴り上げて、ジルパの顔に蹴りこんだのだ。
「ぶ!ぎゃあぁああああ!!」
「熟成と腐敗も分からんのかお前は、ロマルナで習い直して来い」
リッドはここに来て、この事態にまずいと顔を顰めた。顔に叩きつけられた腐肉を引き剥がし、ジルパはギリギリと歯を鳴らしてユートを睨みつける。
「き、さ、ま!畜生の、獣の分際でぇ!俺を嬲るかぁ!!」
「話が早くて助かる、獣の言葉を理解してもらって助かるよ、喧嘩を買ったんだ、逃げねえよな勇者様よ」
ユートが言った、売られた喧嘩なら買うと、ユートは親指を中庭の方に向けて、ジルパに言い放った。
「相手してやるからさっさと来い」