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第一章⑪ そして少年は決意する

 次の日。意識を取り戻したら病院のベッドで寝ていました。


「何でだ……」


 護国寺は誰に言うのでもなくぼやいた。

 昨日【快刀乱麻】が銀行強盗した場面と偶然遭遇し、そのまま交戦する流れとなった。そして自分は無様に返り討ちに遭ったところまでの記憶ははっきりしているのだが、どうにもその後の記憶が所々曖昧だ。気付いたら手の甲に点滴用の注射がしてあった。動かしづらい。


 顔にはガーゼが貼られるなど治療の痕が窺える。きっと空中コンボ決められたときの怪我だろう。アレは完全に格ゲー世界のそれだった。

 担当看護師の話によるとどうやら丸一日寝ていたらしい。手術するほどの重体ではなかったものの、二、三日検査入院をする必要があるとのことである。


 時刻は午後二時前。今頃学校では実技訓練の時間である。


「というか、よく考えなくてもヤバいよなぁこれ。転校早々入院とか……。入学式当日に事故ってボッチになったって話、何かの本で読んだ思い出あるし……」


 ネガティブなことばかりが頭を過ぎる。ただでさえ前科持ちで友達できない境遇なのに、さらに交流する時間さえ奪われるとは。不運過ぎる。

 だけど、と彼は上体を起こしたベッドに身体を預け、窓の外を眺めながら独りごちる。


「宝島さんが無事だっただけ、まだ良しとするか……」


 救急車で運ばれる際に付き添ってくれた女の子がいたらしく、彼女は宝島と名乗っていたことからまず間違いない。

 あの窮地からいかにして助かったのか、ほとんど想像できないが結果良ければ全て良し。細事には目を瞑ろう。


「うんうん、ホントにキミたち二人が無事で良かった。せっかくのデートイベントがまさか特殊イベントだったなんて思いも寄らない」

「はい!?」


 護国寺は咄嗟に飛び上がりそうになったが、注射部分が痛んだため急ブレーキをかけて止まった。

 気配を押し殺していたのか、ラフな格好の柳生がベッドの横にある椅子に腰かけていた。


 そのリアクションが面白かったのか彼はケラケラと笑う。


「そんなに驚いたか? なら息を潜めていた甲斐があったというものだ」

「そりゃビビりますよ……。それは言霊の力ですか?」

「いや? 今のは誰にでもできる技法の一つだよ」


 またも驚かされる。さも当然のことのように言われても、人間誰しも一四〇キロを投げられるわけじゃないのと一緒で全員ができるわけじゃない。柳生の人として優れた一面を垣間見た気がした。

 予想外の来客だがグッドタイミングである。色々と聞いておきたいことがあったのだ。


「先生、昨日の一件についてですけど……」

「おお忘れるところだった。実は今日来たのもそれについて触れておこうと思ったからでね」


 指を鳴らし、柳生は足下にある鞄から数枚の資料を取り出した。少し見えたが、どうやら報告書のようだった。


「えっと……。昨日の昼過ぎ、銀行強盗を働いたゲンレイ【快刀乱麻】――雲井(くもい)泰男(やすお)は現行犯逮捕したよ。閉じられたシャッターをこじ開ける際に爆弾を使ったようだが、幸い死者は出ていない。怪我人はいっぱい出たけどね」

「その雲井を捕まえたのって、結局誰なんですか? あの場にいたのは俺と宝島さんくらいだったから……」


 普通に考えるなら当時意識を失っていた護国寺よりも、宝島が奮闘して逮捕に貢献したという方が自然な流れだろう。

 その一方で嫌な予感があった。ひょっとして自分はまた――――


「――また。他の人格に支配権を奪われた、とでも考えているのかい?」

「……はい。でも今回はちょっと違います。俺は赤い髪の女の子に自ら身体を預けたんです」


 柳生には見抜かれていたようだ。あやふやだが、糸によって拘束された自分はあろうことか他人格に助力を求めた気がするのである。一歩間違えれば大惨事を起こしかねない力に。

