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ずーっと以前に書いた創作怪談シリーズとショートショートシリーズ

階下の足音

 その音は、毎晩聞こえてきた。

 決まって午前3時。フリーライターなどという横文字の仕事をやっているおれにとっては、一番集中している時間だ。その音は、毎晩その時間に、階下から響いてきた。

 おれの住んでいるのは、プレハブ2階建ての安アパート。部屋の内装は洋風で、サッシの引き戸の向こうは小さなベランダになっている。だが、床だけは畳ばりで、床の上でくつろげるように出来ている。

 しかし、造り自体は安物で、防音なんていうのは無いようなものだ。隣で鳴る電話のベルなんていうのは当たり前で、静かにしていると、話している内容だって聞き取れる。

 引っ越してきてから3ヶ月。そういう音には慣れてきた。しかし、階下の音というのは、なかなか聞こえてこないものだ。一階の住人になったことはないから、二階の足音がどのくらい響いているのか知らない。だが、一階の住人は天上を歩いたりはしないはずだ。それなのに、毎晩、決まって午前三時。こつこつこつこつこつこつ・・・・。足音のような音が聞こえてくるのだった。しかもそれは、畳を歩き回るような物音ではなく、堅い床を靴で歩き回っているような音がするのだ。

 最初は、新聞屋の配達かとも思ったが、物音は確かにおれの真下から聞こえるのだった。

それが、もう二ヶ月にもなる。

 最初は気にも留めていなかったが、毎晩繰り返されると気になり始める。中島らもの「人体模型の夜」の中に、隣を盗み聞きする話が出てくるが、その心境がおれにも理解出来るようになってきた。どうしても、気になるのである。いったい何をすれば、あんな音を立てられるのか。下の住人は、いったい何をしているのか。


 その夜、おれはついに我慢できなくなった。畳に耳をつけ、聞き耳を立ててみた。

「こつこつこつこつこつ・・・・。」

おれの耳の真下で靴音が響く。感覚的には、ほんの何センチか下を歩き回る音だ。

 全神経をとがらせて、音のする場所を特定しようと、おれは耳を畳にすりつけるようにして、床をはい回った。

 どうやら、音は部屋の中心から入り口の方へ50センチばかり行ったところを中心にして、半径1メートルの円を描いているように思えた。おれは、少しとまどった。いったい下のやつは、どうやってそういう音を立てているのか。天上をほうきの柄でつついているのだろうか・・・。いったい何のために。しかも、毎晩・・・。

 おれは、無駄だとは知りつつも、畳を一枚上げてみることにした。その方が、はっきりと音を捉えることができそうな気がしたのだ。

 音のする場所は直径にして2メートル。その中心は部屋の北側の畳の下だ。おれは、今まで畳を自分で上げた経験が無かった。だが、ようするに厚みのある板のようなものなのだから、隙間に大きいドライバーでも差し込んでやれば上がるに違いない。

 おれは、押入の中から電気工具箱を取り出すと、その中から一番大きなドライバーを引き抜いた。

 畳の隙間にそれを突き刺すようにする。てこの原理でこじった。が、思ったようには畳は動かない。わりと隙間無く、ピシッと入っている物らしい。少し畳のヘリをひっかいて破ってしまった。それでも10分ほど格闘するうちに、畳は少しづつ浮き上がってきた。

おれは、慎重にそれを少しづつ引き上げていった。

 音は、引き上げるたびに徐々に大きくなっていった。そして、だんだんと早くなっていく。まるで、おれが畳を上げていること知っているように、階下の奴は音を立てまくっていた。

 が、ふと、おれは思い出した。

 そういえば、おれは、今まで階下の住人に会ったことがない。確かに、他の住人と顔を会わせる機会は少ない。だが、まったく会わないわけでもない。ただ、おれの真下のやつとは会ったことがない。いや、待てよ、おれの真下の部屋のベランダに洗濯物がかかっていた記憶もないな。

 おれは、突然に思い出した。この部屋を借りる時に大家が言っていたじゃないか。

『あなたの部屋の下は、空き部屋なんですよ。だから、しばらくは足音に気を使う必要はないんですよ・・・。』

 じゃあ、いったい、この音は誰が立てているんだ?

 おれは、背筋が寒くなっていくのを感じていた。誰もいないはずの部屋から毎晩、毎晩音が響いてくる。「こつこつこつこつこつ・・・・。」誰かの足音が、天上を歩き回る足音が。「こつこつこつこつこつ・・・・。」

 畳のヘリにドライバーを差し込んだまま、おれは凍り付いた。何故か、この畳を上げてはいけないような気がし始めていた。

 音は、まだ響いてくる。さっきよりも大きく、そして速く。

「こつこつこつこつこつ・・・・。」

おれは、そうっとドライバーを動かした。引き抜いてしまうつもりだった。もう、これを上げるのはよそうとしたのだ。

 が、抜けなかった。何かにひっかかったようにびくともしなかった。ひっかかるわけがないのだ。ドライバーには、ひっかるような突起がないのだから。

 おれは、恐怖に駆られながら、力一杯ドライバーをこじった。

「ガシッ。」

ドライバーが抜けると同時に、畳が持ち上がった。見ると、畳は完全に浮き上がり、2センチほど隙間が出来ていた。音は、やんでいた。

 おれは、ドライバーを握りしめたまま、しばらく呆然とそれを見つめていた。2センチの隙間からは、黒い床が見えていた。

 意を決した。おれは、おそるおそる畳を引き上げた。


 現れたのはフローリングの床だった。そして、そこには黒いシミが広がっていた。どう見ても、血液の染み込んだ跡のように見えた。


 おれは、それから1週間後に部屋を引き払った。口の重い大家を問いつめると、あの野郎は言ったのだ。

「もともと、あのアパートはフローリングの床だったんです。あの部屋には以前、若い男の人が住んでいたんですけども、毎晩毎晩、深夜に歩き回るんですね、部屋の中をぐるぐると。一階の方は年輩の男の人だったんですが、それで睡眠不足になって、ついにノイローゼになってしまったんですよ。」

そこで、大家は言葉を切った。話したくなさそうだった。

「ある日、ついに、その年輩の男の方が若い男の部屋に怒鳴り込んだんですよ。包丁を握りしめてね・・・・。」


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― 新着の感想 ―
[良い点] お互い様。 [気になる点] 理由が明らかにされ過ぎていて、読了感はホラーのそれではない。 [一言] アパート自体がやばいということはなさそう。きっと、この二人の組み合わせだからこそ、こうな…
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