【0007】ヨシロウ 0006
「あの、ヨシロウさん――」
卓上用の醤油注しを手渡しながらトモミが話をうながそうとすると、ヨシロウは小さく首を横に振った。
「まあ、とりあえずトモミもビール飲もうよ。あれ? 買い物袋は?」
「お醤油取りに行くついでに、キッチンへ持って行きましたよ」
イライラし始めたトモミの声に気付いたのか、ヨシロウは少しむっとした。
しかしすぐまた笑顔に戻って「じゃあ悪いけど、俺だけ先に飲んでるね」とビールの缶を開ける。
「あの、ヨシロウさん……落としたお財布ですけど」
「話には順序ってもんがあるだろうっ?」
ビールの缶を持ったまま、ヨシロウは突然声を荒げた。
「どうしてきみは人の話を大人しく聞けないんだ! どうして何度も何度も邪魔するんだ! 俺の話を聞きたくないのか!」
そのまま缶をテーブルに叩き付けるように置く。まだ一口も飲まれていないビールが、盛大に跳ねてテーブルの上や床に飛び散った。
トモミはその場に固まった。
「そんなに知りたかったら先に教えてやるよ。財布は見つかったよ! キャバクラの店の前に落ちてたらしいが、俺が店に電話した時にはもうなかったと言われた! これで満足か!」
憤怒の表情、とはこういうことなのだろう。
いつもは柔和で人懐こそうなヨシロウの顔が、怒りで赤く染まっている。心持ち垂れ気味の目が今は吊り上がっていて、トモミには別人のように見えた。
しかしこの時は恐怖よりも先に、何故彼がそんなに怒っているのかわからず、突然の出来事に驚いたため動けなくなっていただけだった。
多分自分の言動の何かが彼の気に障ったのだろう、ということだけはかろうじて理解したが、どこが悪かったのだろう……