第一章⑥ お隣同士(後)
三分後、彼女はタッパーを手に戻ってきた。その容器を「ん!」と突き付けられ、
「これ、お返し! あんまり貸しとか作りたくない人だから、私」
反射的に受け取ったタッパーからは余熱が温もりとなって伝わってくる。どうやらコロッケ系みたいだった。
今度は護国寺が対応に困る番である。
「え、いや俺のは引っ越し挨拶兼ねてのものだからいいとして、何で宝島さんまで?」
「だ・か・ら貸しを作りたくないの」
「……俺に対しては?」
「へ? ……あっ違う違う! 前科持ちとか関係なしに誰に対してもってだけで、特別あなただけじゃないから。与えられてばかりだと決まりが悪いし」
友達から十円借りたとしても絶対に返すタイプだな、と分析する護国寺。嵐山たちが言った通り、若者らしい外見でありながら委員長気質の真面目さを併せ持つタイプのようだ。
護国寺は改めてタッパーの中身を確認し、
「美味しそう……だけど、何でコロッケ? 女子力と言えば肉じゃがじゃないのか?」
「あーそれはもう古いねー。一昔前なら良妻っぽく映るけど、今だと狙い過ぎ感が出ちゃうし。まあ私も一応作れるけどさ」
「女子力高い。というかコロッケも相当手間かかるよな? それなのにお裾分けをもらうなんて、やっぱ悪い気が……」
「そりゃあ確かに手間暇かかるけど、一度に多く作ると数日楽になるから案外お得だよ? お弁当にも入れられるし、それこそ友達とのおかず交換の手札にもなるしね」
「色々考えてんだなぁ……」
護国寺もそれなりに料理を嗜む男だが、聞いているだけでも宝島には遠く及ばないと感じた。こなれ感がヤバい。
「さすがにパスタばっかり食べてるのは拙いよー。楽なのは分かるけどすぐ太っちゃうよ?」
「午後の授業でずっと身体動かすし、登下校であの山道を往復しなきゃなんないしで、とても太れる環境じゃないと思うけどなぁ」
「あははっ確かに。SNSでダイエットに効果的とか呟いたら人が集まってくるかも…………はっ!」
不意に彼女の言葉が途切れ、先ほどまで明るかった表情がジトッとした目付きに変わる。どうやら敵対関係に近かったはずがいつの間にか打ち解け合いかけていたことに気付いたのだろう。ちっ惜しいと舌打ち。
宝島は自身の肩を抱いて、
「ふう、危ないところだった……。もうちょいで心を開きかけてた。なかなか油断ならない男、さては都会でホストをやっていたわね?」
「そんなまさか……。俺を何だと思ってるんだ」
「……さあ? ただあなたを個人的に危険視しているのは確かよ」
悪びれもせずそう言い放った宝島。そこに悪意は存在せず己の評価を率直に告げただけのようだ。さほどメンタルが傷付くことはなかった。
とにかく! と彼女は語気を強めて言う。
「だからあなたも私とはあまり関わろうとしないこと! そうすればお互い嫌な気持ちにならないで済むでしょ?」
「はっきり拒絶されている現時点で嫌な気持ちになってるんだけど……」
「明日から! 明日からそんな気分にならないで済む! ね? そういうことで手打ちにしない? ね?」
どちらかと言えば、宝島自身が嫌な気持ちになるのを避けたいというニュアンスではなく、護国寺が嫌な気持ちにならないように配慮している風な意図が窺えた。根が優しいのだろう。
護国寺は少しの間悩み、その提案に対する答えを再度模索する。
「……悪いけど、それはできない話だ」
「…………そう。一応聞くけど、何で?」
一応と来たか。どうやら彼女なりに推察できているらしい。
それでも彼は自分の思いを敢えて伝えるべく、宝島と真正面から向き合って答えた。
「合意の上であれ『無視される』ってのは意外と落ち込むものだから、かな」
やっぱりね、と宝島が小さく頷いたような気がした。
前の学校で散々周囲から無視されて過ごしてきた護国寺には、そのことがどれくらい対象に心理的損傷を与えるか痛いほど理解している。彼の場合救いの手を差し伸べてきたクラスメイトを進んで遠ざけたことあるので、自業自得な面もあったが。
フンと彼女はそっぽを向いて言った。
「あっそ。ならお互い好きにすることにしましょう。あなたは干渉してくる。私はそれをあしらう。それもいいんじゃない?」
「……そうだな」
つい顔がにやけてしまう。出会って短い時間だが、宝島には相手を無視するなんて選択、取り続けるなどできないと確信めいたものがあったから。
そんな彼のにやけ面を見て、宝島はムッとした表情を作った。
「いーい? 絶対だからね! 明日から私はあなたと一切関わらない! 今ここに宣言しておくから」
「はいはい」
「ハイは一回!」
オカンみたいなことを最後に彼女はバタン! と扉を閉め切ってしまった。
護国寺の手に握られた、コロッケの入ったタッパーはまだその熱を残していた。
カレーを作りすぎたらコロッケに混ぜると意外と美味しかったりします。
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