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「はい。もしもし」


 女性の声。

 社会人一年目かというところか。

 元気そうに聞こえるが……。


「私、『キャリアアップ』の横地という者で……」


 来た。

 頭蓋が割れそうに痛む。

 苦痛の声が出そうになるのを必死に堪える。

 しかし、その痛みの向こうに喜びがある。

 今日はまだ十二回目の電話だが、また一人、命を救える。


「もしもし?」

「大丈夫だよ」


 この一言に全神経を注ぎこむ。

 朗らかに、優しく、包み込むように。


「え?何ですか?」

「もう大丈夫なんだ。これ以上、苦しまなくていいんだよ」

「……」


 こちらを探るような気配。「誰?」


「君は十二分に頑張ってきた。頑張りすぎなぐらいに頑張った。僕は知っている。君には休息が必要だ」

「休息?」

「そう。休息。君は負けず嫌いだね。やると言ったことを途中で投げ出すことのないできない責任感の強さがある。でもね。君たち人間にはやれることとやれないことがある。太陽の動きを止めることは無理だし、すれ違う人の気持ちを好きなように動かすこともできない。ごめんなさい。できません。助けてください。そう言うことは全然恥ずかしいことじゃない。そして君は今、休息が必要な状況になっている。自分では分からないかもしれないけれど、僕の目から見たら事態は結構深刻なんだよ。これから出勤するところだったでしょ。でも今日は休んで、少なくとも午前中はずっと寝ていてほしいんだ。そして午後からは長野の御実家に帰りなさい」

「え?実家?何で?」

「君はここ三年ぐらい実家に帰っていないね。大手の企業に就職したのはお父さんへの対抗心。ああ。お兄さんは弁護士さんなんだね。お兄さんとも張り合って生きてきたのかな」

「どうして、それを?」

「実は僕はね、神様なんだ」

「……神様?」

「そう。お母さんは君のことを心配してるよ。一週間前に御実家から届いた宅急便。まだ開けていないね?中にはお母さんからの手紙が入っているから、後で読むといい」

「でも。私……そんな、会社に行かないと」


 言葉は潤んでいた。

 鼻をすする音も聞こえる。


「大丈夫なんだよ。大丈夫。みんな心配している。よく周りを見てみれば分かることなんだ。君は誰も助けてくれないと思ってるだろうけど、周りは、声を掛けてくれればいつでも手助けするよ、と思ってる。少し余裕があれば分かることだよ。でも今の君には周りを見るその余裕すらない」

「私、でも、でも……」


 嗚咽混じりの声。

 ひっく、ひっくとしゃくり上げる。「甘え方、分かんない」


「大丈夫。分からないのなら、神様の僕が教えてあげるよ。今から上司の人に電話で『ごめんなさい。今日と明日、休ませてください』って言うだけだ。少なくとも二日は仕事を忘れてゆっくりしなさい。それで全て解決する。ほんの少し勇気を出してやってごらん。ここでほんの少しの勇気を出せば君の心は軽くなれるんだ。分かったね?」

「分かり、ました」

「休息を取ることはちっとも悪いことじゃない。神様が悪くないって言うんだから、悪いことのはずがないだろ。それと、僕が君の未来に素敵なプレゼントを用意しておくから、楽しみにして、ゆっくり休みなさい」

「プレゼント?何ですか?」


 彼女の声が少しだけ張りを持つ。


 実はプレゼントなんて何も用意していない。

 だけど誰しも生きていれば幸運、不運を繰り返す。

 彼女がこれからも生き続けさえすれば、ちょっとした幸運と一緒に喜びや幸せを掴んだときに、これが生きたことのプレゼントだと思える瞬間がきっと来る。


「それは見てのお楽しみだよ。いつか、ああ、これだったんだって思う時が来るから。じゃあね」〈切電〉


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