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第一章⑨ 覚醒


 ――――だからこそ。


「ぉおおおおおおおおおおおおっ!!」


 助けに入らずにはいられなかった。


 自分にいったい何ができるのかさえ分からない。

 ひょっとしたら邪魔になるのかもしれない。

 そんな()()の理由をかなぐり捨てて、護国寺は拳を握り締め男に詰め寄った。


「テメエはさっきこの嬢ちゃんと一緒にいた坊主……。まだいたのか」


 それを見た男の眼付きは冷ややかなものであった。呆れたような、小馬鹿にしたような。どちらにせよ護国寺など歯牙にもかけていないことがありありと伝わってきた。

 護国寺が自身の間合いに入るよりも早く、男は刀を横薙ぎに一閃。本能が咄嗟にブレーキをかけてくれたものの、彼の胸板に真一文字の裂傷が走る。


「そら、頑張れ男の子。カワイ子がピンチだぞ?」


 冷笑を浮かべ、男は護国寺の両脇の建物の上部に糸を伸ばす。そしてパチンコの要領で弾ける推進力を得て靴底を少年の腹部へと突き刺した。

 衝撃が体内を駆け巡る。肺から強制的に空気が吐き出される。口の中に鉄の味が広がる。


「ご……ぉっ!」


 押し上げられるようにして空中へ放り出される護国寺。経験したことのない浮遊感が全身を包み込む。


「まだまだ」


 男が低く呟いたのと同時に、ガチン! と護国寺の顎が拳により撥ね上げられた。

 重力が働くよりも早く、男の空中コンボが炸裂する。顔面を容赦なく殴打され、脳が激しく揺れ前後不覚に陥る。直後一際強烈な蹴りがテンプルを直撃し、左側にあった建物へと叩き付けられる。


 背中をしたたか打ち、肺の中にあった酸素がゼロになる。彼の両足が地面に着くことはなかった。どうやら蜘蛛糸によって建物に磔にされたみたいだ。


「げほっ、げほっ……!」


 咳に混じって少量の血が吐き出される。ひょっとしたら内臓を傷付けたのかもしれない。

霞む視界の中央に男が入り込んできた。


「ふぅむ、嬢ちゃんと一緒にいたからてっきりお前もゲンレイなのかと思ったが、てんで話にならんな。コトノハ高校ってことは無害な『梅』ランクだったのか。そんなんで『竹』ランクに挑んじゃあ駄目だぞ坊主」


 何か言い返そうにも声が形にならない。魚のように口をパクパクするのが精いっぱいだ。

 男はすぐに護国寺に対しての興味を喪失し、視線をふと足元へと落とす。そこには今日受け取ったばかりのPDAが落ちていた。ぶつけた拍子にポケットからこぼれたのか。


「へえぇ。今のガキは皆持ってんだなこの端末。……おっと、指紋認証もパスワードも登録してねえじゃん。不用心だなぁおい」


 後でやればいいやと先延ばしにしていたのだ。今のところ電子マネーも入金していないしなんら困ることはないのだからと。

 当然律儀に落し物を返してくれるはずがなく、男は端末を弄りながら宝島の方へと戻って行く。……が、不意に足を止めてこちらへと向き直った。


 邪悪な笑みを浮かべながら、


「そうだ。あの嬢ちゃん、このまま殺すには勿体ないほどの上玉だ。こりゃお持ち帰りした方が色々楽しめそうだし、ついでにこのPDA使って撮影会、なんてのも最高だ。良いモンくれてありがとな、坊主。……お礼と言っちゃあなんだが、テメエにゃ絶大な無力感をプレゼントしてやるよ、しっかり噛み締めろ」

「この……!」


 このままだと逃げられる。そして男の言葉通りなら、宝島は連れ去られた先で言語に絶する辱めを受ける。国家権力が働きかけたとしても到底間に合うまい。

 力を振り絞って前のめりに全体重を預ける。しかし全身を拘束する糸は千切れる気配すらない。おそらく成人男性はおろか格闘家でさえも破れない強度があるのだろう。


 彼は再び宝島の方へと目をやる。彼女もまた動くことができずに歯噛みをしているに違いない。そんな彼女を汚さんと一歩、また一歩と男が歩み寄る。


「くそ、くそぉ……っ!」


 抗うことのできない絶対的な力により、津波の如く無力感が押し寄せてくる。

 次に湧き出てきたのは『怒り』。高潔な宝島の尊厳を、己が快楽のために踏みにじろうとするゲンレイに対するものと、何もできずにいる自分自身に対する。



『――――ならば今は一時、その感情に身を預けなさい』



 脳に直接届けられるようにして声が反響した。

 どこからともなく響く凛とした女性の声に護国寺が応える。


「君、は……?」

『それは意味のない問い。貴方は私たちのことを誰よりも知っているのだから、この問答に意味は見い出せない。今貴方が答えるべきは他にある』


 ふつふつと。身体の奥底から煮え滾る何かが湧き上がってくる。



 ――――手足は動くか?


「違う」


 ――――あの男に勝てるか?


「違う」


 ――――友達を、守れそうか?


「そう。今大事なのはそこだ」



 自問自答にも似たやり取りを繰り返し、護国寺は自身の内側へと耳を澄ませる。それだけでこれまで蓋をしてきたものが漠然とした形を為して流れ込んでくるような気持ちになった。


 そうだ。護国寺は最初から()()()()()のことを知っていた。

 今脳に響く声の正体は自分自身。【喜怒哀楽(ことだま)】を司る感情の一柱。ずっと昔から共に在ったはずなのに、見て見ぬフリをしてきた分身。


「今まで無視してきてゴメン。……だけど今は力を貸してくれ」

『仰せのままに、我が主よ。私は汝の呼びかけに応える手筈を全て整えている!』


 体内を暴れ回る感情を力に変換し、『彼女』の名前を高らかに叫ぶ。



「焼き尽くせ――――【憤怒(ラース)】っ!!」



 刹那。


 ゴッ!! と護国寺の身体を呑み込むようにして火柱が上がる。


 突然の炎に男は目を奪われ、ポトリと奪ったPDAを落とした。どうやら護国寺の個人情報が添付された生徒手帳を閲覧していたらしく、少年の顔写真とともに言霊についての記載が為されていた。




 生徒名:護国寺直斗。

 言霊名:【喜怒哀楽】。

 ランク:『松ノ下』。




 やがて炎は収縮し、中から一つの人影が現れた。

 そこに佇んでいたのは少年ではなく、真紅の髪が映える少女の姿であった――――


ちょっと駆け足ぎみだったかも

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