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第一章⑦ 私はあなたを嫌いになります

 ――――翌日。


「すまん宝島。今日護国寺に市街の案内を任せてもいいか?」


 昨日宝島の掲げた宣言は、いとも容易くぶち壊されてしまった。


「ぅええーっ!? 私がですかぁ?」


 柳生によるご指名に、宝島は心底嫌そうな声を上げた。たとえるなら教科書を忘れて隣の席の女子に「教科書見せて?」と頼んだ際の、「何でこいつに……」みたいな態度を取られたときくらいの精神的ダメージを負わされる。あるいは「あ、私の使っていいよ。私は隣のサチコちゃんの見せてもらうから」的な。できれば表面上だけでも快く頷いてほしい。


「キミたち寮で隣同士だろ? これを機にもっと仲良くなりたまえ。そんで付き合ってしまえ」

「隣人を愛せというやつですか? 生憎私浄土真宗なんでー、そゆうのはちょっとお門違いと言いますかー……」

「安心しなさい、仏教にも隣人愛的な理念はあるから」

「マジですかー……」


 以上の流れもあり、宝島はまんまと柳生によって言いくるめられてしまったのである。

 そして現在、護国寺と宝島の二人は街へと下りて学生がよく利用するスポットを巡っていた。


「ここが皆よく利用するスーパーね。惣菜系が安いって話だけど、本格的に自炊できる人にはまあ普通かなー。で、さらに先へ進むと商店街があります。色んなカフェがあってブティックもやたらとあるし、女子には有り難い場所って感じ。ちなみに商店街を少し外れた道に安くて美味しいイタリアンのお店があってランチがかなりお得って評判よ」

「ちょっと待ってちょっと待って。そんな早口で言われても覚えられないぞ」


 まだ商店街にも入ってすらいないのにそんな先の話をされ、まったく想像できずにいた護国寺はストップを求めた。宝島はピタリと閉口する。

 どうしてそんなに早口で捲し立てるのか、護国寺でも簡単に想像が付いた。



「……昨日の今日であっさりと関わり合うことになっちゃったな」

「ビキッ」

「だからって恥ずかしがることなんてないじゃないか。同じクラスでお隣同士。最初から関わらないってのに無理があったんだよ」

「ビキビキッ」



 彼なりにフォローを入れたつもりだったが、どうやら逆効果みたいであった。苛立ちを声に出して表現している。

『明日から私はあなたと関わらない』――と宣言した矢先に、今日の街案内である。断ればよかったものを結局引き受けてしまったのだから、お人好しというかなんというか。


 せめてもの抵抗のつもりか、彼女は「話しかけんな」オーラを全開にしている。とはいえそんなものを器用に読み取り、そっとしておくことができたのなら、護国寺はイジメられたりなんてしなかったに違いない。


「……実を言うと、この学校でも俺は孤立すると思ってたんだ」


 ぽつり、と空模様を気にするように、雲の行き先を眺めながら呟いた。

 出し抜けに始まったそれに対し、宝島は言葉を挟むことができずただ耳を傾けているだけだった。


「刑務所に入れられた経歴があって、多くに大怪我を負わせた傷があって。こんな危ない奴、近寄らないのが当然だろうってさ。……だけどそれは裏切られた。柳生先生が説得してくれて、嵐山と奥村が気を遣ってくれて――――そして、宝島さんは教室で一番に話しかけてきてくれた」

「……あれは話しかけたっていうには随分剣呑だったと自己評価してるんだけど」


 確かに、と苦笑い。


「だけどさ、一番初めに予想を裏切ってくれたのは、俺の中では宝島さんだったことに変わりはないんだ。……だからつい特別視してしまう」


 言い換えるなら運命とも。寮部屋が隣だったこともあるいはそうなる運命だったのかもしれない。

 宝島は固まったままだ。そこでようやく自分が口説き文句のテンプレワードを並べていることに気が付いた。


「あ、いや、特別ってのはそっち方面じゃなくてな? その、なんて言うんだ? 動物は初めて見た顔を親と認識する、みたいな? そんな感じで……!」

「……ふふ、何それ」


 笑われた。めっちゃ恥ずかしい。恥ずかしいことを言った自覚があるからなおさら。

 宝島は口元に手を当てて微笑を漏らす。護国寺はそっぽを向き急激に高まった顔の火照りを醒まそうとする。


「はい、恥ずかしいこと言ってすみませんでした……」

「んー……どっちかって言うと、恥ずいよりキモい、キモいより怖い感じかな。異性から言われたら肌が粟立つ系のセリフ。『昨日は十時に寝てたよね?』レベルの」

「そこまでかよ……」


 たとえが完全にストーカーのそれである。そしてそれと同レベルである発言をしていたことに絶望する。プロポーズのときに苦労しそうだ、と今から容易に想像が付いた。


(だけどそうだ――今みたいにお互い自然でいられたら、きっと打ち解け合うことができるはずなんだ)