 そのときの感情はまるで熱に浮かされたようで。あのときは何かと合点がいっていた気がするものの、今となってはそのやり取りもあまりよく思い出せないでいる。


「ただ……俺はあのとき多分、真紅の少女に変貌していたんだと思います」

「……魔法少女?」

「違いますって。誰得ですかそれ」


 柳生は茶化した風に言う。以前護国寺が暴れたときは青年の姿をしていたようだが、今回はそれとは違うという確信があった。

 柳生は資料から目を離し、代わって護国寺の目を見据える。


「まあその通りだよ。キミはあのとき【喜怒哀楽】を発動させ、ほぼ完全に他人格に支配権を奪われていたそうだ。気がかりなのは宝島くんの目撃情報によると、以前暴れたときの男性姿ではなくて、中学生くらいの少女にフォルムチェンジしていたことだね。……何か思い当たることはあるかい?」

「いえ……何も」


 もう答えは喉まで出かかっているというのに、何かがそれをせき止めているような感覚。知るのは今ではない、とでも言いたげだった。


(俺はあのとき確かに少女の名前を口にしたんだ……。でもそれがいったい何なのか、あと一歩のところで思い出せない……)


 はあ、と今度は深い自己嫌悪に陥る。暴走させないよう注意を払っていたというのに、結果は全然伴わなかったのだ。これではいつ【喜怒哀楽】を制御できるようになるやら……。

 そんな護国寺の態度を見てフッと柳生が口角を歪めた。


「キミは相変わらず心が態度に出やすいな。何を考えているのかすぐ分かる」

「そうは言っても……」

「確かにね。キミがボコボコにした雲井は全治一か月以上の重体で、同じゲンレイじゃなかったら下手すると死んでいたかもしれない」


 ほらやっぱり、と諦めたくなる気持ちを制するようにして、柳生は矢継早に続けた。


「『()()完全に他人格に支配されていた』、と言ったろう? そこまで重く考える必要もないさ」

「99と100はほとんど一緒ですよ。何の免罪符にもならない」

「それは違う。同じ1の差でも0と1くらい違うのさ。――――キミは結局、雲井を殺すことはなかったんだから」


 だとしても同じことだ。人の身体は脆い。一歩間違えれば殺していたことに違いはない。

 それすらも読み取った柳生が口を挟む。


「思い出してごらん? 以前の学校でもキミは大勢を怪我させた。だけど一人として死者が出ることはなかったんだ。今回もそう。『松』ランクなんてその気になれば簡単に大量虐殺できるんだからね」

「……、」

「つまり護国寺くん。キミは最後の一線だけは踏み越えないよう、他人格をきちんと押さえつけていたんだよ。宝島も言っていたよ、『護国寺くんは最後の一刺しを懸命に堪えていた』と」


 相手を死なせることは何より重い罪であることは自明の理だけれど、だからと言ってその一歩手前まで痛めつけていい理由にはならない。

 そんなことは重々理解している。事情はどうあっても、力に溺れて他者に暴力を振るったことに変わりはないのだと、ずっと自戒を繰り返してきた。


 ――それでもほんの少しの嬉しさがこみ上げてくるのを止めることができなかった。


 自分にはちゃんと人としての心が残っていたのだと再確認できたことが、どうしようもなく嬉しかったのだ。

 思わず熱くなった目頭を押さえる。柳生の声だけが耳に響く。



「敵を殺すのは極論誰にでもできる。だけど敵を生かすのは人の心を持っていないとできない。……あくまで持論だがね」

「はい、はい……! ありがとう、ございます…………っ!」



 噛み締めるように何度も頷く。咀嚼して、その事実を生涯忘れないよう。

 それとともに護国寺の中である決意が強固となって顕現し始める。


「改めて決めました、先生。俺は――――」


 グッと手に力を込めて、



「――――俺は【喜怒哀楽】を制御して、多くの人を守れる存在になります」





 この先、彼がその決意を叶えることになるのは、まだまだ先の話である――――




第一章完結!次なる敵は蜘蛛男なんて目じゃないくらいの強敵です。

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