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第一章⑧ 対決!蜘蛛男


 いつの間にか二人は商店街の入り口前に辿り着いていた。人々は活気に満ち、ひょっとしたらゲンレイも中には混じっているのかもしれない。


 二人はそこで立ち止まり幾ばくかの静寂が流れる。

 ふう、と一つ深呼吸を挟む。ここは前いた場所とは違い、空気が澄んでいて美味しく感じられる。


(無関心を貫く限り好きにも嫌いにも偏ることはない、か)


 誰が言い始めたのか、好きの反対は無関心と説く者がいる。

 しかしそれは違う。無関心はあくまでも好きと嫌いの中間に位置するもので、それ以上でもそれ以下でもない。知らなければ好きになることも嫌いになることもないのだから。

 気持ちを整理するのにかかった時間は、三十秒にも満たなかったことだろう。


「宝島さん、俺は――――」


 言いかけた矢先、護国寺は言葉を短く区切った。

 彼の視界の中にある銀行が、こんな平日の昼間だというのにシャッターを降ろしているのだ。それが妙に気に掛かったところへ。


 ゴオッ!! と、鼓膜が破れかねない爆音とともに、そのシャッターが内側から吹き飛んだ。


「きゃあっ!?」


 宝島が肩を激しく振るわせて後ろを振り返る。シャッター片が周囲に散乱し、付近の建物も余波でガラスが割れるなどの二次被害を受けていた。先刻まで楽し気な様子だった通行人は蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出している。

 周囲が騒然とする中、護国寺と宝島だけが取り残された風に立ち尽くし、その爆炎を茫然と眺めていた。


 ――より正確に言うならば、その中から這い出てきた一人の男に注意を払っていた。


 爆発の被害に遭った人か、と思ったが、即座にそれは違うと判断する。被害の中心地にいたはずなのにまるで慌てた素振りがない。何より本能が告げている。この男は危険であると。

 一八〇センチを超える長身は肌黒く、一見細身だがそれは引き締まっている故だと分かる。左腰に刀を一振りぶら下げており、右手には重そうなスポーツバッグが握られている。


「……逃げて」


 耳打ちするように宝島が護国寺に向けて呟いた。


「僅かに言霊の残滓――霊力反応が見て取れる。間違いなくあの男はゲンレイよ。おそらくそこの銀行で強盗でもしたんでしょう。それも徒党を組まずに独りで。となると『竹』ランク以上は確定している。戦えるかどうか怪しい護国寺くんじゃ、いても身を危険に晒すだけ」

「だけど……!」

「安心して。こう見えて私は『竹ノ上』――『竹』ランク相手ならそれなり以上に戦えるはずよ」


 彼女は不安を押し殺す風に笑みを浮かべて、一歩前へと踏み出した。逃げ惑う通行人たちの姿を、口笛を吹きながら楽しそうに観察していた男は、そこでようやく宝島たちの存在に目をやった。


「ほー。パンピーは尻振って逃げやがったが、まだ残っている奴らがいたとはな。いやあるいは、お前らはパンピーじゃなくて」

「ええ、ゲンレイよ。あなたと同じ、ね」


 その一言に男は眉を潜め、


「……同じ? 笑わせるな。その制服コトノハ高校のやつだろ? あそこは国の狗に成り下がったゲンレイの吹き溜まりと聞く。そんな奴らと社会に抗う俺たちとを一緒くたにしないでほしいもんだ」

「それはどうかしら? これからあなたも犬らしく檻に入れられることになるんだけど? 刑務所という檻の中にね」


 売り言葉に買い言葉。目の前の危険人物にまるで怯んだ様子を見せない宝島。

 一方護国寺は彼女に言われた通り逃げるわけにもいかず、かといってまともに言霊を扱えない身では加勢するのも難しい。故に彼女の後ろで状況を見守るしかなかった。


 男はスポーツバッグを近くに放り投げ両手を空にする。見るからに戦う準備を整えている。男の腰に日本刀があることから刀を武器に戦うのだろうか。アレに斬られたら痛いでは済まないはずだ。

 宝島がさらに一歩ずつ距離を詰めていく。戦闘領域に入るためと、もう一つは護国寺を巻き込まないようにするためか。男と彼女の距離が五メートルほどに縮まったところで、緊迫した空気が一気に膨張した。


 男は未だ抜刀せず、その中でも飄々とした態度を崩さない。


「どうだ? ここは一つ、お互いに見逃すってのは? 俺も国の狗は嫌いだが女を嬲りたくはねえ。そっちも嫁入り前の身体、無駄に傷つけたくはないだろ?」

「冗談。私には夢がある。――あなたにはその踏み台になってもらうっ!」


 張り詰めた糸が切って落とされ、両者が己に刻まれた言霊を口にしたのはほぼ同時であった。



「【十字砲火】――――っ!」

「【快刀乱麻】――――」



 機先を制したのは宝島の方だった。


 彼女が右手で空を撫でると、それだけでその前方に三つの波紋が浮かび上がる。

 轟ッ! とそれぞれの波紋から火炎が迸る。それらは角度を付けて、多角的に逃げ場すら封殺するように狙い澄まされている。人の動きよりも遥かに早い火炎放射を見てから躱すのは不可能に近かった。


