第一章② 国立詞葉高等学校
――――夏。とある都市の一角にある山の中を歩く三人の男女がいた。三人は同じタイプの制服を身に纏っていることから、学生であることが容易に分かる。
険しい石段を上がる道中、顔を右に振るとたちまち大都会の街並みが眼下に広がっている。蝉の声が喧しい。
「そう言えば今日、俺らのクラスに転校生が入ってくるんだってさ」
話題を提供したのはツーブロックヘアの男子生徒――嵐山匠だ。つい先日街に出て五〇〇〇円もする美容院に入り、茶髪に染め思い切って流行りのツーブロックにしてみた、いかにも高校生らしい少年である。
ハンカチで額の汗を拭いながら、その話に食いついたのは唯一の女子生徒である宝島乙姫だった。
「あー結構前にムサシさんがそんなこと言ってたっけ? 『楽しみにしとけよ?』だなんてハードル上げてたけど、あれから結局一月くらい経ってるしもう忘れてた」
「何か色々ごたごたがあったんだって。職員室で話してるのを聞いた奴がいるんだよ。何でも一般校で傷害事件起こしたらしいぜ? 二十人くらいボコボコにしたみたいだ」
朝方からバイオレンスな会話を交わす二人に、温和そうな雰囲気を持つ奥村アキラが苦笑しながら相槌を打つ。
「ボコボコってことは殺人にまでは至ってないんでしょ? 過去ゲンレイがやったことの中では可愛いものだと思うよ」
「でも被害者の大半が全治一か月以上の大怪我を負わされて、中には一時集中治療室に入った生徒までいるそうだぞ? 運良く死ななかっただけで、何人か死んだとしても不思議はないだろ」
「……まあ、そうだね」
過酷な登下校のルートを歩く三人に、どよんとした空気が圧し掛かる。そんな何年も少年院にぶち込まれてもおかしくないゲンレイと同じ学校に通わなければならなくなるのだ。どうあれ面倒事は避けられまい。
ぶすっ、と不満を募らせた風な表情を浮かべる宝島が、ふんと鼻を鳴らして言う。
「けど私たちと同じ高校に通うことになるんなら、もうそんな横暴は通らせないわ。か弱い一般人ならともかく、私たちは皆ゲンレイなんだから」
――――そう。彼女たちが通う『国立詞葉高等学校』はゲンレイだけを集めた教育機関。言霊のせいで居場所をなくした生徒たちの受け皿としての役割と、言霊の正しい使い方を学ぶための役割がある。
校舎は山の中腹にあり、生徒たちが暮らす寮は麓にあるため彼女たちのように登下校は山の上り下りを余儀なくされてしまう。何故こんな辺鄙な場所にあるかというと、単に土地が安かったということと一般社会と隔離するためである。とはいえ休日は生徒たちも市街に出て羽を伸ばすのだが。
宝島が自信満々に「かかってきなさい」と言った傍らで、嵐山が不安そうな声を上げる。
「だけどそのか弱い生徒が二十人がかりでもどうにもならなかったんだぜ? 間違いなく『竹』ランクはあるよ。聞くところによるとあの特別刑務所でも暴れたせいで転校手続きが長引いたって話だし、よっぽどの怪物に決まってる」
「あの対ゲンレイ用の特別刑務所で……」
過去犯罪に手を染めたゲンレイたちを収監している特別刑務所は、他の刑務所より遥かに厳重な警備体制が敷かれている。最新鋭の警備ロボに脱獄不可能のセキュリティー。さらに職員には戦闘に長けたゲンレイもいるとの話だ。
嵐山は両肩を抱いておどけてみせる。
「おお怖い。そんな奴とこれから一緒とか勘弁してほしいぜ、なあ? だいたいそんだけのやんちゃ坊主ならずっと収監しておけってんだ」
「多分上の人たちが働きかけたんでしょうね。デメリットに目を瞑るほどの見返りがあるから。まあその問題児の出方次第で私たちの行動も決まるわ。友好か排斥か。数は私たちの味方よ」
「身近な奴の方が怖かったわ……」
くく、と邪悪な笑みを作る宝島からそっと距離を置く嵐山。
事実これから来る転校生がいかに強力なゲンレイであろうと、コトノハ高校には三学年n合わせて五十ものゲンレイが在籍し、他に四人の教師陣もいる。数で押せば誰であれ倒すことは容易い。
ただそれは『下』の学校で行われているイジメと何ら変わりないという事実に、宝島は少しだけ忌避感を覚えた。
およそ二〇〇段もの階段を登り切った先に、いい加減見飽きた校舎が立ち並ぶ。広い敷地の半分はグラウンドと体育館が占め、ここで言霊の訓練が行われる。三階建ての校舎は縦長構造で、教室は各フロアにつき三つほどしかなく手狭な印象は拭えない。一般校に通った経験のある者ならなおさらだ。
ごく少数の生徒しかおらず、加えて行き来するにはあまりに不便な立地上購買や食堂なども常設されていない。寮を少し離れたところに一応スーパーがあるため、そこで弁当を買うか自作してきている。
現代日本とは思えないほど不便性を極めた場所。ここで今日も彼女らは自身のあるべき姿を模索する。
カッと照りつけてくる太陽を見上げながら、宝島は忌々しげに呟きを漏らした。
「今日も暑くなりそうね……」
このうだるような暑さもいつかは収まるのだろうか。
そんなことを考えつつ、彼女たちは逃げるようにして校舎内へと入っていった。