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第二章⑦ 隻腕の男(後)

青年と出ているのは全て同一人物です。名前はそのうち明かします。


「【縦横無尽】!」


 そう唱えたのと同時に、ツバサの身体は飛行機の離陸を思わせる浮遊力を手に入れた。勢いはさらに増し、全身をぶつけるようにして青年目がけて拳を振るう。

 ダイナミックなツバサの動きとは対照的に、青年は上体を軽く沈めただけでその攻撃を避ける。どころか、その腕を掴んでツバサを投げ飛ばした。ツバサはダーツボードに激突し、ガラガラと音を立てて埋もれてしまった。


 青年はパッパッと服の汚れを払う動きを見せる。


「【縦横無尽】……。飛行能力かな? 本来は鳥みたいに大空を自在に翔けるのが本領だろうに、わざわざこんな鳥籠に入ってくるなんてね。よく飼い慣らされている」


 ここが屋外であればより三次元的な動きができて、かつスピードにも乗れるだろう。しかしこのバー店内は高さ四メートルほどしかなく、障害物も多い。アドバンテージのほとんどを自ら殺してしまっているのだ。

 リーダー格のツバサがあっさりあしらわれて、家来たちの間に動揺が広がる。


「ツ、ツバサくんっ!? てめ、許さないからなぁっ!」


 硬直も束の間、残った三人は時間差をつけて順々に襲い掛かってくる。青年には右腕がない。つまり右側に回り込めば防御はしづらくなるはずだ。しかし彼らはそれすらせずにただ真正面から突っ込んでくるだけ。それなら対処はグッとしやすくなる。

 女Aがスタンガンを押し当てようとしてくるが、それより先に青年の突き出した靴底が女Aの腹部に直撃し、よろめきながら後退する。それと入れ替わるように今度は男Aがナイフを突き立てようと腕を伸ばしてきた。青年はそれを腕ごと左脇でホールドし、身動きを封じたところで右膝を鳩尾にめり込ませた。


 先陣を切った二人が容易く撃退されたのを見て、女Bが尻込みして立ち止まった。


「ひ、ひぃ。な、何よこのおっさん!? こっちは凶器持ってんのに、何でちゃっちゃと勝てないワケ!?」

「お嬢さん方とは修羅場を潜った回数が違うのさ。十年近く日陰者をやっていればこの程度、自然と身に付くよ」


 女Bを片付けようと近づく青年は危機を察知して大きく飛びのいた。すると元いた場所にダーツボードやテーブルが着弾した。飛んできた方向を見やると、立ち上がったツバサの周囲をふわふわと装飾品が漂っていた。

 へえ、と青年が唸る。


「なるほどね、【縦横無尽】は自身だけでなく物体まで浮かせることができるのか。重量とかにも依るけど、まあ【竹ノ中】くらいはありそうだね」

「余裕ぶってんじゃねーぞおっさん……! てめえ、もう楽に死ねると思うなよ? 幸いここは地下だ。悲鳴の一つや二つ上げたところで誰も助けになんて来ねえからよぉ!」

「……そうだね」


 おまけに大通りに面していないため人通り自体少ない。たまたま騒ぎを聞き付ける人間なんてほとんど現れないだろう。

 青年も頷き、認めた。



「ここでどんな惨劇が起ころうとも……誰も気付いてくれはしない。だから僕はここを寝床に選んだんだよ?」



 そう言って、青年は静かに左手を心臓に押し当てる。

 それはそう、生者が死者に話しかけるようなポーズだった。

 一瞬目を閉じた彼が次に開眼したとき、その瞳は深い青色へと変わっていた。




「――――【生殺与奪】」




 刹那――――


「きゃああああっ!? ちょっとア、アキラ!?」


 突如として悲鳴が上がった。仲間の声を聞き振り返ったツバサが目にしたのは、先ほどダーツで頭を射抜かれたはずのアキラが女Bに飛びついている姿であった。まるで盛った動物のように、アキラは執拗に顔を女体に近付けようとしている。

 ――否、犯そうと迫っているのではない。アキラは女Bの首元に噛みつき、皮膚ごと食い千切ったのだ。太い血管を損傷したらしく、破裂したかのように鮮血が舞う。


「え、あ……?」と事態を呑み込めないまま沈む女B。何かがおかしいことに気付いたツバサは青年の顔を睨み付ける。


「てめえ! さてはアキラに洗脳かなんかしたんだろ!? さっきのもダーツじゃなくて、別の何かを注射するために刺したんだ!」

「どう考えようと自由だけどね、キミもあんまり悠長にしていられないんじゃないかなぁ?」


 ナニィ? と訝しんだ直後、店の奥にあったスタッフルームから雪崩のように人間が踏み込んできた。その数およそ十五。捕らえられないようツバサは天井スレスレまで高度を上げる。

