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第二章③ 他人格との語らい(前)

 その日の夜。

 護国寺は部屋の中心で胡坐をかき、一人瞑想に耽っていた。


「…………」


 胡坐と聞けば精神統一を連想させるが、彼のそれは精神を落ち着かせるためのものではない。護国寺は今、内なる自分と『対話』しているのだ。

 銀行強盗事件の後、彼が真っ先に始めたのは【喜怒哀楽】の全容を知ることであった。通常のゲンレイであれば言霊の使い方は本能的に理解できるそうだが、残念ながら護国寺は例外のようで、一から手探りで把握していく必要があった。


 だから様々な方法を試した。休日は必ず自分探しの旅を行い、就活性みたいに自己分析もやった。あからさまに怪しげな占い師にパワーストーンを売られそうになったときは、宝島が力ずくで止めてくれた。このように紆余曲折を経て辿り着いた答えが『瞑想』だった。

【喜怒哀楽】とは多重人格――感情ごとに異なる人格と能力を持っている。そしてそれらの分身は普段は護国寺の内に潜んでおり、危険が迫ったり意識が刈り取られたりする状況によって表へと現れるのだ。


 内にいるのなら耳を傾ければ話すことも可能なはず。ダメ元でやってみたら本当に答えてくれたときはびっくりしたものである。

 護国寺の意識は現在、深い海のような場所にある。あるいは四次元空間にて自分の身体がぷかぷかと漂っているような感覚だった。


『――――なるほどねえ。「無気力病」か』


 世間話がてら今日一日を振り返ってみただけで、別段面白味があったとは思えないが長身の男――【愉快(ハミング)】はケタケタと笑っていた。


 ハミングは()()ゲンレイ最速の男。その名の通り『楽しい』の感情を司り、殺し合いすらもこの男の前では娯楽に過ぎないという、ある種狂人なのだ。

 能力はスピードに全振りしていて、実践形式で宝島と戦ったときに使ったのがハミングの能力である。


『あの程度で俺の名を語るんじゃねえよ! なんだあの亀みたいな速度は! 俺がこの世で嫌いなものは二つ、腕立てと亀だ。脚力さえあればいいし、亀なんざてめえのちんこだけにしておけ!』


 護国寺(やどぬし)のことを口汚く罵るハミング。【愉快】の力を使った後はいつも今のように叱責される。「せっかくF1カーに乗ってるくせに、法定速度を守ってんじゃねえ!」という言葉は聞き飽きるくらい浴びせかけられた。

 ふんっ、とハミングは鼻息を荒げて、


『いいか? ブレーキのかけ方から覚えるのはチキンのすることだ。まずは自分の限界までスピードを出せ。前戯の知識なんぞ後回しだ、まずは童貞を卒業してみせろ!』

「前者はともかく後者はまるで意味が分からん……」

『喧しい! 勝負ってのはスピードが全てだ。テクニシャンだろうと脳筋野郎だろうと、スピードさえあれば躱せないと当たらせない。つまり宇宙最速の俺こそがイコール最強なのだっ! ナオト、他の奴らとコミュなんてしなくていい。俺さえいれば万事解決だからな』


 護国寺と肩を組みながら捲くし立てるハミング。

 素直に聞き入れるつもりは毛頭ないが、それにしても物凄い自信だ。言っている内容もあながち的外れじゃないことも分かる。何よりシンプルな能力故、慣れてしまえば大きな武器になる。


 ちり、と護国寺は自身の首筋に火花が走ったような錯覚に一瞬囚われた。慌てて振り返ると、業火を身に纏う少女が僅かにムスッとした表情をしているのが目に入る。


『……ハミング、あまり誇張するのは良くない』


 少女の真紅の瞳に射抜かれたハミングは、護国寺から手を離し肩を竦めた。


『おやおや、男の友情に割って入れないからって嫉妬か? お前は【憤怒】だろ? ラース』


 ラースと呼ばれた少女は、以前雲井泰男を完膚なきまでに叩きのめした張本人である。【喜怒哀楽】の『怒り』を司っている。

 幼い身体つきにそぐわぬ【憤怒】の称号。しかし侮るなかれ、あくまで護国寺の所感だが彼女は『松ノ下』に収まる器ではない。はっきり言えばハミングよりも強い。


 怒りが彼女のモチーフだからだろうか、その能力は見ての通り『炎』である。霊力の質そのものが炎属性へと変化し、素手では触れることさえ叶わない。こうして心象世界だからこそラースと語り合うことができているのだ。

 もっぱらハミングの能力の一部を借り受けて戦っている護国寺だが、以前一度だけラースの力も使ってみたことがあった。意識して使うのは初めてだったから、試しにほんの一割程度を解放し――大失態を犯した。


 流れ込んでくる力はまるで豪雨の日の濁流の如し。どこか油断していた彼は力を制御できず、つい吐き出した炎により旧校舎の一部が消し飛んだ。

 たったの一割であの威力だ。【憤怒】の力は明らかに破壊に特化し過ぎている。技術の拙い自分では扱いきれないと、その日以降護国寺はシンプルな【愉快】の力を使っている。


 そしてラースはあたかも自分が除け者のように扱われていることに、日に日にストレスを蓄積させているようだった。ハミングが彼女を煽るからなおさらである。一つ屋根の下に住んでいるようなものなのだから、もう少し仲良くやってほしいと切に願う護国寺であった。

 ぷい、と年相応な拗ねた顔を見せるラース。そんな少女を見て護国寺は苦笑いを浮かべる。


「……悪いな。俺がもっと器用なら、ラースとももっと遊べるのにな」

『……別に構わない。私はただ貴方に従うだけ。とはいっても、私にできることと言えば激情に任せて何かを破壊することだけ』


 炎という性質とは裏腹に、ラースはどこまでも冷淡に答える。けれどその声には微かに沈んだような色が混じっていた。

 護国寺はそれは違う、と首を横へと振って、


「ラースの力は誰かを守ることだってできる。その証拠にお前は宝島を守ってくれたじゃないか。もう忘れたのか?」

『……それ、は』

「だいたい俺は【喜怒哀楽】を人助けのために役立てようとしているんだ。だから【激怒】も【愉快】も、全員俺にとっては救いのヒーローさ」


 そう言ってラースの頭を撫でてやる。現実では到底触れないだろう身体も、この世界なら熱くない。

 少女はそれを浸るような表情で受け入れていた。初めての経験を魂に焼き付けようとしているようでもあった。



私も女の子の頭をポンポン撫でたいなぁ。

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