【0009】ヨシロウ 0008
「財布を落としたことに気付いて、とりあえず先にキャバクラへ電話したわけよ。『タクシーに乗る前に落としたみたいなんだけど、そちらに届いてませんか』って。でも店の子が探しに出た時は財布は見つからなくてね、それから警察に電話したんだ」
喉を鳴らしてビールを飲むと、ヨシロウはトモミに向かってニヤリと笑った。
「――そしたら、なんて言われたと思う?」
トモミは首を傾げて考えた。
さっき彼は「財布は見つかった」と言っていた。でもわざわざこうやって訊くということは、まだ何か一波乱あったのだろうか……
「まだ届けられていなかったんですか?」
するとヨシロウはまたニヤリと笑って「はずれ」と言った。
トモミはむっとしたが、表情に出さないようにすんでのところで押し留めた。
「その時点で俺が店を出てからもう二時間くらい経ってたんだけどさ。財布は、俺が電話する三十分くらい前に届けられたんだって」
「そうですか……よかった」
トモミは今度こそ本当にほっとした。しかしヨシロウは首を横に振った。
「よくないよ……キャッシュカードや免許証は無事だったけど、現金はなくなっていたんだ」
「えっ……? じゃあ、あの」
「そう。まとめて下ろした現金が全部。領収書は入ったままだったから、キャバクラで使った分だけは経理から戻してもらえるけどね」
ヨシロウは大きなため息をついてから、ビールをごくごくと一気に飲み干した。
「警察も、『出て来ないと思うけど、一応盗難届出しますか?』なんて態度だったし――参ったよ」
それで立て替えてくれと言ったのか……と、トモミはようやく理解した。
でもこんなに回りくどく説明しなくても、という気持ちは未だにあったが、ヨシロウとしては、自分の失敗談を簡潔に話すのは悔しい気持ちもあったのかも知れない。