第二章② 課外実習
後日。体育の時間にて。
二年一組はきちんと整備されたグランドで実戦形式の特訓を行っていた。
「【十字砲火】っ!」
宝島が吼えるとともに、黄金色の波紋が虚空に浮かび上がる。数にして四つ。そこから火炎が射出され、ジグザグに駆け回る護国寺に次々と襲い掛かった。
火炎放射は時速にしておよそ一四〇キロを超える。それが複数同時に向かってくるのだから、常人では回避し続けるのは不可能と言っていい。
しかし護国寺の走りは常人のそれを遥かに凌駕していた。世界記録を優に超えるスピードでグランドを駆ける彼を、宝島はなかなか捉えきれないでいる。直線的な動きならまだしも、規則性のない動きに加え緩急も付けられている。当てられずとも無理はない。
「それでも当てるっ!」
だからと言って臆することなく連発する宝島。火炎一発に要する霊力量はさほど大きくないが、それでも撃ち続けることができるのはひとえに彼女の霊力保有量の賜物だろう。
苛烈さを増す攻撃にも護国寺は冷静さを保ち続けている。波紋が出てから火炎が射出されるまで、およそ一秒程度。彼の機動力を以てすれば視認してから回避してもギリギリ間に合う。
ならば、と考えたのか、宝島は護国寺の死角に波紋を出現させる。視て回避されるのであれば、視えない位置にセットすればいいだけのこと。
ゴオッ! と頭部目がけて伸びるそれを、護国寺は頭を下げることで難なく回避した。
「なっ……!」
これには宝島も目を見開き、僅かに動きが鈍った。命中すると予想していたのだろう、結局護国寺は火炎を躱すまで一度も視ていなかったはずなのだから。
(感覚的なものだが――さっきのは霊力反応が背後に現れたのを感じ取ったから避けることができた。人の視線をふと感じるみたいに、霊力にも気配ってのがある!)
彼はこの隙を逃さず、一気に彼女との距離を詰めにかかる。銃弾と化したように一瞬で宝島に肉薄する。彼女は慌てて追い返すべく波紋を展開する。
(もう遅いっ! こっちの攻撃が当たるまで一秒とかからない!)
実戦形式とはいえ相手は女子。しかも友達。本気で殴るつもりは毛頭ない。コツンと小突くくらいで済ませよう、と護国寺は最後の一歩を踏み出し――――
「へ?」
――――次の瞬間、彼の身体は空中へと放り出されていた。
何故なら火炎が噴水のように、地面から吹き出したからである。
恐らく波紋を護国寺の着地ポイントに設置し、そこを踏ませると同時に放射させて上空へと打ち上げたのだろう。これ見よがしにいくつもの波紋を目の前に並べたのは、それを悟らせないようにするフェイクだったのだ。
「っていうか、まず――――!」
現状把握とともに、彼を取り囲むようにして十の波紋が展開された。
下に立つ宝島と視線がぶつかる。彼女はしてやったり、と笑みを浮かべていた。
「いかにあなたが素早くても、空中では身動きが取れないでしょ?」
「お……」
お手柔らかにお願いします、と言うこともできず、彼の全身に火炎放射が炸裂した。
* * *
「いってて……」
放課後、護国寺は腰をぽんぽん叩きながら、宝島とともに職員室へと来ていた。
結局宝島による火炎放射をもろに食らってしまった彼は、為すすべなく空中で袋叩きにされてしまった。しかも手加減されていたかどうかも怪しい威力で。
じろ、と護国寺が恨みがましく彼女の横顔を睨み付ける。しかし宝島はどこ吹く風ぞと言わんばかりに澄まし顔を浮かべている。
「手加減? シタシタ。私だってそこまで鬼じゃないって」
「うっそだぁ……。だってお前、撃つ直前すごい悪い顔してたじゃん。『計画通り!』みたいな」
「えぇ~、そんなことないですよぉ」
キャッ☆ とわざとらしい猫なで声を発する宝島。声も仕草もかわいいのに何故だか寒気が走る。
二人が職員室を訪れたのは柳生に呼び出されたからだった。だというのに当の本人が待っておらず、こうして無為な時間を過ごす羽目になっている。
しかし時間を破るなんて柳生と付き合っていたらしょっちゅうあること、と彼らは割り切っているので落胆するだけに留まっている。
待ち始めて十分が経過しようとしたところで、奥にある校長室から柳生がその姿を覗かせた。
彼は自身の席付近で待つ教え子二人の存在に気付いたようで、片手で謝りながら小走りで駆け寄ってくる。
「悪い悪い! ちょっと校長と話し合ってたんだ」
「へえ、遅刻にちゃんとした理由があるなんて、柳生先生にしては珍しいですね!」
「そんな嫌味たらしく言わんでも……、悪かったって」
ニコニコと謎の威圧感を発する宝島を見て、思わずホールドアップをする柳生。いったいどっちの立場が上かパッと見分からないだろう。
委員長気質の宝島には何かとフォローされてきた柳生である。柳生のおかげでここに来られた護国寺と同様、柳生も宝島には頭が上がらないのだろう。
