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第二章④ 他人格との語らい(後)


 そんなやり取りを傍らでニヤニヤと観察していたハミングが、堪らず口を挟んできた。


『救いのヒーローねぇ。じゃあさしずめ、俺らは戦隊ヒーローってやつか? ラースは当然ピンク。んで俺がなんか速そうなイエロー! ナオトは……地味な野郎だからホントはグリーンくらいに置いておきたいが、曲がりなりにも本体だからな。しょうがないからレッドにしといてやるよ』

「何でも口に出すなよ。てかグリーンだってヒーローには変わりないからいいの!」

『そうなると……あれあれぇ? 面子が足りてねえなあ』


 ハミングはわざとらしい言動で周囲をキョロキョロと見渡す。この場には護国寺とラースとハミングの姿しかない。

 ――【喜怒哀楽】は感情に基づいた能力を振るう力である。楽しいや怒りのほかにも、喜びや哀しみの能力も当然備わっているはずなのだが、今日まで一向に姿を見せたことはない。


 ハミングが言うには、どうやら護国寺がゲンレイとしてあまりに未熟なため、他の人格が表に出て来られない状態らしい。【愉快】と【憤怒】だけで容量ギリギリとのことだ。

 これはハミングなりの叱咤激励なのだろうが、瞑想する度に言われるといい加減耳にタコができてくる。

 護国寺は両耳を小刻みに叩きながら、


「はいはい分かってますよー。そんで『俺の全速力も早く引き出せるようになれよ』って言うんだろ?」

『ザッツライト! 分かってんなら頼むぜマジで。ナオトだって超スピードの世界を知れば絶対病み付きになるはずなんだよ。絶頂なんて目じゃねえくらいの解放感だ!』

「ぜ、絶頂よりも……?」


 ごくり、と生唾を呑む。いつも以上に興味の湧いた高校二年生であった。

 そんな男二人の様子を見て呆れ顔をするラースは、少しだけぶっきらぼうに言った。


『どうでもいいが、気を引き締めてかかることだ我が主。相手が「松」ランクの可能性があるという話だろう?』

「ん? ああ、だけどそれはあくまで可能性の話だし、今回は宝島と三年生も付いてくる。『竹』ランクが三人いれば太刀打ちできるだろ」


 かつて人間は強大な個体を打倒するために数の力を利用した。つまりいかに敵が『松』ランカーといえど、三人いれば戦い方次第で勝ちの目を拾うことができる。

 護国寺のそんな甘い価値観を、ラースは真剣さの帯びた声音で一蹴する。


『かつて人間は強大な個体を数の力で征服した。それは確かに真理。けれど――そんな数の力を吹き飛ばすのも、遥かに圧倒的な個体』

「…………」


 数の利を得て慢心した自分が惨殺される様を、明確なイメージとして叩き付けられた感覚に陥る。ラースから発せられる殺気を全身に浴びて、「本当にこのレベルの敵に勝てるのか?」と考え込まされたのだ。

 何より――先ほどの鮮烈なイメージの中では、共に戦った宝島が血の海に沈んでいた。それだけは何としてでも避けたい、と強く思う。


 ずっと軽い調子を保っていたハミングも今ばかりは笑顔が消えていた。


『……ナオト、さっきも言ったがお前はまだゲンレイとして未熟過ぎる。技術もそうだが、何よりその恐ろしさを知らずにいる。多分「松」ランクの戦いを直に見たことがねえからだろうな』


 護国寺自身が『松ノ下』だといえども、自らはっきりとその力を振るったことはない。いずれも他人格に支配されて意識が朦朧としていたからだ。

『松ノ下』は軍隊を、『松ノ中』は一国を相手にできる。――そして『松ノ上』は、世界そのものと渡り合うことができる。言葉の上でそう知っていても、やはり自分の目で確かめてみないことには実感として湧いてこない。


 ハミングは護国寺の背中をポンと叩いて、


『人生何事も経験ってことだ。そういう意味では今回の事件は、お前を大きく成長させることになるかもな。風俗で抜いた奴は素人童貞などと揶揄されるが、モノホンの童貞より遥かに男らしくなれるぜ』

「お前のたとえはもう少し何とかならんのか……」

『お? なんだ怒ったのか童貞』


 ラース、と名前を呼ぶと彼女は即座に炎剣を抜いた。その姿を見てハミングは持ち前の神脚で底の方へと走り去ってしまった。

 追撃態勢を取るラースは去り際にチラリと護国寺の方に目をやった。


『我が主よ。危険なときはいつ何時でも我らが手を貸す。だからどうか心安らかに邁進して』

「ああ、分かってるよ」


 それでは、と彼女はハミングの後を追って流星の如く急降下していった。

 その空間に取り残された護国寺にも留まる理由はないため、「帰る」と意思を示すと吸い込まれるようにラースたちとは真逆に上へと引き上げられていく。


 上がっていくにつれ光が徐々に強くなっていって――――


「――ぷはぁっ」


 護国寺の意識は現実へと引き戻された。

 素潜りしていたような息苦しさが途端に襲い掛かってくる。まずはゆっくりと息を整えて、あらかじめ用意しておいた水を口に含む。カラカラに乾いた喉に冷たい液体が染みわたる。


「暑いな……」


 運動したときのような身体の火照りを冷ますために、彼はベランダへと向かった。ガラ、と扉を開けると、少しだけ涼しい夜風が舞い込んできた。

 前かがみになって手すりに身体を預け、眼下に広がる街灯を眺める。家庭の光が一体となって美しいと思っていた景色。だけれど、いつだったか父に「夜中の光の数だけ、残業を余儀なくされた不幸な社会人がいるんだよ」と言われ、以降純粋な気持ちで見ることができなくなってしまっていた景色。


 余計なことを言う父親だった、と思い出に浸っていると、右隣から不意に声が投げかけられる。



カタカナの名前付けるのって難しいですよね。

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