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第二章⑤ 貸しとか作りたくない人同士


「……ナオトくん? 今そこにいるの?」


 声の主は隣人である宝島乙姫だった。非常扉で仕切られているため彼女の姿を見ることはできなくとも、何となく息遣いで気配を察することができる。

 ここで黙っていては居留守のような感じになってしまう、と彼はちょっとだけ慌てたような返事をする。


「あ、ああ。いるぞ」

「そ。ならちょうどよかった」


 何がちょうどいいのか、皆目見当も付かない護国寺は閉口して次の言葉を待つ。けれどなかなか宝島が切り出してこないため、妙な沈黙が生まれてしまう。

 だからといってその静けさが気まずいということはまったくなく、こうして友達と同じ景色を共有できているだけで心地良さが胸を包み込む。


 一分ほどして、ようやく宝島が口を開いた。


「その――……ありがと、ね」


 唐突な感謝の言葉。言われのない謝辞に戸惑う護国寺。


「何のことだ? いまいち心当たりが……」

「今日のことよ。『無気力病』捜査のメンバーに選ばれたやつ」


 だとしたら増々分からなくなる。宝島と護国寺は確かに捜査メンバーに選ばれたが、それは彼女にちゃんとした実力があったからではないのか。

 宝島は小さく息を吐いて、


「これは推測だけど、私が選ばれたのは完全な実力じゃない。多分あなたのおまけで選出されただけでしょうね」

「そんなことは……」

「ううん。分かってるの。現状の私が危険な目に遭う『課外実習』のメンバーに選ばれるはずがないんだって。だけどナオトくんは違う。あなたはコトノハ高校唯一の『松』ランカー。三年生よりも遥かに優れた実力がある」


 無論、実力だけで選ばれるわけがない。特に護国寺の場合、全力を出すと制御不能に陥るリスクがあるのだ。それでも指名されたのは、柳生個人でなく組織全体としての思惑があってのことだろう。宝島の分析結果はスッと腑に落ちるものだった。


「弱点はメンタル面だけ。それをケアするために私も付き添うことになったんだと思う。あなたと仲良くしてた私を……」

「ま、理由はどうあれ良かったじゃないか。ここで宝島が成果を出せば、『夢』に一歩近づくんだから」

「…………そう、ね」


 喜ぶべきことのはずなのに宝島の歯切れは悪い。こういうときの彼女は大抵何らかの気がかりを抱えて感情を押さえているのだ。

 素直に問いかけてみてもいいが、今回は彼女の方から切り出してくれるか試してみようと思った。代わりに護国寺は視線を上にやって夜空を見つめる。


 こうやって夜空を見上げるのを、護国寺は先日までずっとやってこなかった。以前住んでいた場所では星空はさして美しく見えなかったし、この寮に住むようになってから何かとドタバタしていて余裕がなかったからだ。同じ空でも、見る場所によって全然違って見えるのが面白い。


「一つだけ、言っておきたいんだけど……さ」


 不意に切り出した宝島の言葉に耳を傾ける護国寺。


「もちろん私は、今回のチャンスを逃すつもりなんてない。きっちり手柄を上げて、今後重要度の高い仕事を任せてもらえるようにする。だけど、その……目的のためにあなたの立場を利用するようで、ちょっぴり後ろめたい気持ちになるの」


 推察通りなら、宝島が『課外実習』の面子に選出されたのは護国寺のサポートをするため。つまり彼女の実力は二の次とされていて、護国寺がいなければ選ばれることもなかった。悪い言い方をすれば「金魚のフン」「漁夫の利を得ようとしている」と言えよう。生真面目な性格の宝島はそこを気に病んでいるのだ。

 それは彼女の考え過ぎだし、そもそも気にするまでもないことである。ただしいくらそう伝えたところで宝島は僅かな蟠りを抱えることになるだろう。


「……『利用』って言葉が既に悪い意味で捉え過ぎてる証なんだよ。こんなの世の中じゃありふれたことじゃん。お金の貸し借り……は友情にヒビを入れるらしいから別として、頭の良い人に勉強を教えてもらうようなものだろ」

「分かってる。これは単に私が面倒臭い女ってだけの話だから。自分でできることは自分でやりたいってだけ。……だけど今回は、特例で二年生から『課外実習』に出させてもらえる、滅多にないチャンスなの」

「チャンスに貪欲なのは良いことだ」

「そんなの免罪符にもならないわ。だけど信じてほしい。私は決して、そのためにナオトくんと仲良くしてきたんじゃないって」


 改めて頷くまでもない訴えに、思わず護国寺は呆れ返ってしまった。いちいち声に出して言わなければならないくらい、自分は信用されていないのかと。だから彼は反対に答える気になれなくなった。

 宝島は今、隣でどんな顔をしているのだろうか。悪戯がバレた子どもみたいに、どんな反応が返ってくるか戦々恐々としているのか。はたまた耳を塞いでいるのか。


 護国寺はしばらく思考を巡らせて、閃いたと指を鳴らした。


「それを言うなら、俺だって今回は良い機会だと思ってたんだよ。今までの借りを清算する、な」

「……借りって何のこと?」


 首を捻っている宝島の姿が容易に想像が付いた。

 彼女が自覚していないだけで、護国寺からすれば大きな借りがあった。宝島のおかげで彼の中に確固たる目標が芽生えたのだから。


 直接ここで告げるにはあまりに恥ずかしくてできない。だから護国寺は代わりに違うことばで締め括ることにした。


「――――あんまり貸しとか作りたくない人だから、俺」

「……!」


 それはかつて寮で、宝島に言われたセリフ。

 あの頃からなんとなく予感はあったけれど、こうして宝島と普通に話せるようになるまで二か月しかかからないとは思わなかった。


 虚を突かれた風に沈黙していた宝島だったが、ついにクックッと噛み殺したような笑いが漏れ出た。


「ちょっと、勝手に人の言葉を真似しないでよ」

「何のことだか。あれだけ『お前とは友達にならない』と言ってきてた宝島さんの勘違いじゃないかなー?」

「なにぃ~?」


 下手くそな怒ったフリをした彼女は彼から見えるように左腕をぶんぶんと振る。ははは、と護国寺も釣られて笑う。

 護国寺は体勢を変えて、手すりに背中を着け踵を立てて半ば仰向け状態になる。見上げながら意味もなく口をパクパクさせていると、左肩に宝島の手が軽く触れた。何ぞ? と見てみると、彼女の握り締めた左手は非常扉辺りでピタリと静止していた。まるで何かを待っているようだ。


 何を望んでいるのか、宝島は何も言わない。しかしやはり見て見ぬフリをする気にはなれなかった。

 護国寺はそっと自分の握り拳を近づけて、彼女のそれと軽くぶつけ合わせた。


「……まあ、これからもよろしくな」

「こちらこそよろしくね」


 今彼女との間に仕切りがあることを、護国寺はこれほど感謝したことはなかった。

 もしも宝島と顔を合わせてしまえば、自分の気持ち悪くにやついた顔を見られることになっていたのだから。



マンションに住んだら隣に美少女がいたりしないかな……。

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