 ――――しかし、現に相手取っているのはヒトを超越した存在、ゲンレイ。人の身では為せぬことであれど、ゲンレイにとっては容易に過ぎる。

 男は左右に逃げるのではなく、上に飛んで火炎を回避したのだ。否、飛んだのではなく、男は手首から一本の糸を射出し屋根に貼り付け空中へと逃げたらしい。


 宝島が男を見上げて言う。


「まるで映画の『スパイダーウーマン』みたい。著作権は大丈夫?」

「問題ねえ。本家みたいに全身タイツじゃないし、俺のは天然。機械で出してるわけじゃねえからな」

「訴訟大国アメリカでそんな言い訳が通用するとも思えないけど、ね!」


 指を鳴らす。すると今度は男の頭上に二つの波紋が展開された。死角からの攻撃を、しかし男は糸を飛ばして縦横無尽に動きまたも回避する。


(あの銀行強盗の言霊――【快刀乱麻】は蜘蛛の糸を射出する能力か。あと刀を装備していることから、何らかの剣技も使えるんだろう。でも確か、快刀乱麻って問題解決能力に優れてるって意味だったはず。それに乱麻はもつれた麻のこと。蜘蛛の糸とは少し違うはずだけど……)


 蜘蛛の糸も螺旋状にもつれているとは言えるかもしれないので、そういう意味では合っていると言えなくもない。


(一方で宝島さんの言霊【十字砲火】は、火炎放射を複数放つことのできる能力。こっちはまあ意味通りの力と言っていい。威力もかなりあるっぽいし、さすが『竹ノ上』ランクの力だ……)


 素人ながら分析を行う護国寺。戦況は宝島が攻め、強盗が避け続けるという図式である。

 しかし彼女の怒涛の攻撃は一切命中することはなかった。男は空中ブランコ乗りの如く、自由自在に宙を飛び回り、火炎放射が通るとき既に男の姿はない。つまり一向に当たる気配がないのだ。


「く……っ」


 宝島の背中から焦りが滲み出ているのが読み取れる。いかにゲンレイと言えど、空中を舞うことのできる言霊使いはそういない。平面であればまだしも三次元的な動きでこちらを翻弄してくる【快刀乱麻】相手を捉えるのは至難を極めよう。

 ワハハ、と男の嘲笑が頭上から降り注ぐ。


「どうしたどうした! さっきまでの威勢が消えちまってるぞおっ! 嬢ちゃんも『竹ノ中』くらいはあるんだろうけど、俺も『竹ノ上』ランク! つまり同格以上の相手だ。そうなると経験値がモノを言うが、学校でぬくぬく飼い慣らされてきたお前とは比べ物になんねえんだよ!」

「ブンブンと……! さては蜘蛛じゃなくて蝿だったのね!」

「はっ! 吼えてろ犬っころ!」


 男は自分の発した言葉すらも置き去りにするスピードで、彼女の頭上を通り過ぎて背後を取る。一旦移動用の糸を引きちぎり、代わりに宝島目がけて糸玉を連続で射出した。

 バックステップで避けようと動く宝島。しかし機関銃の如く降り注ぐそれらのうち一発が彼女の足首を捉え、そのまま地面に固定してしまった。


「しまっ……!?」


 何とか拘束を解こうと懸命に右脚を動かすも、思った以上に粘着力が強いらしく微動だにしない。


「あーそれは悪手だ嬢ちゃん。せっかく炎を使える言霊があるんだから、怪我覚悟で焼いておくべきだったんだよ」


 彼女が顔を上げたとき、スイングして勢いを付けた男はすぐ目の前まで迫っていた。

 咄嗟に両腕をクロスして顔を守る宝島だったが、体格差+勢いを味方に付けた男の一撃に耐えられるはずがない。ミシリ、と腕から嫌な音が走り、威力の相殺すら叶わず蹴り飛ばされてしまった。


「が、ぁ……っ!」


 宝島の華奢な身体はコンクリートの地面を滑っていき、十メートルほど進んだところでようやく止まることができた。

 なおも男の追撃は続く。男はまたしても上空から仰向けに倒れた彼女へ大量の糸玉を飛ばす。蹴りのダメージで動けない彼女の全身に蜘蛛糸が張り付き、一切の身動きを封じてしまった。


 約五分ぶりに地上に足を付けた男はパンパンと両手を払いながら、


「はいお終い、っと。少しは勉強になったろ嬢ちゃん。同じ『竹』ランクにも格の違いはあるんだってさ。あ、口も糸で塞がれちゃあ感謝の一つも言えねえか?」

「……! ~~~……っ!」

「ふん。肝の太い嬢ちゃんだ。この期に及んでまだ反抗的な眼をしてやがる」


 蜘蛛の巣に囚われた哀れな獲物を見下し、男は腰に吊るしてあった刀に手をかけた。単に傷付けるだけに留まらず、決定的なトドメを刺そうとしているのは明白だった。



スパイディ!?

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