【0014】ヨシロウ 0013
ヨシロウが選んだ生姜焼き用のロース肉は、この部屋にあるフライパンで焼くには大き過ぎた。
食べやすい幅で切った方がいいだろう、とトモミは考える。
先に小鍋で味噌汁用のお湯を沸かし、豆腐と葱を切るために包丁をスタンドから引き抜いた。一体型成型で柄の部分まで金属でできているものだ。
豆腐を賽の目にして長葱に取り掛かったが、何かおかしい……トモミは手を止めた。
「あ、その包丁、しばらく砥いでないからちょっと切りにくいかも。気を付けてね」と、タイミングよくヨシロウが声を掛ける。
「あぁ……そうなんだ。じゃあ砥石とかあります?」
「買わなきゃと思ってるんだけどねえ」
つまり、この包丁は買ってから一度も砥がれたことがないのか、とトモミはため息をつく。
トモミは包丁スタンドを確認しながら問い掛けた。
「ヨシロウさん。果物ナイフ使ってもいいですか?」
セットは万能包丁の他に果物ナイフ、パン切りナイフ、そして細長く鋭い包丁――トモミは間近で見たことはないが、多分刺身用の柳刃包丁――それからキッチンばさみの五点だった。さすがに柳刃包丁を使いこなす自信はない。
するとすぐ近くで「えー? 果物ナイフで葱や肉を切るの?」と不満げな声が返って来た。
「びっ……くりした……」
思わず飛び上がりそうになったトモミは、包丁をまな板の上に置いた。
動悸で手が震えている。このまま刃物を使うには心許ない。
「ビール取りに来た――包丁があるんだから、多少切れなくても包丁で頑張ってよ。果物ナイフで肉を切るやつなんていないだろ」
トモミだって別に好きで使おうというわけではないが、この刃物セットの所有者はヨシロウだ。彼が嫌と言うなら仕方がない。
初めよりは慎重に、長葱を刻む。