 ツバサが状況確認しようと首を振る。現状生き残っている二人は青年の手下たちの相手で手一杯だ。そしてツバサ自身もこの劣勢を打破できるほどの火力を持っているわけではないだろう。


 ならばこの状況で彼が取るべき行動は一つ。


「……ちっ! ここは一旦撤退するぞ! リコ! ヤマト! 入ってきたとこから逃げろ!」

「わ、分かった!」


 待ってましたと言わんばかりに指示された二人は唯一の出入り口へと向かう。その間ツバサは足止めを買って出た。存外仲間想いだったらしい。


「――それでもやはり遅い。せっかくの両翼も、思考が鈍いのでは意味がないね」


 逃走するのなら、最初の一人が殺されてすぐにすべきだった。それなら微かに生き延びられる可能性も残っただろうに。言霊を発動した後では逃げられまい。


「うわ、うわぁああああああああああっ!?」


 壁越しに男の絶叫が届けられる。ヤマトと呼ばれた男の声だった。それだけで何か不測の事態があったことが察せられるが、ツバサも今は救援に向かえない状況だ。

 やがてダムの放水の如く、出入り口から大人数が一気に雪崩れ込んできた。その中にヤマトとリコの姿もあったが、敵に至る箇所を噛まれ血塗れになっている。


「痛いっ、痛いっ……! や、指を噛み切らないでぇ……っ! いやぁあああ……」


 ガリ、ゴリ、と骨を砕き千切る嫌な音が室内に充満する。

 自分も奴らに捕まればああも惨い死に方をする……、と末恐ろしくなったのか、ツバサは安全地帯である天井へと逃げる。汗が一気に冷え切って身震いする。


 物理的に背が届くはずないのに、それでも青年の手下たちは阿呆みたいに手を伸ばし続けている。しかも覇気のない唸り声を上げていて――これではまるで空想上の『アレ』みたいではないか。

 ともかくこのままでは遅かれ早かれ自分も仲間と同じように食い殺されてしまう……。その前に何とかするしかないだろうが、一見しただけでも多人数を相手取ることのできる言霊ではないのは明らかだ。


 ならば、とツバサは決心した顔つきになって、操っていたダーツボードや照明全てを青年目がけて突撃させた。気迫のない緩慢な動きを見ても、手下たちは自分の意思で動いているわけではない。となると青年の言霊【生殺与奪】により強制的に手駒にされていると考える方が自然である。

 そしてそういう能力の場合、大抵ゲンレイ本人を倒してしまえば効力も切れる。故にツバサは青年に攻撃を集中させたのだろう。


 いつの間にかテーブルに腰を下ろしていた青年は顎を触りながら首を捻る。


「しかしその程度で及第点は上げられないよ。制御系のゲンレイ相手は本体を狙う、なんて言霊のことを少し齧ったことのある人なら誰でも知っていることだからね。そこからもう一、二歩先に進めていれば褒めてあげたのに」


 パチン、と指を鳴らす。それだけの所作で支配下にある手下たちが一斉に飛来物の軌道上に立ち塞がった。

 ただ漫然と獲物を追うだけだったはずの相手が、一転して『守る』という明確な意図のある行動を取った。予想だにしなかった展開に面食らうツバサ。


 ツバサの放った物体全てを手下たちが身を挺して守り抜いた。驚くべきは重量のあるダーツボードをまともに顔面で受け、首の骨が折れ曲がっているはずの相手が平然と活動していることである。

 はは、とツバサが震える吐息を漏らす。


「生きてる奴らだけに噛みつく。動きは鈍い。痛みを感じない……。これじゃあまるで、映画ん中のゾンビみてえじゃねえかよ……!」

「――そろそろ終わりにしようか。明日に備えて英気を養いたくてね」


 青年は跳躍一つでツバサとの距離をゼロにしていた。距離にして八メートル弱、高さにして四メートル強。人間離れした脚力を前に、ツバサは反射すらできなかった。

 彼の右脚が脇腹に炸裂する。そのまま床へと叩き付けられ、背中を打ったツバサは強制的に肺から息が漏れる。


「ぐ……、しまった……!」


 再度【縦横無尽】で飛び上がろうとしたツバサだが、手下たちに絡みつかれ、伸し掛かられてしまいあっという間に身動き一つできない状況に追い込まれてしまった。

 人の山に呑み込まれ、青年の視界から完全にツバサの姿が消える。その代わりに耳障りな音が増幅したが、青年はまったく意に介さない。


 彼は懐から一枚の写真を取り出し、楽しそうに眼を細めた。


「今から彼に会うのが楽しみだよ……。キミは僕の何になってくれるんだろう? 物言わぬ人形か、はたまた都合の良いラジコンか。ああ、早く会いたいよ――――」


ツバサの涙交じりの命乞いなんてまるで聞こえてない風に、青年は呟いた。



「――――ねえ? 護国寺直斗」




これじゃまるで青年がホモみたいじゃないか!

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