 彼女だって護国寺が嫌いというよりも、嫌いになろうとしている風に映る。彼の都合の良い自惚れでなければ、だが。しかし何故嫌おうとしてくるのかまるで理解できずにいる。

 そこで宝島は自身の表情が緩みかけていることを察したらしく、頭をぶんぶんと強く横に振った。そして次に向けてきた眼差しは、冷ややかな敵意を携えていた。


「……ごめんだけど、私はあなたが嫌いなの」

「どうして?」

「それは――――あなたが私の夢を壊しかねない存在だから」


 夢? と首を捻る。これまで聞いたことのない話だった。彼女の語らんとする夢と護国寺への敵意がどう結び付くのか、皆目見当も付かない。

 宝島は彼より一歩前へと歩み出て、背中を向けながら続ける。


「私にはね、妹がいるの。六つも歳の離れた可愛い可愛い……言霊を持って生まれた妹が」

「……、」

「言霊は完全にランダムで遺伝なんて関係ないはずなのにね。だけど現実問題、私たち姉妹に言霊は宿っている。幸か不幸か私の言霊は戦いに向いていたから、将来国のために働く選択肢があったけど、妹はそうはいかなかった。妹の言霊は戦いにはまるで不向きな『梅』ランクだったの」


 言霊には大きく分けて二つが存在している。

 一つが【外柔内剛】、【才色兼備】など『外見あるいは性格にのみ影響を及ぼす』基本的に無害タイプ。

 もう一つが【喜怒哀楽】、【電光石火】のように『肉体の限界を超えたり、超常現象を起こし他者に害を与える』という所謂戦闘タイプの言霊。


 そして言霊は一般的に『松』『竹』『梅』の三つのランクによって分けられている。さらに細かく上、中、下の三段階――計九つのランクに振り分けられるのだ。

 先ほど宝島の言った『梅』ランクであれば前者の無害タイプに該当する。つまり常人に毛が生えた程度の異能しか持っておらず、大概が容姿や性格などで既に固定されているため操作はできない。

 とはいえただの人間にとっては『梅』ランクもゲンレイと一括りにされやすく、危険か否か問わず迫害されてしまうのが現状である。


 は、と宝島は薄く息を吐いて、


「妹は『梅』ランクだから今はバレずに済んでるけど、それもいつ白日の下に晒されるか分かったものじゃない。だから私は、言霊の力を正しく大衆のために振るい、一刻も早くゲンレイに対する認知を改めさせる必要があるのよ……!」

「……なるほどな。つまり、ゲンレイ全体の評価を下げかねない俺は、宝島さんにとってはお荷物にしかならないわけだ」


 今のは少し嫌な言い方になってしまった、と反省するも、一度吐いた言葉を呑み込むことはできない。何より彼女は先の言葉を既に呑み込んでしまっている。

 その通り、と頷いた彼女の瞳が微かに揺らいでいるように見えた。


「多分あなたが暴れたのも色々理由があったからでしょう。虐められたとか、言霊を制御できないとか。ええ、仕方ない面もある。だけど私は、暴れて妹の未来に陰を差すくらいなら泥を飲んだ方がマシと考えているだけ」


 護国寺は宝島の妹のことをよく知らない。入れ込み過ぎじゃないのか、と彼が思うのもその妹を知らないからで、彼女にとっては誰より優先すべき存在なのだろう。

 彼女の想いの熱量に当てられて、つい目を背けたくなってしまう。その衝動を何とか堪えて、次の言葉を待つ。おそらくは護国寺と宝島の関係にとって、決定的な楔となりかねない一言を。


「一度間違いを犯した人間はもう一度罪を犯すかもしれない。私はその疑念を拭いきれない。――だから護国寺くん、私はあなたを嫌いになります。あなたが私の夢を脅かす存在になったとき、もしも護国寺くんを信じていたら、きっと、辛いだろうから」


 信じてくれ、だなんて軽薄なセリフを吐けるわけがなかった。


 護国寺は【喜怒哀楽】の制御方法を知らないのだ。次はいつ意識を乗っ取られて暴れ回るか、彼自身まるで把握できないでいる。

 振り返った彼女の顔が、陽の光と重なってよく見えなかった。けれど何となく、悲しい表情を浮かべているんだろうな、と思った。


「だからお互いに不干渉を貫くのが正しい。そしたら無理に嫌いにならないで済む。……私がね」




嫌いにならないで

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