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第一章⑤ お隣同士(前)


「つ、疲れた……」


 山を下った所にある学生寮の自室へと辿り着いた護国寺は、どさっとベッドへと身を投げた。

 学生寮といってもアパートを元にした施設なので、さほど新鮮味は薄い。さらに食堂に寮生が集まって食事を共にする、なんてシチュエーションも食堂自体がないため起こり得ない。各自自炊しろとのお達しだ。


 午後からの授業は体育――実技訓練で、彼の場合クラスメイトとは別に一〇〇メートル走や立ち幅跳びなどの身体測定をみっちり行った。本来なら言霊を用いて行うのだが、護国寺は【喜怒哀楽】を扱えないため生身でのチャレンジとなった。体育教師が「この程度か……」と呟いた気がする。しゃーないじゃん、と呟く。


 そもそもコトノハ高校では午前を座学に、午後はまるまる実技訓練に費やす方針を採っている。ちょっとしたスポーツ強豪校みたいな感じだ。その分一般校では有り得ない疲労が襲い掛かってくるのだが……。

 少し力を込めて首を持ち上げる。壁際に四つ段ボールが重ねて置いてあるのが見えた。今朝のうちに引っ越し業者の人たちが運んでくれたらしい。それだけでも充分助かるが、箱の中身を今から出さなければならないことを考えるとかなり憂鬱な気分になる。


「グチグチ言っても仕方ないし、やるっきゃないか……」


 んーっと大きく伸びをした際に、ふとその前にやるべきことを思い出した。


「そうだ。お隣さんに一応挨拶しておかないとな」


 同じ学生だから律儀に出向く必要はないかもしれないが、やっておいて損はないとポジティブに考え実行することにした。それにこれを機にお隣さんと仲良くできればなー、なんて打算も多分に混じっている。

 といっても学生の身分でそこまで大層な物を用意できるはずもなく、生活必需品であるタオルセットを贈ることにした。気持ちが籠っていれば問題ないだろう。


 いったいどんな寮生が待ち受けているのか……、ドキドキ半分ソワソワ半分。感情の定まらぬまま彼は隣部屋のチャイムを押した。


『はーい、どちら様ですかー?』


 どうやら隣の主は女子生徒だったようだ。機械音で多少くぐもった声でもその程度は分かる。ちなみにアパートの造りなため女子寮・男子寮という区分けは存在しない。

 護国寺はインターホンに顔を近づけて、なるべくハキハキとした口調で言った。


「あ、隣に引っ越してきた者なんですが、一度ご挨拶にと思いまして……」

『別にそんな畏まらなくても気にしないのに……。あ、すぐ出ますからちょっと待っててくださいねー?』


 独り暮らし故に警戒されるかもと思っていたが、声の主はあっさり応じてくれた。口調もかなり穏やかそうだったし、当たりを引いたかもしれない。

 ととと、と扉越しに足音が近寄ってくる。鍵の開く音がして、扉の隙間から隣人の顔が覗き見えて――――



「「――――あっ」」



 彼女と反応が被ったのは果たして幸先が良いということの裏返しなのか。

 ともかく二人は鏡映しの如く意表を突かれた顔になって、一瞬世界が静止したかのような錯覚に陥る。二人とも微動だにしない時間が続く。


 先に機能を回復したのは『彼女』の方であった。


「な、なんで護国寺くんがここに――――っ!?」


 ちょうど同じことを問いたいと思い至った矢先の発言だった。やはり相性は良いのかもしれない、なんて現実逃避をしてみる。


 宝島乙姫。クラスメイトの中で最初に話しかけてきた彼女が、寮生活においては隣人となった。

 この偶然を恨みながら、護国寺はついつい眉間を押さえて言った。


「それはこっちのセリフだ……」

「あーもう何でなのよぉ……! 今朝業者の人とよくすれ違ったから何事かと思ってたけど、まさかあなたの引っ越しだったなんて……」


 頭が痛いと言わんばかりに眉間を揉む宝島。だからトレースをするなと。

 よくよく考えれば『今日引っ越してきた男』と『転校生の護国寺』とが一致するはずだが、深く考えなければスルーしてもおかしくはない。それを言えば護国寺側もインターホン越しにでも声の識別くらいできたはずだ。


 思い悩む彼女を見てるとなんだか護国寺も気持ちが沈んできた。それもこれも自分が前歴持ちだから悪いのだが、こうも目の前でゲンナリされると余計傷付く。

 宝島はすぐにバレる作り笑いを浮かべて、努めて朗らかな口調で告げた。


「ねえ? 私たちはお互い隣人の顔も名前も声も知らない、近年問題視されるガラパゴス的若者のモデルケースとしてやり直さない? お隣同士の付き合いなんて必要ないってことで」

「それは解決じゃなくて延命って言うんだよ宝島さん」

「うるさいうるさい分かってる! 今ちょっとパニック状態なの」


 お隣同士である以上互いの生活音を耳にする機会もそれなりにあるだろうし、ゴミ捨てや登校の際に出くわすことだってあるはずだ。その度に互いを無視し合って過ごすのは、なんというか悲しい。

 それが自分だけならまだしも、宝島がほんの僅かに後ろめたさを抱えて過ごす恐れもある。やはり避けて通れぬ問題らしい。


 宝島が落ち着く頃合いを見計らって、事の原因となっている護国寺が切り込んでいく。


「……そうだ、これ。つまらない物ですが」


 と言ってタオルセットの入った包みを彼女に差し出す。

 宝島は目をパチクリさせながらもそれを受け取り、縦に振ったり裏返したりしてどういう物かを予想する素振りを見せた。


「あーそれ、タオルセットな。ホントにつまらない物で悪いけど」

「や、別にそんなことは気にしてないからいいんだけど……。っ~~、ちょっとそこで待ってて!」


 長髪を掻きむしり、有無を言わせぬ強い口調でそう命じた宝島。そのまま部屋の奥へと入っていってしまった。まさか後を追って部屋に入るわけにもいかず、護国寺はただ茫然と立ち尽くすしかない。



現実じゃお隣さんに美少女が住んでいないってマジ……?

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