見習い勇者の独白
どうして、だとか。何故?だとか……大人達には聞いた事が無い。ともかく僕はいつの間にか産まれ落ちて、世界が広がっていたという事。
僕は勇者と呼ばれ、周りの皆も勇者と呼ばれ、一緒に学んだり遊んだりしていたのを覚えている。
ある日、大人達に報されたのは。この世界には『魔物』という悪い奴らが居て、人間である僕達は非常に、非常に困っているのだという。
魔物は、人間とは違う。野の獣とも違う。けれど姿形は獣を真似ていたりすれば、見た事もない形だったりする不定の化け物だ。
魔物に対して、二つ確かな事がある。
一つは、魔物は完全なる敵意と殺意を人間に向けている事。
二つは、魔物と戦えるのは僕達、勇者だけなのだと。
それから、僕達は皆訓練に勤しんだ。魔物について学んで、体を鍛え、魔法という物を学んだ。
やがて12歳となった時、正式な訓練校に配属され、僕は都市外の魔物討伐にも参加しつつ、研鑽を積んできた。
それからだろうか、使命というか、自覚を持ち始めたのは。国を守る、弱き人々を守る、その為に剣を振るい、魔物と戦うのが僕の人生であり、使命だろうと。
多分、自分の世代で魔物を殲滅するのは無理だろう。命が尽きるまで戦い続け、果てる。
それが僕、レン・ガーランドであり、勇者として生まれた僕の運命なのだと、納得していた。
だから、こうして、ある日アクシデントに見舞われて命を落とすなんて事も仕方ないと覚悟はしていた。
「本部に連絡を!応援要請!大型魔獣だ、こちらでは対処できん!!」
「訓練生達を守れ、決して死なせるな!」
「勇者は、勇者達はまだなのか!!」
鼻を通る火の匂い、朧げなる景色。
身体中が痛かった、見えるのは地面と、聞こえるのは叫ぶ大人達の背中と……あれは、魔獣だった。
まるでヘドロか、汚泥をかき集めた色が蠢いて、巨大なイノシシみたいな形をしている。多分、イノシシを捕食したからだろう。魔獣は捕食した対象の姿形を真似ると聞く。
しかし、習性は真似ない。ひたすら、ひたすら僕達人間を殺す為に向かってくる。
何があったか思い出した、小型魔獣の駆除に研修としてついて行ったら、大型の魔獣が出てきて……吹き飛ばされたのだ。
「ぐく……ううっ……」
軋む身体を、両腕で地面を支えて立ち上がらせ、傍に投げ出された自分の得物、訓練校に入学してからずっと一緒に戦って来た剣の持ち手を握った。
腰元のサイドパックから、小さな円筒のガラスを取り出し、柄の窪みに差し込み、捻る。プシュッ!と空気が噴出した音を鳴らし、ガラスの中の液体が柄に注入された。
刀身が淡く光輝きだし、それを地面に突き刺し支えて立つ。
「この、くそっ……あうっ」
しかし、身体が言うことを聞かなかった。指先まで軋んでいる、それでも、それでも剣は握らなければならない。
「!?おい馬鹿!!訓練生!!戦おうとするなさっさと逃げなさい!!」
教官役が声を投げかけた。しかし聞かない、聞いてはいられない。勇者が居ないのだ、まだ来ないのだ、ここを逃げたらこの魔獣は都市に向かうのが分かるのだ。
止めねばならない、命を賭しても、腰だめに構えた剣を振り被り、痛む足を必死に動かして、僕は魔獣に突貫した。
「ああーーー」
声にもならない叫びを上げた、声帯が震えない、空気を吐いただけだ、しかし魔獣に向かった矢先だった。
大きな、イノシシ型魔獣が、横に吹き飛んだ。
真横に、まるで石を投げたかのように真横に、視界から消え去って森の方へ吹き飛び、木々を打ち倒して、魔獣は倒れ伏した。
しかも、両断されていた。頸部から真っ二つに。森の倒れた木々に、魔獣の構成溶液が散乱して、木々を汚染し、朽ちさせていく。
振りかぶった剣が地面に落ちる、手から力が抜け、膝から崩れ落ちた。そしてやっと、魔獣を倒したらしい輩を僕は視界に入れた。
少年だった。煉炭の如く黒い髪に、瑠璃色の虹彩の瞳を持った少年が、モスグリーンのジャケットをたなびかせて、右腕を振り抜いていた。背中には剣を携えて、ふんと鼻息を一つして、僕を見下ろしていた。
何か言おうとした矢先、教官役の方々が、魔導機をその少年に突きつけた。
口々に聞こえたのは。
『近寄るな』だの。
『勇者を汚すなマガビトめ』だの。
あぁ、そういう事かと、僕は意識を手放して草むらに倒れれば、瞼の幕はゆっくり閉じて暗闇に堕ちていった。