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第二王子と幼なじみ  作者: みあ
本編
13/20

12 少しの猶予

 少し考えてくださいとマリアベルは言い、エリックはわかりましたとうなずいた。

「今は拒否されないだけで上出来です。しっかり、考えてくださいね」

 冷静に念を押されて、マリアベルもまたうなずいた。


 本当は自分には王子妃などは無理だとすぐにでも固辞するべきだったのはわかっている。

 だけど、不器用なりに真摯に想いを伝えてくれた人に、そんな不誠実な真似は出来ない。返答の前に、しっかり自分と向き合わねばエリックも納得しないことが予想できた。

 本音としては、恐れ多いとすぐに辞退すべきだと思ったし、マリアベルが受け入れたところで周囲には認められないと考えられたけれど。


 それを口にするのは時期尚早だとマリアベルは自分に言い聞かせた。早く断ろうと焦っては逆に外堀を埋められそうだ。

「まあ、そのうちいつか折れてくれるつもりがあるのでしたら、早めにお願いしますね」

 エリックが言った直後に幼子を腕に抱いたフィーアが戻ってきたので、マリアベルは曖昧に微笑んでその場をごまかすことに成功した。


 エリックは戻ってきた母子をモデルに作業を再開したので、マリアベルは彼の視線から逃れてほっと一息を入れる。

 すっかり冷え切ったお茶でのどを潤しながら、彼女はなんとはなしに彼らを眺めることにした。


 姉と甥に真剣な眼差しを注ぐエリックは、やはり美麗な青年だ。双子の兄が体を鍛えることを好みがっしりした印象が強い分、比較すると優美に見える。

 金の髪は光を浴びると透き通るようだし、宝玉のような青い瞳は切れ長で、瞳に宿す光は性質を現すように鋭い。

 すうっと鼻筋は通っている。そして口元は常に優しい笑みを浮かべているように見せかけて、案外皮肉げなことも多かった。


 幼い頃は見間違えるほどによく似ていたのに、成長した今となってはその違いがよく見える双子だなと王太子エセルバートのことを思い出しながらマリアベルは改めて感じた。

 二人が頻繁に入れ替わって周囲を騙そうとしていた頃は、見分けがつかないほどうり二つだったものだけど。

 出会った頃は特に、マリアベルにはいつ入れ替わっているかさえよくわからなかったので大いに混乱したものだった。


 はじめ、戸惑う彼女をからかう幼い王子たちは楽しそうだった。

 だけどそれから、次第に彼らは不満を募らせていった。散々にマリアベルをからかった後には「姉上ならわかるのに」と文句を言い始めたのだ。


 知り合ったばかりなのに無茶を言うとマリアベルは思ったが、親しくなってくると彼らの見分けがつくようになった。

 最初はよく似た二人を本当に見分けた訳ではなくて、単純に彼らの拙い入れ替わりのアラに気付けるようになっただけだったけれど。

 王子たちはいつも同じ服を着ていたけれどタイの色だけが違っていた、入れ替わる際にはそれをお互いに付け替えるのだけど、常は侍女に身支度を任せる王子たちのことだから上手に入れ替えが出来ていなかったことにしばらくして気付いたのだ。


 マリアベルが二人の入れ替わりを見分けられるようになったらなったで二人ははじめは喜び、それからつまらなそうになって更に策を弄するようになり……と、まあ、色々なことがあった。

