表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第二王子と幼なじみ  作者: みあ
本編
10/20

9 手を回した理由

「マリア、どうしたの?」

 心配そうな呼びかけを耳にして、マリアベルは回想から現実に立ち戻った。

「少し、昔を思い出しまして」

 謝罪の後に言い訳を口にすると、フィーアも何かを思い出すような表情になる。


 あっさり受け入れてくれそうであっても、やはりエリック本人の目の前で彼に求婚された話なんてできないなとその顔を見ながらマリアベルは思いを新たにした。

 エリックの代わりにシャーロットがいればと考えたけれど、「昔なじみに求婚された」と名を出さないようにしても結局相手を白状させられる羽目になりそうだ。

 城勤めが長い分だけ顔見知りの数は多いが、マリアベルが親しくする人はほんの一握り。

 仕事にかまけてばかりでろくな人間関係を築くこともできていないのが自分なのだ――白状するまでもなく、目星が付けられそうではある。

 目星をつけられたところで信じてもらえそうにはないが。


「少し、疲れてる?」

 思わず息を吐いたマリアベルにフィーアは心配そうに問いかける。

「そうかもしれません」

 マリアベルは否定をせずにうなずいた。

 疲れたつもりはないが、憂いの原因を詳らかにするつもりがなかった。

「マリアは働きすぎだと思うな」

「そうでしょうか」

 フィーアがそうだよと答えるのと、エリックが不意にそうですよと口にするのは同時だった。


 忙しなく動かしていた手を止めて、第二王子は振り返った。

「姉上のおっしゃるとおりです」

 しかめつらしく追従する弟を、フィーアはぽかんと見た。

「マリアは母上の側付きで一番休んでないのじゃありませんか?」

 まさかとマリアベルは首を振る。

「そんなことはありませんよ」

 エリックは胡乱げだが、マリアベルは自信たっぷりに「今日だってお休みをいただいているくらいですから」と言い添える。

「そういうことならいいのですが……疲れているのなら、適度に手を抜くんですよ。貴女は根を詰めがちですからね」

 一応は納得したらしく、彼は作業に戻る。


 それからフィーアに視線を戻したマリアベルは、彼女がぽかんと口を開けたままであることに驚いた。

「どうなさいました?」

「え」

 はっと我に返ったように弟からマリアベルに視線を移し、フィーアは目をぱちくりとさせる。

「いやあ、なんだか……話には聞いていたけど、二人は本当に幼なじみなんだなあって思って」

 しみじみした口振りで彼女は言った。


「お互いのことを話すのは聞いていたから、理解していたつもりではあったんだけど。ほら、直接目の前でやりとりするところなんて見た記憶がないから」

 マリアベルは虚を突かれ、言葉に詰まってしまった。

 フィーアの指摘が事実だと考えるまでもなくわかった。彼女に真実を明かしてもう幾年も経ている――が、マリアベルはこの異母兄弟たちと私的に顔を合わせることを徹底的に避けてきた自覚があった。

「そう……ですね」

 だから、マリアベルは静かにそれを認めた。

 作ろうと思えば機会はいくらでも作れたのだけど、彼らに混じって平静でいられる気がしなかった。

 誰もがマリアベルにとって親しい人だけれど、結局は――従弟を除いて――彼らは他人だという事実を突きつけられるのを恐れたのだ。

 マリアベルは王子たちの姉にはなりきれなかった。それでも彼らとの間に家族の絆めいたものはあると信じたくて……だけど、信じ切れてはいなかったのだ。


 家族の団らんに異物として紛れ込めば、疎外感を感じそうだった。

 家族というものと縁遠いマリアベルにとって、幼なじみである双子王子は特別の存在だった。

 身の程はわきまえているつもりであるし、彼らにとっての自分の存在の重さも理解しているつもりがある。

 幼い頃密に関わっただけあって他よりは重いが、姉に比べたら羽のように軽いということを。

 仕事中であれば当然のことと切り捨てる自信はあっても、私的な関わりでそれはできそうにないと考えていた。

 心の奥深く、大事なところにあるのが彼らとの思い出だった。


「お互い、立場もありますから」

 内面を詳らかにする勇気のないマリアベルは伏し目がちに話をごまかす。

「マリアらしいね」

 身分なんて難しいなあと続ける高貴な方に、マリアベルは苦笑するしかない。


 かつて病がちで、大多数に大人しいと思われている元王女は、存外大人しくもないし歯に衣も着せない。

 親しい人間に見せてくれる素顔が案外庶民的に見えるのは、王城を離れ長く療養生活を送っていたからだろうか。


 フィーアの母である第三妃ファーラは庶出の妃であるので、それでかもしれない。

 マリアベルの知る限りファーラは美しくしとやかな淑女なのだけど、娘のフィーアのことを考えれば、内実はわからない。


 そうして当たり障りのない会話が二転三転した頃に赤子が泣き出したため、マリアベルはエリックと二人部屋に残されることになった。

 庶民派の元王女が息子を抱き上げて部屋を辞したからだ。


 扉が閉まると全力で泣く赤子の声が遠くなる。

「話には聞いてましたけど、本当にご自分で御子のお世話をされてるのですね」

 マリアベルが思わず呟くと、モデルを失って暇になった第二王子は首肯した。

 エリックは一度立ち上がると椅子を動かしてマリアベルの正面に座った。

「どうも、乳母の手をほとんど借りていないようですよ」

 慕う姉について語るにしては珍しくも、呆れた口振りだった。


 相づちを打ちながら、マリアベルはエリックにお茶を淹れた。

「まったく……アルトは姉上に甘すぎる」

 香しいお茶も彼を宥められはしなかったようた。

「愛されているからそうなるんでしょう」

「乳母として雇った者の立場がないでしょう」

 マリアベルはさすがに否定しきれずに、エリックにうなずいた。


「姉上の素朴なところは好ましいのですが、不用意ですよねえ」

 同意を得たエリックはそこでようやくカップを持ち上げる。香りを十分に楽しみ口を付けて、エリックはにこりとした。

「こうして人払いをした場に、年頃の男女を二人きりにして下さるのですから」

 マリアベルははっとして、先ほどフィーアが立ち去った扉を確認した。


 このような場合、少し開けておくのがマナーだが、あわてて立ち去ったためかぴっちりと閉じられてしまっている。

 王子の侍従はそもそも伴われておらず、公爵家の使用人は用があったらベルで呼ぶ手はずで遠ざけられている。

 フィーアと赤子が去った今、この場が二人きりだと指摘されてから気付くとは。

「計算通りなのですけどね」

 いたずらが成功した時の微笑みにマリアベルはぎょっとした。


 反射的に腰を浮かせかけてから、思い直して元に戻る。

「フィーアさまが私たちを信頼して下さっているからこそですね」

 意識して顔に笑みを浮かべ、マリアベルは言い切った。

「姉上の場合、ただうっかりしただけだと思いますけどね」

 エリックは片眉を上げて、苦笑に転じた。

「貴女とゆっくり話したい僕にとっては好都合です」

 ああ、そのためにリックさまはお父上をそそのかして手を回すような真似をしたのだ――と、マリアベルはここにきてようやく悟ることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