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第二王子と幼なじみ  作者: みあ
本編
15/20

14 期待と不安

 マリアベルはうまいことエリックを誤魔化したと思ったのだが。

「さあどうぞ」

 ルガッタ公爵家をあとにして王城に戻ると、彼女はエリックに誘われて彼のアトリエを訪れることになった。


 もちろん彼女は抵抗したが、王子は有無を言わせなかった。

 そもそも城に到着してから無茶を言いだしたエリックがいけない。お忍び姿の第二王子に楯突いて目立つことの方がより避けたいマリアベルの抵抗は、ほぼないも同然だった。


「今、誰かに少しくらい見られたって、貴女も僕もすぐに誰とはわかりませんよ」

 にこやかに言い切るエリックほどマリアベルは楽観できなかった。

 マリアベルはともかく、第二王子殿下の顔は広く知られている。王子らしからぬ身なりとは言っても、にじみ出る気品は隠せない。

 シンプルなシャツにタイを結んだだけの姿でも、あらがいがたい魅力が彼にはあった。


「リックさまのアトリエの近くには絶対誰かいますよね」

 懸念をそのまま口にしたところでまともに取り合ってもらえないと判断して、マリアベルは別の方向から説得を試みる。

「僕がマリアを連れて行って騒ぐような者は近くに置いていませんよ。貴女が僕の妃になることは周知していますから」

 しかし数少ない抵抗にこのように言い聞かされて、マリアベルは脱力するしかない。


 彼女はそれを了承したつもりもないし、周囲にだってとても認められる気がしない。

 たとえばマリアベルを用いてくれている王妃だって、側妃ゆかりの娘を息子の妃には望まないはずだ。

 身を慎むべしと常々マリアベルに言い聞かせていた叔母だって、認めてくれるとは思えない。


 ただ……。

 マリアベルは仕方なしにエリックの後ろを追いながら、彼の近しい者は違うのだろうなと考えた。

 早々と王位継承争いから退いたエリックの側近として用いられるのは癖が強い面々だ。次期王の側にも侍れるほどの地位にある有力な家の後継までが第二王子の側にあるというだけで、色々な勘ぐりをする者もいる。

 それを面白がりいいように不穏分子を操るのがエリックであるので、その側にある人たちも似たところがあるのだろうか。


 主の側にマリアベルのような立場の人間を認めるのはどうなのだろうと思うが、先日のエリックの求婚事件の際にも彼らは近くにいただろうに誰一人出てきて文句など言わなかった。

 共に王族近くに侍るものとして多少の交流があるが、あれ以後も彼の側近の態度は全く変わらない。

 そのようにしっかり統制されているようだから、確かに騒ぐとは思いがたかった。


 エリックのアトリエは彼の私室の奥にある。

 部屋前の護衛はちらとマリアベルに一瞥はくれたが、突然主が彼女を連れてきたことには驚く様子さえ見せずエリックに敬礼する。

 ご苦労様と一声かけてエリックは彼に扉を開けさせた。


 扉を開けてすぐの応接間にも数人が待機していたが、こちらも何の動揺もない。

「留守中になにかありました?」

 穏やかに問うエリックに事務的な内容を告げる側近の横で、侍従が手早く荷物を受け取っている。もう一人の侍従はマリアベルにお茶を用意してくれた。

 側近は彼女とすれ違うように足早に部屋を出ていき、エリックはマリアベルに少し待つように伝えて侍従たちと奥の間に行ってしまう。


 ゆったりお茶する気分にもなれずにマリアベルはぼうっとしてしまう。

 いっそ誰かに表立って非難されれば楽なのにと思った。

 王子妃としてふさわしくない、血筋の怪しい娘だ――と。罵られたいわけではないが、その方が話は簡単だ。


 エリックは時折傲慢なところも見受けられるが、暴君ではない。基本的に物腰は柔らかいし、周囲の意見にだって耳を傾けてくれる――聞き入れるかはまた別の話だが。

 婚期を逃したような娘だからどこかに問題があるのだろうとでも言われたら、いかなエリックだとて考え直すきっかけになるかもしれない。

 マリアベルは他力本願につらつらと考えた。


 これから自分の肖像画と対面することになることがとても現実とは思えない。その非現実的な近い未来に、何かの予感を感じていた。

 それは期待でもあり、同時に不安でもあった。据わりが悪くて、むずむずする。


 マリアベルは、最終的には自分がエリックを拒否することが出来ないとわかっていた。

 エリックはマリアベルにとってもっとも近しい異性の一人だ。単純に、彼女はエリックが好きだった。

 かつては弟のように思っていたけれど、そうではないともう理解している。

 彼へ抱くのは単純な友情ではないし、きっと恋でもない。愛と言うにはまだ早いけれど、おそらくはそれに近しいもの。


 本当に他力本願だとマリアベルは自らを嘲笑った。

 彼を拒否することは自分には難しい。だからできれば他人の力でエリックに諦めて欲しかった。

 拒否することでこれまでの関係を崩すのが嫌だった。近しく言葉を交わすことは少なくても、機会があれば気の置けない会話が出来る関係でいたかった。


 ただ。

 家族になりたいと語ったエリックの言葉聞いてから、心が揺れている。

 彼の見立ては間違っていないと、マリアベルは認めざるを得なかった。自分の立場では望んでも叶わないと目をそらしていたけれど。

 それを気にしないとばかりに言い寄られると、どうしようもなく誘惑される。


 エリックと男女の関係を考えられるかと聞かれたら、今はまだわからない。

 自分の子というものを明確に想像したことがないが、幼い子供は可愛いとは感じる。現実的に自分が出産することは母のことがあって恐ろしく思えるけれど、前向きに考えることは不可能ではなさそうだ。

 それに理想の家族の一員の伴侶になれるのは、何より魅力だ。

 交友関係の狭いマリアベルにとって、エリックは誰より近しい異性だというのもその判断を後押しする。


 だけれど、エリックの思い通りに、自分が彼の妃になれるなどとはとても考えられない。頷いたところでどこかで横やりが入るに決まっている。

 心の天秤が完全に傾く前に、どうにかエリックに諦めて欲しいとマリアベルは願ってしまう。



 ようやくカップへと手を伸ばしたところへ、エリックが戻ってきた。どうやら着替えていたらしく、見慣れた装いでマリアベルの前へ座る。

 先ほどの侍従が主にもお茶を用意して、壁際へ控えた。

「お待たせしました。お茶を飲んでからアトリエに行きましょう」

 マリアベルは今更重ねて断りを入れることなど出来ずに一つ頷いた。




 しばらくは執務を控えて母子画に注力するつもりだなどと語るエリックの話にマリアベルは相づちを打った。

 忙しいのではないかと尋ねたら、「僕が必ず処理しなければならない案件なんてそう多くありませんよ」と彼は笑う。

「父上の依頼に応えるのですから、誰でもいい案件は父上が処理したらいいのですよ」

 けろっととんでもないことを言ってのけるエリックにマリアベルは苦笑するしかない。


「そろそろ、奥に行きますか」

 そしていよいよ、彼は立ち上がった。

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