 次第に彼女は慣れて本当に二人を見分けられるようになったし、それを承知で入れ替わったり入れ替わらなかったりするのが王子たちの常のイタズラになった。

 それが終結したのもまた、彼らが大人しくなった頃だ。


 これはマリアベルの推測でしかないけれど。

 彼らは潔く入れ替わりを止め、周囲を誤解させぬようあえて違いを強調するようになった。エリックが絵を趣味としたならば、エセルバート剣をといった具合だ。


 ほとんど行動を共にしていた二人が別行動もとるようになったことで、さらに差は大きく広がったのではないだろうか。

 今ではもはや入れ替わって周囲を欺くことは不可能だ。まず表情や身のこなし、言動が大きく違う。

 加えて髪の長さも、短く切りそろえているエセルバートに対してエリックは長めで、いつも肩より下のあたりで結わえてあった。

 体格はよく似ていて身長差はないようだが、鍛えているエセルバートの方がやや筋肉質だ。


 といっても、エリックも確かに男性なのだ――と、マリアベルは先ほど知った。

 彼だって王族の男子だ。いざという時の為に最低限身を鍛えるのも義務だ。聞くところによると、筋は悪くないらしい。

 以前に将来は武で身を立てることも視野に入れているらしい従弟が「やる気ないリック兄上の才能を少しくらい分けて欲しい」とぼやいていたから間違いない。


 こうしてエリックの描く様子を後ろから眺めるのも滅多にないことで、マリアベルはここぞとばかりに彼の後ろ姿を眺める。

 顔はちらとも見えず、描画紙が体の陰からわずかに覗く程度で作業がどれほど進んでいるのかわからない。

 ただ、彼が構図が定まるまで幾枚もスケッチすることも、モデルを見る真剣な眼差しもマリアベルは知っていた。


 かつて、姉と同じ頃合いの身近な少女として、フィーアの代わりにスケッチにさんざんつきあったことはまだしっかり記憶に残っている。

 構図さえ決まってしまえば、一人アトリエでキャンバスに向かうのが以前からのエリックのスタイルで、それはきっと現在も変わっていないはずだ。


「ねえリック、私はいつまでこうしていたらいいのかしら」

 やがて居心地悪そうにフィーアが口にした。異母弟に凝視され続けた彼女はどこか恥ずかしそうだ。

 弟に対してこれでは、やはり本職の画家のモデルはそうそう務められないのではないだろうか。

「そもそも、こんなことしなくても貴方ならうまく描けるんじゃないの?」

「まさか! 僕のような画家もどきが簡単にうまくなどやれませんよ」

 エリックは手も止めずに姉の言葉を否定した。


「でも、ほら――私がいない時に上手に描いていたでしょう? 初めて見た時、びっくりしたんだから」

 フィーアの言葉に、マリアベルもその時の彼女の様子を思い出した。代々の王族の絵姿が並ぶその部屋で目をこれでもかと見開き、エリックが描いた自分の肖像画を凝視していた。


 そして、王家に縁もゆかりもなく、貴族でさえなかった母にそっくりの顔で不思議そうに「昔私に似たご先祖さまがいたのかしら」なんて口にしたものだから、付き添っていた誰もが驚いた。

 その絵がエリックの作であることを解説したのが描いた当人だった。

 どうやって描いたのという疑問に「時折深き森の魔女さまに姉上の姿を見せて頂いていましたからね」とにこやかに告げるだけで、その裏の努力の気配は全く見せないところがいかにも彼らしいとマリアベルはこっそり感心したものだった。


「うまくやれないだなんてないでしょう? だって、いくら私の顔を見ることが出来ていたって、あの頃の私はあんな綺麗なドレスなんか着たことはなかったし、化粧だってしたこともなかったんだから。

 それをあんなに上手に描いたくらいだから、今だって何とかなるんじゃないの?」

 無邪気に問うフィーアの言葉に、エリックはぴたりと手を止めた。


「それは、あの頃それなりに努力したからです」

 彼はどことなくばつが悪そうな声を出して、ちらとマリアベルを振り返った。

「僕だって無から有を生み出せません。あの絵が一応評価してもらえるのは、散々デッサンに付き合ってくれたマリアのおかげですよ」

「マリアが?」

「当時から僕のもっとも身近にいる、姉上と同じ年頃の女性はマリアですからね」

 麗しい姉弟の視線を浴びて、マリアベルは愛想笑った。


 フィーアにそうなのと問われたので、そうですと応じる。

「着慣れないドレスを幾枚も身につける貴重な機会でした」

 マリアベルが言えば、

「マイラ母上がせっかく仕立てたのに滅多に着てくれないと嘆いておいででしたからね」

 エリックはしれっと続けた。

「私にはもったいないものでしたから」

「着ない方がよほどもったいないですよ。当時マリアは侍女になろうと努力していたところでしたけど、それを止めたいマイラ母上のご協力もあって僕はマリアのドレス姿をたくさんスケッチできた訳なのです」

 フィーアはなるほどと頷いた。


「まあそういうわけで、うら若き令嬢のドレス姿に姉上のお顔を合わせて化粧を施した絵でしたら、記憶を頼りにすれば今でもどうにかそれなりには描けそうなのですが。

 いかんせん、既婚のご婦人が赤子を抱く姿なんてろくに描いた覚えがありません。申し訳ありませんが、今回ばかりは姉上にご協力いただきたいのです」

「そっか……」

 呟いたフィーアは遠い目をしている。気が乗らないのだろうなと、マリアベルにはわかった。

「せめて今この時だけでも、もう少しお付き合い下さい。あとは……まあ、どうにかこうにかうまいこと仕上げるつもりですので」

 かつて姉との距離をつかみそこねていたエリックも今では理解しているようで、宥めるように伝えると楽な体勢でいいですよと続けた。


 そっかと漏らしたフィーアは緊張をほどいてゆっくりと体から力を抜いていくようだ。

 こころなしか表情にも余裕がでている。

 それを確認したように、エリックは再び手を動かし始めた。

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