ごほん、と咳払いで嫌な感じの流れをぶった切ってから柳生は言い始めた。
「今日呼び出したのはほかでもない、キミたち二人にある仕事を任せてみようと思ってね」
「仕事……?」
「そう。護国寺はまだ知らなかったかもしれないけど、コトノハ高校では有望な生徒にはいくつか仕事を振り分けることがあるんだよ」
柳生の話をまとめると、一定以上の実力を備えた生徒には『課外実習』という名目で仕事が与えられるらしい。主にゲンレイが関わっていると目される事件を任され、コトノハ高校三年生のほとんどが『課外実習』に勤しんでいる。
そうして積み重なった実績は将来の出世へとつながり、たとえば軍隊志望なら卒業と同時に部隊長を任されることもあるそうだ。だから三年生は目の色を変えて仕事を受けているため、学校にはあまり顔を出していないのである。
一頻り聞き終えたところで、いよいよ柳生が本題を切り出した。
「――『無気力病』って知ってるか?」
最近よく耳にするワードについて尋ねられ、護国寺は乏しい知識を総動員して何とか答えを絞り出そうとする。
「えぇっと……五月病の酷いバージョンでしたっけ?」
「いや、うん、まあ……そんな認識で大丈夫だ」
かなりふわっとした返答に対し柳生も気遣ってか言葉を濁した。
けれども宝島だけは遠慮せずにズバッと答えを口にした。
「『無気力病』っていうのは、最近世界中で広がりつつある原因不明の病のこと。それまでバリバリやり手だった社長も『無気力病』を患ったら最後、ボーっと抜け殻みたいになるそうよ」
正確に言われて護国寺もやっと思い出した。患者に共通点らしい共通点はほとんどないのに、海を越えて世界中で発症しているということを。
自分たちに任されようとしている事件がとんでもない規模であることへの緊張感とともに、彼には率直な疑問が一つ思い浮かんだ。
「……それを招いているのがゲンレイだと? 確かそれって世界中に広がっているんですよね? 規模が半端じゃなく広いじゃないですか。いくらゲンレイでもそこまで……」
「――――つまり黒幕は最低でも『松ノ下』レベルはある、ということですね?」
虚を突かれた気持ちになった。並大抵のゲンレイでは有り得ないというのなら、自然と相手は規格外だと分かる。護国寺にそういった発想ができなかったのは、ゲンレイになって日の浅さが抜けていないからだろう。
猟奇的殺人者が現実にいても、その存在を認識したことのない人にとっては『そんなサイコパスいるわけがない』と聞く耳を持たないはずだ。それと同じで、ゲンレイに対する知識の薄い彼はまだ物事を常識的な物差しで測って視ているのだ。
柳生は宝島の指摘に頷いて、
「恐らくはね。『松』ランカーはそういう領域にあるんだ。僕もそのうちの一人と関わったことがある。……あれは使い手次第で、本当に世界を塗り替えてしまいかねないものなんだよ」
真に迫った言葉に、思わず唾を飲み込んでしまう護国寺。柳生の知る『松』ランカーがどのような人物か知らないものの、いかに凶悪な能力だったか推し量るに充分過ぎたからだ。
一方でゲンレイの脅威を始めから認識していた宝島は、再確認したように何度か頷いてから、横目で護国寺を見やった。
「……というかあなたも『松ノ下』でしょ? 自分の力量くらいきちんと把握しておいてほしいんだけど」
「う……、ゴメンナサイ」
すっかり失念してしまっていた。どうにも自身に関することには無関心になってしまう。いつしか自分の誕生日を特別視しなくなるように。
じゃれ合う二人を見て、柳生はクックッと笑いを噛み殺しながら言う。
「とまあ、そういうことだ。キミたちは『課外実習』に当たるのは初めてのことだから、もう一人三年生を付ける。その彼と合同で調査に当たってくれ。学生の捜査範囲なんてたかが知れてる、絶対に捕まえようなんて考えなくていい」
現状日本でしかゲンレイは確認されていないとはいえ、捜査の手を逃れるために海外へ逃げているかもしれない。日本のどこかにいたとしても、運良くコトノハ高校の周辺で見つかる可能性はゼロに近い。調査する意味がないとは言わないが、成果一つ上げるのにも苦労するのは間違いない。
護国寺でもそう考えているのだから、聡明な宝島が分かっていないはずがない。けれど彼女は右手にギュッと力を込めて、
「――私はこの事件、絶対に解決してみせます」
そう己を鼓舞するように言ってのけた。
まさか柳生の話を聞いていなかったのか、と一瞬思ったが、彼女の瞳を見てすぐに改めた。宝島の双眸は太陽の如く燦々と輝いていたから。
それは言外に「夢を叶えるチャンスが来た」と告げていた。
護国寺は何も言わず、彼女のためにあらん限りの力を尽くそうと静かに闘志を燃やしていた。
学生の頃から働かされるとかブラックすぎ……。
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